金銭、金、または資金
一等船室は二人部屋になっていたが、ドゥーとワンジル、セレミーとラヴィがそれぞれ一組で部屋を与えられた為、イザは一人で部屋を独占する形となった。
風呂こそ無いものの、トイレや洗面台、重厚なクローゼットや巨大なベッドが二台も有る清潔なダブルルーム。
家具は椅子以外全て固定されているものの、青と濃い茶の木目に統一されて、ジャスティス号のエンブレムが随所にちりばめられた豪華な造りである。
本人でないにも関わらず、サービスで二等船室を一等船室に変えさせるダグラスのネームバリューには毎度驚かされる。
実際には代替わりしたダグラスの息子がその後ろに控えている訳だが、イザの預かり知らぬ所だった。
荷物を部屋の隅に置き、一人立派なベッドに横たわると船室にしては高い天井を見上げる。
先程の出港式での楽隊の演奏が未だ耳に残っている。ドキドキする心音と合わさって、無音の部屋は意外と騒々しかった。
『あの船長、相当なやり手ね』
スイが語りかけてきた。イザは『何が?』とキョトンと聞き返しながら、魔力を流してお腹をさする。
確かに立派な体格と張りのある声、余裕のある態度といい、勢いというかオーラの様なものは感じたが、やり手と評するほどの何かを見たわけでもなかった。
『あの右手?確かに年季の入った魔具の様に見えたね』
言いながら丁寧に魔力を循環させて与えていく。上質な魔力を受け取ったスイはグルグルと胎動しながら満足気だ。
『それも有るけど、只の魔具じゃないわ。強力な魔法の発動体になってる、てことは何らかの魔法を使えるって事よ。そして腰に差したサーベルや纏っている服からも強い魔力を感じた。総合すると、魔法戦士って所ね』
一気にまくし立てると、少し警戒心を持っている事が伝わって来た。スイは常に出会った人物と敵対した時の事を考えている節がある。
もし今、イザだけで船長と対決したら瞬殺されるだろう。
訓練でしか人と戦った事のない、対人戦初心者のイザは漠然とそう思って考えを放棄するが、スイはしっかりとイメージトレーニングをして、そのビジョンをイザに送ってくる。
最近では二人の思念同期も練度が上がり、言葉以外にも映像的な思念まで送る事が可能になっていた。
イメージの半分も理解出来ないイザを許さないスイは、魔力を与え終わったイザを立たせると、イメトレに合わせた素振りや魔力発動の予備訓練を施した。そこにスイの草魔法のイメージを重ねていく。
更にはダメージに合わせて強力な思念を送り付けて擬似的な痛みをも与え、緊張感を演出する凝り様だった。
身長が伸び体重も増えてきたイザが本気で動くと、建て付けのよい船室でもさすがに踏み足の音が響いてうるさい。さぞや隣人は迷惑だろう。
結局は昼御飯の鐘が鳴るまでみっちり訓練する羽目になった。
気付いたら個室でも一時もゆったりと過ごす事の出来ないイザだった。
「ふぁーっアファフ」
硬いジャケットとパンツを脱いで適当に放り投げる、麻のブラとショーツという下着姿になったセレミーは、その身軽さが嬉しくてベッドの上をゴロゴロと転がると、ラヴィの横で大アクビを発して丸くなった。
「ねえねえ、あの船長渋くなかった?あと他の船員も結構レベル高いよね」
ベッドの端に座るラヴィのお尻に顔を付けると撫でさすりながら嬉しそうに話し掛ける。
「そうだなぁ」
新たに補充したポーション類を真綿で包み、板で仕切られたポーチに整理しながら、気の無い返事で尻を撫でてくる手を払う。
ジャレる妹達の扱いには慣れたもので、本気で嫌がる風でもなくあしらった。
「えーっ!気の無い返事!まさかラヴィって男に興味無いの?」
またもゴロゴロと転がってラヴィの顔を覗き込もうと見上げる。が、剛革亜竜の胸当てに包まれたボリュームのある胸に遮られて、顔を拝む事が出来なかった。
「んなわけ無いだろう」
見上げてくるセレミーが胸に手を伸ばして来たのでピシャリと打ち払う。
「えーっ、それならそれでいいけどな〜、ウチん所は陰気野郎とガキばっかだから、ラヴィが相手なら私は何時でもオッケーよん」
胸を諦めてお尻を撫でさすると、気持ち良さ気に目を細めて又丸くなった。何気にワンジルの評価が酷い。
『よく妹達もこうして丸まってたもんだ』
故郷を懐かしんで目を細めると、セレミーの背中を軽く撫でる。そこに妹達が草原で丸くなる姿を幻視して微笑した。
喉をゴロゴロと鳴らしながら甘えるセレミー、女二人の部屋は穏やかに時が流れていた。
「一枚、二枚、三枚、四枚」
