残光
船内は蜂の巣を突ついたような騒ぎになっていた。
寝入り鼻を閃光で起こされたホーン船長は一瞬自分は死んだのではないだろうかと錯覚したぐらいである。
そう、ミストの発した聖光は船体などを透過し、余すところなく一キロ四方に放射された。
天国で指すと言われる神の後光、だが、その時駆け抜けた光は、強烈な波動を伴いまるで体を焼くかのような衝撃をもたらした。
一瞬後に騒然とする船内、その喧騒を聞きながら隣の操舵室に向かうと、船員に向かい「状況を報告しろ!」と大声を発した。
だが、そこには居るべき船員は半数にも満たなかった。
事ここに至って事態の深刻さに気付いた船長は、その場にいる船員十名の内、二名を調査に向かわせると、自身は伝声管に向かった。
最新設備の整ったジャスティス号には、後部にある操舵室から、甲板と船室の詰め所、更に一番マストに一つづつ伝声管が伸びている。
「甲板長!そちらの状況を報告せよ!」甲板室に向かって大声で呼びかけるが、相手からの返事は無い。
更にもう一度同じ事を呼びかけるが、何の反応もなかった。
伝声管からは風の吹き付ける音が遠くに聞こえるのみ、何があったか分からないが、何らかの異常があったと見た方が良い。
次に一番マストに繋がる伝声管に呼びかけた、今日の当番は新人船員のはずである。
「ダウンズ!そちらの状況を報告せよ!」
船長の呼びかけに、
「はい!こちら一番マストのダウンズです、先程の閃光は甲板から発せられた模様、現在甲板には多数の船員が昏倒して居ます」
緊迫した声が返ってきた。寒さのせいか、緊張のせいか、声が震えている。
労いの言葉と共に、冷静に周囲の警戒を続けるよう指示を出した。
思い切り舌打ちしたくなった船長は、しかし事態の把握に努めようと、船室詰め所の伝声管に向かって「誰かいないか!」と大声を張った。
「失礼します!こちらノルです!船長、船室は大混乱です。」
慌てた声の客室係が言葉を返した。
「大丈夫だ!訓練を思い出せ。気をしっかり持って、冷静に状況を報告せよ」
普段、青龍像によって守られたジャスティス号にはトラブルが少ない。
だが、いざという時の為の訓練だけは欠かさずに続けており、その練度は他の船に勝るとも劣らぬと自負している。
船長の声に即座に落ち着きを取り戻した客室係は、
「いきなり襲い出した船員によって、乗客数名が負傷した模様です。更に負傷者もおかしくなった船員に混じって、全員いきなり発光したかと思うと、甲板に上がって行きました。その後いきなりの閃光が、あっ!ちょっと!何するんですか」
後半慌てた客室係に変わって女性の声が聞こえる。
「船長?船長でしょ!私、セレミーよ!話があるのよ、ちょっといい?」
どうやら昼間の猫族娘の様だ。
「どうしました?皆さんは無事ですか?」
「皆無事よ、それより襲って来た連中なんだけど、木の邪霊憑きよ、言ってることわかる?」
「ええ、分かりますが、何故そうだと分かるのですか?」
「オーバルでこれと同じ現象を見て来た所だからよ、直接話したいわね、そっち行っていい?」
「宜しいです、それでは私は甲板に向かいますので、メインマストで落ち合いましょう。客室係!お前達は乗客を誘導して各自の部屋に留める様に!そして被害者の割り出しを急げ」
後ろの方から「はいっ!」と返事がきこえた時、ちょうど調査に向かわせた船員二名も戻ってきた、その報告は今聞いた情報を裏付けてくれる。
調査にあたった船員を労うや、その場にいる者達に、
「これから私自身が調査に向かう、甲板に向かうので、何かあったら甲板室に連絡をよこせ、この場の指揮は船員長に任せる、進路を保ち状況把握を優先、しかる後、客室係と操舵室以外の船員を甲板に集合させろ」
ハッ!と敬礼する操舵室クルーを後に、船員二名を連れて通路に出た。
歩きながらも右手の魔具を媒体に魔力を集約していく。魔力が高まると共にホーン船長の瞳は濃い青紫から輝くような赤紫に変化して行き、手首部分に埋め込まれた魔水晶が輝き出した。
「魔装起動!」
裂帛の声と共に、右手の魔具から光が弾けて船体が〝ドンッ〟と震える。
ホーン船長の魔力によって起動したジャスティス号の魔装、両側面の機械式バリスタが10機、船外のガーゴイルが4体、船底の海魔像が2体、そして推進を司る魔導マストと海面下の衝角が反応を伝えてくる。
だが、本命の青龍像からの反応が無い!
