洞窟の死闘①
〝目ず魔〟とは、大きな目と、強靭な多触手、それらを覆う硬い殻に包まれた人間大のモンスターで、精神魔法を使い、他のモンスターを操ったり、敵の動きを縛ったりする厄介なモンスターである。
十年前に起きた深海族と魚人族の戦争では、深海族の主力としてタガル大陸を蹂躙し、その後野生化した個体が各地に生息していたが、今では殆ど駆逐されているはずだった。
それがこの先の空間にいると言う。疑う訳ではないが、シュリに再度確認させた。
先の戦争にはガンキ達の傭兵団も魚人族側として参加していた。金払い以外は全くもって酷い戦争で、多くの仲間が死んだ。
その死因の大部分が目ず魔が関わっていたと言っても過言ではないだろう。その凶悪さはいまだに身震いする程である。
精神魔法で敵を混乱させ、他モンスターを限界まで操り、触手で触れた者の生命力を奪い取る。堅い殻は刃物を通さず、全く痛みを感じないのか死ぬ寸前まで平気で攻撃してくる。遠隔操作されているせいもあって、戦局の見極めも鮮やかだった。
敵に回したくないという意味ではシーサーペント亜種などを遥かに上回る。
戻ってきたシュリを見ると、一つ頷いた。やはり目ず魔で間違いない様だ。
「ふーっ」深呼吸を一つ考えを纏める、まずは手前の横穴にいる精霊付きを殺ってから、奥の目ず魔とやり合うか?
それともこの場は一旦引いて、それなりの準備をしてから再度探索するべきか?
今ならどちらも選択出来るが、見張りを一人殺ってしまった今、一旦引いて準備を整える間に目ず魔を逃がすかもしれない。
色々悩むのが苦手なガンキは、勘を信じて取り敢えず横穴の奴らを殺りに行くことにした。
暗い横穴をシュリが先導して進む、ランタンの灯りを絞っているため、足元に気を付けながら無言でゆっくり前進した。
途中でタオとジニを待機させる、万が一にも挟み撃ちにならないように後方を警戒させると、シュリ、ガンキ、イスルの順で突き当たりの小部屋の手前に辿り着いた。
中を確認するが、真っ暗で何も見えない。シュリに確認すると、4〜5人程が居ると思われるとの事。
シュリにここで待機する様に言うと、イスルとアイコンタクトを取る。イスルの目が行くぞ!と言っていた。その手は、小部屋に対処して脇差に添えられており、何時でも抜ける状態だった。
ガンキが一つ首是すると同時に二人は部屋に飛び込んだ。
そこには4人の男が暗闇の中で呆然と立ち尽くしていた。ガンキの付けた松明斧の灯りで煌々と照らされ、岩肌に大きな影を作る。
素早く一人の懐に飛び込んだイスルの居合切りが男の喉を切り裂く。
ヒュオッと音を立てて頚椎まで刈られた首から空気が漏れると、真っ黒な血を噴射しながらグラリと倒れた。
その血を浴びる間も無く次の獲物に肉迫するイスルは、男の突き出した棍棒を避けながら手首を引き切った。
軽い脇差の一閃にも関わらず右手首ごと飛んでいく棍棒、だが男はそのダメージにも動じずに即座に左手を突き出して来た。
人間離れした反応に戦慄を覚えながらも、革鎧の肩当てで手を逸らすと、踏み込んで体ごと脇差を突き上げる。
顎の下から入った刀身が口を貫通して頭蓋骨まで到達した。
眼球が裏返り白目を向いた男を蹴り飛ばすと、ドロリと黒い血を流しながら倒れた。
抜き取った脇差に赤黒い血がこびり付いている。死体に溜まった様なドロドロの血が愛刀を穢しているのを見て、相手がただの人間ではないと改めて感じたイスルは、嫌な予感がした。長年の戦士の勘がこの状況を不吉と判断している。
早くかたずけてしまおうとガンキを見ると、一人を倒して最後の短剣使いと切り結んでいた。
暗闇の中で淡く光る剣は魔法の品なのだろう、だとすればそれなりの手練れなのかもしれない。
既にガンキの斧を受けて肩や腕からドス黒い血を流しているが、中々堂に入った足運びで致命傷を避けている。
緑斧の大振りを避けて鋭い突きを繰り出す、だがそれはガンキの策だった。
体重を充分後ろに残していたガンキは松明斧を突き出すと、短剣ごと指を潰す。
グシャリと潰れた右手を意にも介さず空いている手で掴みかかるのを後退して躱すと、ダッシュと共に振りかぶった松明斧を頭に振り下ろした。
ジュッ!硬い頭蓋骨を物ともせず楔打たれた斧から煙が立つ。血や脳漿が沸騰し、肉や毛の焼ける臭いが小部屋に充満した。
「知ってるか?こいつ」ガンキが斧を引っこ抜いて、倒れた男の服で血肉を拭いながら聞いた。焼けた金属が服を焦がす。
首を振るイスルに「この街の有名人だ、家なし共を束ねてる元ハンターだ」と続けた。