カチリ、カチリとテーブルに金貨を積みながら嬉しそうに数え上げる、そんなワンジルをドゥーは冷めた目で見ていた。
そうとも気づかず金貨を残らず積み上げると、最後に荷物の奥から絹で出来た豪奢な袋を取り出した。
袋の中から大事そうにメダリオン神貨を取り出して惚れ惚れと見つめ、溜息をつく。
硬貨の発する光に照らされる顔は、本人には分からないだろうが、ハタから見ると相当不気味である。
『いつからこんな守銭奴になったんだ?』
ドゥーは凛々しかった村一番の槍使いが堕落したようで少し残念に感じる。
ワンジルにしてみれば、ドゥーの旅の管理の為にと真面目に務めているつもりだが、メダリオン神貨を手に入れて以来、金に魅入られていると言われても仕方ない位金勘定ばかりしている。
物に執着せず、最終的には全ての物を捨てて無手の境地に達する事を至上とする、コーラルの教えが身に染みているドゥーからすれば見ていられない行為だった。
そんなワンジルを置いて、一人部屋を出ようとするドゥー。
少し外気に当たってくると言うと、振り向いたワンジルが心配そうに、「余り遅くならないように、甲板の手すりに近づきすぎると海に落ちますよ」と声を掛けてきた。
お金の事ばかり気にしていた風のワンジルの気遣いに、少し安心してニッコリと微笑むと、親指を上げて〝了解〟とやって船室を出た。
『まあ、あれはあれで性に合っているのかも知れないな。元々村の中でも陰に篭るというか、ジメッとした奴だったし』
そう考えて甲板に出る、彼には少し気になっている事があった。
この船に乗り込む前から感じていたが、船首部の海竜像にはめ込まれた一対の黄魔石と、その結界に興味が有る。
結界を張る魔力の強さにも興味が湧くが、そこから滲み出る感覚に、何と無く懐かしい物を感じていた。
ジョンワの土や、コーラルの炊く煎じ薬の臭いの様に、体に染み付いた親近感のような感じ、その魔力に誘われる様に船首に近づいて行く。
「おい小僧!それ以上は立ち入り禁止だぞ」
後ろからの声に振り向くと、甲板を磨いていた船員がデッキブラシを止めてしかめっ面をしている。
デッキブラシで指し示す方を見ると、鎖で封鎖された上に立ち入り禁止の看板がぶら下がっていた。
だが船首近くには一人の男が居る、それを指し示すドゥー、無言で〝あれはいいのか?〟と言っている様なものだ。
「あいつはダートって言ってな、制服じゃないが船員なんだ。真っ赤な服を着てるだろ?遅刻した罰で三日間寒い船首で見張り番さ。ああ成りたくなかったらお前も規則を守っていい子にしてな」
言うと「全く最近のガキは」とブツブツ言いながら掃除に戻った。
魔石に未練の残るドゥーだったが、見張りまで居たんじゃどうしようも無い。呪術でどうにかしようとすれば何とでもなるが、規則を破るほどの考え無しな行動もいかがかと思い、素直に引き返す事にした。
守銭奴ワンジルの待つ部屋に向かうと思うと気が重くなり、暫く船の中をブラブラしていると、どこをどう行ったものか、迷子になってしまった。
上の方に向かえば見渡せる場所に出るかもと思い、歩き回ること暫し。階段を見つけると、躊躇う事なく上がって行く。
登り切るとそこは小さな展望台になっていた。
ここがどこなのか調べようと、海霧の中で手すりに近づくと先客に気付いた。魔具の右手を持つ男、ホーン船長その人である。
「おやおや、これはイザ君のお友達のおチビさん、この手が気になって会いに来たのかい?」
そう言って右手を突き出してカチカチと鳴らす。よく通るが威圧感は無く、温かい印象を与える親しみ易い声だ。
イヤイヤをして否定するドゥーを見て何かを感じたのか「もしかして君は呪術師見習いかい?」と尋ねる。
思いっきり首を縦に振るドゥーを見て笑顔になると「もしかしたらジョンワの子かい?」と又もやピッタリ当てて来た。
嬉しくなったドゥーが首を千切れんばかりに振ると「あっはっはっ!分かった、あれが気になるんだろ?」と霧にけぶる船首を指し示す。
「そうです!」
と思わず声に出してしまい、慌てて口を抑えるドゥーを見て更にホーン船長が笑っていると、ちょうどお昼の鐘の音が響き渡った。
「じゃあ皆でお昼でも食べながら、青龍像の事を教えてあげよう」と言って手招きすると、船長は先導して階段に向かう。
ドゥーはワクワクしながら後を追いかけた。
『部屋を出て迷って良かった、これも守銭奴のおかげかな』
何気にワンジルの評価が酷かった。
最初に思っていた方向とはズレ出したワンジルのキャラクター、でも、嫌いじゃ無いです。
というか、自分に似て来ている。




