洞窟の死闘②
タオの咆哮を浴びたガンキは、その瞬間に頭の血管が切れるプチンという音を聴いた気がした。
次の瞬間には無自覚に吠えながら走り出すと、左手に緑斧を抜きざま目ず魔に向かって投擲する。
腕の毛細血管が千切れるほどの力が余す所なく指先に伝わり、スナップの効いた緑斧が風切り音と共に吹っ飛んでいく。
正面を向いたタオを避けて左側に投擲された斧が魔力に導かれて大きく右にカーブしていく。
洞窟の壁スレスレに唸りを上げて飛ぶ投げ斧は、しかし、割って入った精霊付きの男が差し出した手に当たり軌道を変えた。
弾かれた男は右手を失ったが、投げ斧も勢いを殺されてあらぬ方向に飛んでいく。
ガンキはそれに構わず真っ正面から突っ込んだ。タオとの間には精霊付きの男が二人、その他の三人も押し包む様に後方から距離を詰めて来る。
先頭の男が振り下ろす棍棒ごと松明斧を叩き込む、魔石から噴出する爆炎が男とガンキ双方を包む中、半分溶けて焼け焦げた男の上半身が爆ぜた。
その残骸を突き抜ける火だるまと化したガンキの突進に対して、横手に来た男は遠間から手製の槍を突き入れてくる。
止まらずに槍に向かって煙を上げる松明斧を横薙ぎしていなすと、操作して引き寄せていた緑斧をそのまま男の側頭部にお見舞いする。
魔力で回転を増し、威力を上乗せされた緑斧が男のこめかみに突き立つと、そのまま横倒しに倒れた。
だが、ガンキにはそれを確かめる余裕は無かった、重量級のタオが普段あり得ない高速の突進で迫り、上段からバトルアックスによる一撃を振るってくる。
間一髪半身を引いて避けると、標的を逃したバトルアックスが硬い地面に激突して石つぶてを散らす。そこに間髪を置かず、背中から目ず魔の触手がムチのように襲いかかってきた。
なんとか一本目を避けた所にもう一本の触手が振るわれ、避け損ねて肩が触れてしまう。
途端に襲われる虚脱感、生命力を奪われて一瞬気を失いそうになる。思わず膝を折り地に着きそうになる所をギリッ!と歯を食いしばって耐えた。
そこに迫るバトルアックスの横薙ぎ一閃、咄嗟に松明斧を合わせるも、まともに食らった一撃が斧と革鎧越しにガンキの胸を強打する。
火花を散らす斧と斧、遠心力を伴った巨大な斧の質量が襲いかかる。
咄嗟に仰け反って少しは衝撃を減じたが、その分したたか地面に打ち付けられてバウンドした。
胸の強打からの背中への強打で息が詰まる、軽い脳震盪を起こしながらも辛うじて魔力を込めた松明斧を爆発させて後方への推進力を得ると、地面を蹴って距離を取った。
凸凹の地面に背中を擦りつつ何とかタオの刃圏を逃れる、もう既に前後左右の区別もつかない混乱状態のまま横に転がって距離を稼いだ。
目を開けているが、洞窟の暗さもあって何も見えない。焦点が合わない中、手をついて上体を支え上げた。
鉄の臭いが焦げた異臭に混じって鼻を汚す、いつの間にか口の中を切った様で、とめどなく血が溜まる。
そこに一気にポーションを突っ込み、無理矢理飲み下した。
強烈な刺激薬が口中の傷に滲みて痛む。覚醒薬物の混入されたポーションに一気に目覚めさせられたが、これで腰に吊るしたポーションのスキットルは尽きてしまう。
回復する術を無くした事で途轍もない不安感が襲うが、同時に『上等だ』という反骨心が胸を焦がす。
覚醒した所で追い打ちが来ない事に気付き、松明斧をかざしてタオを探すと、イスルと対峙している所だった。
真っ赤な目玉を剥き出して涎を垂らしながら斧を振るい、左手に持つシュリを突き出して人間の盾にしながら、触手で無力化を狙う。