背筋に冷たい物を感じた船長は、早足から自然と駆け足に変わっていた。付き従う船員も慌ててダッシュする。
「私の船に何をした!」
沸き立つ怒りを沈める事が難しくて、苛立ち紛れに怒声を放つ。
我知らず渋面に歪む船長の瞳は燃えたぎり、暗い通路には赤い残光が線を引いた。
セレミーは最初小さな物音を聞いて、酔っ払いかなにかが廊下で躓いたのかと思った。
だが聞き耳だけは立てている、最早習性となってしまった用心のお陰で助かった事は一度や二度ではない。
その物音の主がどこかの部屋に入ると、小さな刃鳴りの後、くぐもった悲鳴と共に、何かを貫く音が聞こえた。
その瞬間飛び起きて、腕輪にしている魔具を振り落として握りながら、更に聞き耳を立てる。
暖かい布団に入っていたため、木綿の肌着のみという軽装のまま、魔具に魔力を込め始めた。セレミーの魔力を蓄積した金属の輪が魔力飽和を起こして熱くなる。特に握りの反対に空いた隙間に熱が篭った。
どうやら通路を挟んだ斜め向かいの部屋から聞こえてきたらしい。
隣のベッドではラヴィが寝息を立てている。起こそうか躊躇していると、ドアの向こうに人の気配を感じた。
咄嗟の判断でドアの真横に移動する、全く物音を立てなかったのは、セレミーのスカウト能力の高さと、猫人族のしなやかな身体能力の賜物であろう。
鍵が差し込まれ躊躇なく回されるドア、その音にラヴィが反応して「う〜ん?」と呻く。
一切のためらいも見せずにドアを開けた男は、右手に持つ短刀から部屋に押し入った。
バチッ!
瞬時に男の腕に右手の魔具を押し付けると電流が走り、弾ける様にカトラスを持つ手が痙攣した。
更にもう一方の魔具を男の脇腹に押し当てると、強い電流がブルンと男の体を揺らした。だが、何事も無かったかの様に体制を立て直してくる。
痛みすら感じていない様子に危機感が跳ね上がり、サッと身を引くセレミーの元頭のあった場所に振るわれる男の左拳。だが、そのスピードは到底彼女には及ばない。
セレミーは振り切った男の後ろを取ると、電流の魔具を延髄に押し当てた。
先程より強めの魔力を込めた電流により、煙を出して昏倒する男の後頭部には、オーバルの乞食ガスリンと同じ様な傷があった。
そして男はジャスティス号の海兵服を着ていた。変装でもなければこの船の船員という事になる。
既に起き上がり男を覗き込みに来たラヴィが、無造作に足の爪を後頭部に突き込むと、器用にピンッと跳ね上げる。
中からは見覚えのある種が、血まみれになりながらコロンッと転がり出てきた。
ラヴィとセレミーは事態の深刻さを感じ取り顔を見合わせると、すぐさま装備を整えて部屋を出た。
廊下を伺うと、青や緑に発光した人間が一心に階段目指して殺到している。その異様な風景に圧倒されながらも、セレミーはイザの部屋を目指した。
ノックもせずにガチャガチャとドアノブを回す。
イラついたラヴィが力任せに回すと、グシャリと潰れたノブが外れてしまった。
そのまま押し入る二人を待っていたのは、完全武装して鉄パイプを向けるイザ。
「普通にノックしてよ!」
と騒ぐイザの口を抑えて、
「うるさい、今は非常事態なのよ、物音を立てたらぶん殴るわよ」
いきなり酷いことを言うセレミーに、口を抑えられていなくても言葉を失ったイザは、肩を竦めて諦めた。
それからドゥー達の部屋へ行き、不在を確かめてから、船長と話し合った一行は、甲板へと向かって階段を登った。
甲板には沢山の船員が昏倒していた。
彼らの後頭部には例の傷があり、そこから焼け焦げた種の残骸が、ある物は転がり、ある物は消し炭となって甲板の汚れとなっていた。
ドゥーとワンジルの姿を見付け、手を振りながら近づく。側には昼間の護剣士と彼に支えられている巫女がいた。
「あら、これはこれは、優しいナイト様に守られて羨ましいこと」
嫌味ったらしく小馬鹿にするセレミーを無視して一心に巫女の介抱をするファング、大量の汗が吹き出しているミストは喘ぎながらもセレミーを睨み返す。
「神のーーお慈悲に気付かぬ愚か者よーーせめて我の側にーー近寄るでない」
息も絶え絶えに呟く彼女の言葉を聞き逃すセレミーではない。
「ああ〜?喧嘩売ってんの?」
突っかかろうとするセレミーを止めたのは意外にもドゥーだった。
体を張って彼女を止めて、必死に首を振るドゥーの代わりにワンジルが、
「先程の閃光は彼女の放ったものです。そのおかげで数十体もの邪霊が祓われました」
と説明した。
「詳しく教えて頂きたい」
突然、後ろから船長の声が掛かる。だが何時もの心地よい声色とは違い、それは場を支配するような圧迫感を感じさせる物だった。
一同が振り向くと、真っ赤な目を光らせたホーン船長が肩を揺らして仁王立ちしていた。
何気に帆船を出してしまいましたが、良く分からない物は書くもんじゃないですね。
詳しい人に読まれたら、出鱈目もいい加減にしろ!と怒られそうです。
取材って大事ですね。




