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閑話① 水無し峠の三悪人

ここからしばらく閑話が続きます。

 バイユ王国西部はいわゆる砂漠化地帯と言われる不毛の地である。


 ほんの申し訳程度に生える灌木、立ち枯れる木々。全くの砂漠では無かったが、まばらな草木が余計に寂しさを想起させる。そんな乾燥し切った大地が延々と続いていた。

 不毛をもたらす黒神の呪いが深まる中で、数年をかけて緑豊かな大地は変質し、徐々に生命の気配が薄まっている。


 バイユ王都から延びる街道は、そんな不毛の地を突っ切って西の街ユフトまで続いていた。

 だが、オアシスすらも枯れ果て、さして産業も無いユフトに行く者は少なく、寂れた街道は半分砂で埋まっている。


 その寂れた街道の王都とユフトの中間地点には、水無し峠と言われる昔から枯れ切った丘がある。そこには古くから旅人に水を売って生活をする水屋が一軒ポツンとあった。


 丸太を組んで作った粗末な建物は、まるで大きな掘っ建て小屋の様に愛想がなく、表に吊るした〝水有ります〟の看板も掠れて見づらいまま放置されている。


 先祖伝来の水精が宿る井戸は枯れる事なく清らかな水を貯め続けているが、訪れる客も減り、店主である老人は今さら商売する気も無い。

 湧き出る水も精々一日に大がめ二杯といった所で、小さな畑を細々と維持して何とか食いつないでいた。


 陰鬱な顔で縮こまった腰を伸ばした老人は、来るあてもない客のために小屋の扉を開けると、


「失礼致します、お水を一杯頂けますか」


 驚いた事に扉の前には男が一人既に立っていた。砂漠地帯を渡る為の防砂マントをフードまでスッポリ被った男は、顔は見えなかったがスラリと高い背筋を伸ばし、言葉からして上客の様だ。


 老人はジロリと観察した後、生まれ持っての無愛想な態度で一つ頷くと店内に入って行った。

 そして後から着いてくる男に見向きもせず、火の小さくなった暖炉に薪をくべると、店の奥に引っ込む。


 無愛想な老人の態度にも気を悪くする様子の無い男は、暖炉側の席についてくつろぐと窓から外を眺める。


「10銅だ、水袋は補充するかね?」


 薄汚れた素焼きのコップに水を汲んだ老人が問い掛ける。水一杯に大銅貨一枚とは随分ふっかけたものだが、男は黙って大銅貨を手渡してコップを受け取ると、それ以外は要らないと首を振った。


 チラリと見えた男の手には黒革の手袋が嵌められており、朝とはいえ初夏の陽気に似合わない装備に違和感を感じる。

 旅人にしては荷物も持たず、かと言って馬のような騎獣の気配もない。不思議な男に一瞬訝しんだが、他者に関心の薄くなった老人は直ぐにどうでもいいと暖炉の火をならし始めた。


 老人のくべた黄煙木の薪は、その名の通りに黄色い煙を上げる。


 峠の近く、岩棚に出来た洞窟で暇潰しをしていた盗賊団の見張りは、水屋の煙突から上がる黄色い煙を発見すると血相を変えて、


「お頭! 水屋に獲物がかかりやしたぜ!」


 とわめき散らした。


「うるせー! 怒鳴らなくても聞こえるよ」


 面倒くさそうに返事をする、お頭と呼ばれた男は毛皮敷きの寝床から気だるげに返事を返すと、傍らに置いた蛮刀を掴んで立ち上がる。


 大きな洞窟の天井近くまで届く巨体、首をゴリゴリと鳴らしながら歩くと、胸程までしかない手下の頭を掴んで握り締めた。


「痛てててっ! お頭勘弁してくれ! 痛ててて」


 巨大な手が頭をすっぽり覆って、軽く戯れたつもりが頭蓋骨が軋む程に締め上げている。


「おお、すまねえすまねえ、で、水屋がなんだって?」


 手下を解放すると、蛮刀を肩に担いで外を見る。暗闇から出てすぐの目には眩し過ぎて何も見えない。


 お頭の周りには手下が数人、纏わり付く様に付き従っている。その内の一人が、


「水屋からの合図がきたんでさぁ、珍しくお客さんが来たらしいですぜ」


 と言って黄色い煙を指差した。


 洞窟に居を構える〝兄弟愛〟は元々大陸中央部の大国ザイデル付近の山岳地帯を根城としていたが、大規模な山賊狩りにあって少し前にこの不毛地帯に逃げ延びて来た盗賊団だった。