襟首を持たれた彼女は無事なのか?容体の判断出来ない脱力状態でぶら下がったまま良い様に扱われている。
何時かの戦場で見た目ず魔の常套手段に手が出せないイスルは、遠間からの触手ムチを避けるのに精一杯の様だ。
更に松明斧を向けて周囲を見回すと、精霊付きの杖使いが一人、イスルの隙を伺うように背後に付き纏っている。
その他の精霊付きは居なかった、ガンキが奮戦している隙にイスルによって片付けられたのか?確証はないがそう結論付けると幾分回復した頭を振って立ち上がった。
松明斧の灯りを消すと光源はイスルの持つカンテラのみ、照らされて伸びる杖使いの影に入ると音もなく背後に近づく。
イスルを付け狙う杖使いは背後から見ると隙だらけで、簡単に近寄る事が出来たガンキは無防備に晒された延髄を一撃の元に断ち切った。
魔力も纏わない素の松明斧が後頭部に突き立つ、その頭を蹴ると男は血を垂らしながら力無く倒れ伏した。
タオの背後から伸びる目ず魔の複眼が目ざとくガンキを捉える、その視線を遮るようにイスルが抜け目なく移動した。
この男の戦場での勘働きはガンキも遠く及ばないものがある。
その一瞬の隙を突いて移動するガンキは、途中の死体に突き立つ緑斧を回収しつつ、大回りに走った。
暗い洞窟に躓きそうになりながらも、目ず魔を挟み撃ちに出来る位置まで走ると、一気に距離を詰めて行く。
イスルの刀を避けたタオが後ろに傾くと、ガンキの位置から目ず魔の殻が丸見えになった。そこを狙って緑斧を投擲しながらなおも走り寄る。
揺れる四本の複眼でシッカリ捉え、緑斧を避けた目ず魔は触手を振るい迎え打つ。
だが、予測の範囲内である攻撃を受ける程甘くないガンキは軽く松明斧でいなすと、爆炎を纏った一撃を食らわせた。
咄嗟に殻で受けた目ず魔は、しかし、火属性が弱点と言えるほど苦手だった。キッチリ防御したにも関わらず、熱によるダメージを受けて「ギュワーッ」と奇声を発する。
尚も火炎攻撃を狙うガンキの松明斧に注意が向いている隙にイスルが動いた。
革鎧の胸に吊るされたカンテラを外すと、燃料の蓋をずらして投げつける。たっぷりと入っていた可燃油がタオの体を濡らした。
次の瞬間、割れたランタンの火種が油に引火して一気に燃え上がる。ガンキすら驚いて慌てる中、冷静なイスルはひとり刀を鞘に収めて身を鎮めると機を伺った。
目ず魔が火に炙られてギィギィ鳴きながらもがき苦しむ、そして離脱の準備段階としてタオの脊髄に刺していた繊細な神経針を抜く独特の予備動作を始めた。
目ず魔の精神魔法は獲物に取り憑いている間は使えない、というのが魚人族側で戦った戦士達の常識である。
逆に獲物からの離れ際が一番危ない事をイスルは経験から身に染みて知っていた。
尚も燃え盛る火柱と化したタオから目ず魔が神経針を抜いた瞬間、目にも止まらぬ踏み込みを見せると居合一閃、急所の眼球を切り裂いた。
魔石でもある巨大な水晶体までもが真っ二つになる。断末魔の鳴き声を上げる目ず魔に更に緑斧が突き立て、トドメに松明斧の爆炎を楔撃った。
炎に包まれる目ず魔を捨て置くと、タオを見た、イスルが自前のポーションを振りかけてくれている。ガンキの物より一段高級なポーションによって、見る見る間に回復した。
焼けただれた皮膚から立ち昇る煙と湯気の下で「うーん」と唸る声を聞いた時、初めて生きた心地がして脱力する。
『これで5金は安いな』
虫の息のタオとシュリを見下ろして呆然とするガンキは最初にそう思い腰を下ろした。