見れば着古して汚れてはいるものの中々良い服を着ている、ヤクザな商売の成れの果てに思う所もあるが、現警備隊員のイスルとしては『治安維持のために後釜争いに気を付けよう』位に捉える。
「前に会った時は腰を痛めて立ち上がるのもしんどかった筈だ。回復したにしても元気すぎると思わないか?ガスリンの時も思ったんだ、足は引き擦ってたが、奴は一日逃げ回る程タフじゃなかった。」
と言いながら魔法の短剣を鞘に収めたガンキが「いるか?」と聞いてきたのでまた首を振った。
ガンキはニヤリと笑うと腰ベルトに差し込んで辺りを見回す、小さな部屋は他に何もない。
「まあ、あれこれ考えても今はわからん、トットとやっつけて帰ろうや」とイスルを促した。
「終わったぞ」と小さな声で通路のシュリに声を掛けるが返事がない。違和感を受けた二人に嫌な予感が走る。
急いで通路に戻ったが人っ子一人居なかった、二人はシュリを探すが、見当たらない。先程より少し声量を上げて呼びかけたが返事がなかった。
通路を照らすと途中に残してきたタオとジニもいなかった。
「やばいな」事態の深刻さを緩和させるようにわざと軽めにガンキが呟く。
隣のイスルは腰の刀に手を置いて周囲の気配を探っている。
部屋の男達を襲撃するのに集中していたとは言え、近場に居た二人共が何の気配も物音も感じないのはやはり異常である。
それに探知要員のシュリですら、警備隊として最低限の訓練を受けているし、歴戦の傭兵だったジニが何の痕跡も残さずに消えるなど考えにくかった。
そしてタオ!あのバカが居ない、と言う事実に目の前が暗くなる。焦りからパニックになりそうな心を沈める為にもう一度「やばいな」と軽薄に呟く。
『失敗した!』ガンキは一瞬自分の判断ミスに後悔しそうになるが、気力で押さえ込んだ。今は後ろを振り返る時ではない、事態は一刻を争うのだ。
動きながら考えるしかないと心に決めて隣のイスルを見ると目が合った。次の瞬間二人は洞窟の本道に向かって走り出した。
横道の途中でかなり大きな泥の塊を見つけて駆け寄ると、中から人の足が突き出ていた。
ガンキは一目でジニの物だと判断して、見覚えのある大きな足を掴んで引っこ抜くと、泥を撥ね退けた。
ジニは気絶しているが息がある。口に詰まった泥を掻き出して横たえ、背中を叩いてやると激しくむせてドロリと泥を吐き出した。
呼びかけても唸るだけで意識が戻らない。見ると革鎧の腹部がベッコリと変形して凹んでいる。吹き飛ばされ頭を打ったのか、壁には血の跡がついていた。多分緩衝材として咄嗟に生み出した泥に埋まってしまったのだろう。
腰ベルトからスキットルを取り出して中身のポーションをジニの口に流し込む。
吐き出さない様に口を無理やり塞ぐと「ゴクリ」と喉を鳴らして嚥下して又むせた。
「ジニ!大丈夫か?」耳元で呼び掛けるとまだむせていたジニが薄目を開けた。眼球が微かに揺れて未だ意識が明瞭になっていない様子だ。
「何があった?」頬を叩きながら問いかけると「すまねえアニキ、やられちまった」と掠れる声を精一杯吐き出す。
「相手は目ず魔か?タオ達はどうした!」ガンキの問いかけにも返事が詰まる、状況がよく分からない様で「すまねぇ、気付いたらやられてた」と弱々しく謝った。
通路の壁に背をもたれさせてスキットルを渡すと「ここで待ってろ」と言い残して本道へ急ぐ、少し先をイスルが警戒しながら走っていた。
その時「うがああぁァァッ」という断末魔の様な声が本道から聞こえてきた。その声にゾッとする、間違いない、タオの声だ!
焦りから、辛うじて取り繕っていた冷静さをかなぐり捨ててイスルを追い抜かす、制止するイスルを撥ね退けると本道に踊り出た。
そこでガンキが見たものは、精霊付きであろう男達5名の奥に立つタオの姿。
右手にはバトルアックスを握り、左手にはシュリの胸倉を掴んでぶら下げている。
その背中が異様に盛り上がり甲羅の様な物を背負っている。
間違いない、目ず魔の取り憑いた姿だった、触手の先に付いた複眼がニョロリと四本こちらを覗いて揺れている。
タオの完全に白目をむいた眼球が真っ赤に染まっている、バーサーク状態のタオは熱い息をブフーッ吐き出してガンキの方を向くと「ゴアアアッ!」と咆哮を放った。
イスルの愛刀
大→胴田貫の様な身の厚い打刀、二尺三寸五分
小→おそらく造りの小脇差、1尺三寸
その他武装あり。
にわか知識の厨二設定ですいません。
おそらく造りのシャープなシルエットが好きです、いかにもぶっ刺さるぞっ!て感じ。