 兄の頭領スンモゥは蛮刀使いの大男、頭一つ背の低い弟のスンドゥは丸太の様なスタッフを操る魔法戦士である。

 薄緑の体を持つ彼らは遠くブリサガ帝国の魔道士団が作り出した人間とトロール、森エルフとトロールのハイブリッド戦士であり、脱走兵の成れの果てだった。


 隣で寝ている弟を蹴り起こすと、


「退屈してた所だ、運動がてら獲物をツマミに行くぞ」


 手下全員を見回すと、先頭を切って歩き出した。手下と言っても盗賊狩りにあった彼らは総勢20名に満たなく、戦闘要員は10名程で、後は世話係の女共である。

 それでもこの不毛の地で食いつなぐにはギリギリの人数だった。


 最近急に増え出したモンスターを狩って食糧とする、またそれをネタに用心棒代と称し、付近の村々を恫喝して食糧や女を補充して回る。

 水屋もその内の一つだが、大した物を持たない老人を殺すよりは使おうと、旅人が来たら黄煙を立てる様に脅しつけていた。


 小悪党だがそれなりの知恵が回る、少なくとも愚鈍なトロールよりも人間の思考に近い兄は邪悪な笑みを浮かべながら日頃の憂さ晴らしに足取りも軽く水無し峠に向かった。




「逃げなくても大丈夫ですよ、それより中々良い水ですね、水精の気配が芳ばしい濃い水だ」


 争いを避けて奥に引き篭もろうとした老人に旅人の男が呟く。


 後ろめたい老人はビクッと肩を竦めると、恐る恐る振り向いて、


「何の事です?」


 とすっとぼけた。


「盗賊団の事ですよ、あなたが呼んだでしょ?」


 言い当てられた老人は心臓が飛び出す程ビックリする。この男、行方不明者が続出したために送られたバイユの軍人か何かだろうか? 装備といい荷物といい、何か違和感があったが、囮なら納得がいく。


「いえ、軍人ではないですよ、単なる旅人です。それより一緒にこちらに来ると良い、ここは特等席ですよ、ほら、東からもう一人の役者がご登場だ」


 何故か考えを読まれた老人はその事に考えが至る前に魅入られた様に窓から外を見る。

 東のバイユ王国側から小さな人影が此方に向かって来るのが見えた。


 人影、それは正確には人ではない。顔の半分を黒い痣で覆われたオークの戦士〝黒ぶち〟だった。

 彼は上機嫌でフゴフゴと鼻息も荒く胸を張って歩いて来る。


 バイユの王都手前でズカにやられてから半月、出会う人間を片っ端から襲って得た情報によると、隣の国ザイデルには修行にうってつけの大規模な迷宮が有るらしい。


 ズカに対する怨みの炎を腹に抱えたまま、しかし生まれついての復讐者たる黒ぶちはかえってハツラツと燃えていた。


『次にあった時はどうしてくれようか』


 考えるだけでフゴフゴと鼻息も荒くなる。

 その時、彼の魔知覚とも言える嗅覚に鉄と汗の臭いが引っかかった。


 素早く足音を忍ばせて街道を外れると、遠巻きに向かってくる一団を観察する。


 先頭を歩くのは緑の皮膚をした大男、その後に同じような大男が続き、人間の男が10名程後からついてくる。


 ざっと見たところ、山賊だろうか?黒ぶちは 山小屋に向かうとても堅気には見えない男共をどうやって殺すかの算段を既に始める。


 彼は決めていた、このまま行く先に出会った者全てを殺しまくると。そうして戦い続ける内にズカをも超える方法が見つかると本気で考えていた。

 黒ぶちは真性の馬鹿なのだ、教養もないオークにはいた仕方ない話ではあるが。


 気配もなく近づいた黒ぶちは最後尾の盗賊を魔槍〝一転空〟で一突きに屠ると、次々と背後から突き殺していく。

 無造作に振るわれる一突き一突きが、盗賊共の命を奪うには余りに過ぎた威力を持ち、瞬く間に五人の手下が絶命していった。


 五人目の男が「ぐうっ」と呻き声をあげた為、振り向いたスンモゥは、


「何だおめーは!」


 と怒鳴ると、蛮刀を構えて突進してきた。戦場で鍛えられた腕前はかなりのものと自負している。ましてや巨体からは信じられない程の運動能力であっという間に黒ぶちに迫ると、坂の上から叩き付ける様に蛮刀を振り下ろした。


 黒ぶちは慌てず騒がす、振り下ろされた蛮刀に素早く槍先を沿わせると、誘導する様に刃道を逸らす。大振りのスンモゥは力をいなされて蛮刀を地面にめり込ませるとタタラを踏んだ。

 その鼻っ柱に石突を横殴りに食らわせると、後続のスンドゥに向かって槍先を構える。


 スンドゥは間近に迫って来ていた。兄がやられるのを見た彼は、巨大なスタッフを黒ぶちに向けると、念じ続けた魔力を解放する。


 スンドゥの得意とする魔術は森エルフの代名詞ともいえる風魔法。目に見えない風の刃がスタッフの先端に埋め込まれた緑魔石から発せられると、黒ぶち目掛けて飛んで行く。


 しかし、ズカの闇魔法で仕留められてから力を増した黒ぶちは、隠匿された風の刃に込められた魔力すらも嗅ぎ分け、すんでの所で身を躱した。



 尚も突っ込んでくるスンドゥは、三等分に握ったスタッフをこじり、下から掬い上げる様に襲いかかる。


 無理な体勢で魔法を避けた黒ぶちは、槍で受けつつも足に打撃を受けてしまい、ゴンッと鈍い音を立てた。


 上体を沈めた黒ぶちに後続の盗賊達が群がる。三人の男達が各々得意の得物で黒ぶちに打ちかかった瞬間、


「ブキィィィィッ!」


 雄叫びを上げた黒ぶちの魔槍が斧を振り上げた男の眉間を石突きで砕き、片手剣を突き込んできた女の首から鎖骨までを掻っ捌き、棍棒を持った男の喉を貫いた。


 一瞬の出来事に、魔槍をピュンッと血振るいする黒ぶちを呆気に取られて見る手下が二人、次の瞬間には躊躇なく後退すると遠巻きに隙を伺った。スンドゥもいつの間にか距離を取ってブツブツと呪文の詠唱に入っている。


 入れ替わる様に飛び込んで来たスンモゥは、大振りを避けたコンパクトな連斬りで黒ぶちに詰め寄る。

 大柄な黒ぶちを更に頭一つ上回る男の斬りつけには、一撃一撃に必殺の威力が込められているが、技術の差があるためか擦る気配もない。

 逆に連続して斬りつける事に主眼を置いた切れ目の無い剣舞と、その合間に遠巻きにしているナイフ使いの投擲が挟まれて、思う様に仕留める事もできなかった。


 何合か打ち合った後、胴薙ぎに逆手で打ち込んできたスンモゥが槍で防がれながらもそのまま走り抜け、飛び退く。

 その後ろに居たのは長い詠唱を終えたスンドゥ。眼前の兄が横に避けると共に魔法を発動させた。


 〝捻れ狂う暴風刃クレイジーミキサー


 保有魔力の半分を消費する大魔法は、巻き込む者をズタズタに切り裂く刃の乱流となって轟音と共に放たれる。


 戦場で磨かれた兄弟の連携に後手をとった黒ぶちは、それでも膨大な魔力の臭いを感知すると反射的に横っ飛びに避ける。


 高速の魔法刃を間一髪ギリギリ躱したと思われたその時、スンドゥの認識と共にクレイジーミキサーの収束風刃が解けた。

 解けた風刃はランダムに拡散すると、竜巻の様に黒ぶちを飲み込む。


 血煙を上げて巻き上げられる黒ぶちはボロ雑巾の様に吹き飛ばされると、坂を転がって岩に叩きつけられて動きを止めた。


 砕かれた鼻から血を吹き飛ばしたスンモゥと、魔力消費に疲労を覚えるスンドゥは、拳をぶつけ合って互いの労をねぎらうと、


「見て来い」


 と言って手下を見に行かせた。


 粗末な槍を構える男が近くで見守る中、ナイフ使いが残り少ないスローイングナイフを抜くと、そーっと近寄り上から力任せに投擲する。

 背中に突き立ったナイフにもピクリとも反応しない黒ぶちを見て、


「お頭! こいつ死んでますぜ」


 と素っ頓狂な声を上げた。


「中々のやり手だったが、俺達兄弟の敵じゃねーな」


 ガッハッハと大笑しながら肩を組み水屋に向かうスンモゥ・スンドゥの後を追うナイフ使いは、目に付くナイフを回収し始める。何せこの地ではナイフの補充すらままならないのだ。


 三人を横目に槍使いは黒ぶちの取り落とした魔槍〝一転空〟ににじり寄ると、拾おうとしてかがみ込んだ。

 見ればみる程立派な槍に半ば魅入られ、伸ばしたその手首をガシッと掴まれる。驚いた男がハッと顔を上げた時、掴まれた腕を強引に引かれると、声を出す間も無く喉輪を喰らってそのまま喉を握り潰された。


 一方ナイフ使いは最後に黒ぶちに突き立てたナイフを回収しようと死体のあった場所に戻る、が、不思議な事に死体が消えている。


 血痕の様子からこの場所で間違い無いと地面に手をつき確認した時、気配も感じぬままに後ろから剥き出しの腰を一突きに貫かれ、声も出せずに倒れた。その後内臓から大量出血をおこした男は苦しみ抜いて失血死した。


「あいつらどこほっつき歩いてるんだ! 小屋についちまったぞ、まったく。しょうがないから俺達だけで行くか」


 先行するスンモゥが弟に怒声を放つが、スンドゥは涼しい顔でスルーする。一応兄が頭領を名乗っているが、実力、頭の切れ共に弟の方が優れていた。

 兄を矢面に立て裏で弟が操る、微妙な共依存の関係で成り立っている兄弟は力関係も微妙である。


 返事が無いのを更に無視してスンモゥが水屋の中に入ると、カモである旅人と共に店主の老人が居た。

 何時も後ろの部屋に引っ込んでいる老人を訝しむ様に睨みつけると、縮こまった様に狼狽えて目を逸らす。


 そんな老人に興味を無くしたスンモゥは旅人の側にズカズカと歩み寄ると上から下まで観察して、


「なんだか辛気臭い奴だな、おい! 有り金全部よこしたら命だけは見逃してやるぞ」


 と言い放ち蛮刀を突き付けた。


「命だけは見逃す、ほう、面白い事をおっしゃる。命だけでも助けて差し上げた方が良いのは後ろの弟さんではないですか?」


 不可解な事を言う旅人にイラつきながらも、思わず気になって振り向く。その目に映ったのは胸から槍先を生やす弟のスンドゥだった。


「あっーーカッ」


 スンドゥの口から鮮血が溢れ、貫かれた心臓から血が飛び散る。


「スンドゥ!」


 慌てて駆け寄ろうとした時、膝から崩れ落ちたスンドゥの後ろに槍を持った黒ぶちが見えた。


「野郎!」


 駆け寄り様に蛮刀を叩き付ける。素早く槍を引き抜いた黒ぶちは、スンドゥを突き飛ばすと屋外に誘い出した。


 完全に頭に血が上ったスンモゥは段差に躓きながらも滅茶苦茶に蛮刀を振り回す。身体能力の高さと実戦経験の多さから、乱れながらも侮れない剣圧となって黒ぶちの槍と激しく打ち合った。



 黒ぶちとスンモゥの闘いの音を聞きながら、水屋の旅人はスンドゥの体にある処置を施すと、水屋をでて争いの様子を眺める。

 その地面には赤土によって、見るものが見ればわかる巨大な魔法陣が描かれていた。


「そろそろ頃合いですね」


 旅人がマントを脱ぎ捨てると黒のスーツ姿になり、黒革の手袋を地面に向けた。その魔力に反応して巨大な魔法陣が一気に発光する。


 〝双方鉾を収めなさい〟


 真っ赤に輝く魔法陣の中で、尚も争う二人は旅人の命令にゆっくりと動きを止める。

 膨大な魔力に操られ、徐々に瞳が光を失い虚ろと化して棒立ちになった。


 〝黒ぶちよ、お前は魔法にも負けぬ強さを手に入れる為、修行の場を求めていますね。私と契約したならば貴方に相応しい場を与えましょうーー同意しますか?〟


「はいブゴッ」


 虚ろながら心に思う願望を言い当てられた黒ぶちは豚っ鼻を鳴らしながら抑揚の無い返事をする。


 〝スンモゥよ、お前は瀕死の弟を助けたいと願っている。私と契約したならば弟の命を救いましょうーー同意しますか?〟


「はい」


 弟に依存性のあるスンモゥも即答した。何時もの口調とは異なり勢いが感じられない。


 〝では黒ぶちはあちらへ〟


 魔法陣の外に出来た魔力の渦が言葉と共に地面に真っ黒な穴を穿つ。

 黒ぶちはフラフラと歩いて行くと、何の躊躇も見せずに穴に落ちて行った。


 〝スンモゥは此方へ〟


 と言うやどこからともなく取り出した黒のシルクハットを頭に被り、水屋に入って行った。


「ここを出る前に美味しい水をくれた水精に直接会ってお礼をせねばなりませんね」


 震える老人に語り掛ける旅人ーーダンジョン・マスターの底無し穴の様な黒い眼が笑みに歪んだ。

三悪人は黒ぶち、スンモゥ、スンドゥの事。存在として人のカテゴリーに入らないダンジョン・マスターは数に入りません(三人も純粋な人ではありませんが)

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