パーフェクト怠惰
さて、オーバル湾洞窟を探索するメンバー選びとなった時点で、その前に一つ決めなくてはならない大事な事があった。
今回の捜査の指揮を誰がとるか?という事である。
ハルバーが捜査に乗り出せば正式にオーバルの警備隊が動く事になるが、商業組合への報告や認可を待たなければならない為、時間がかかる。
その際提出しなければならない資料も未だ充分とは言えなかった。無名なシュリの鼻が感知したなどと報告しても、ハルバーの判断能力を疑われるのが落ちである。
ハルバーはオーバル商業組合長の魚ヅラを思い出して嫌気がさした。
魚人族特有のしつこさで、どんな捜査内容も事細かに検証されるのだが、金が絡むと特にガメツイ、その分正確ではあるのだが。
そして何よりハルバーは面倒事が大嫌いだ。面倒事は全て奴隷任せがポリシーの彼は、傭兵時代から有名な奴隷使いで通っていた。
そんな怠惰の権化が、面倒な探索の指揮をとりたがるわけがない。ハルバーはこの案件全てをガンキに背負わせてしまおうと考えていた。
ガンキとしても探索を指揮する事はやぶさかでない。トードをやられた意趣返しもあるが、この業界舐められたらおしまいだ。
やられたらやり返す、相手が例え人外の者だとしても、ぶちのめさない事には収まりがつかなかった。
だが、ガンキとてボランティアで街の治安維持をするわけにはいかない。傭兵やハンターと同じか、それ以上の条件を付けてハルバーから金をふんだくらないと、タダ働きになってしまう。金食い虫のギャングという組織を纏めて行くのに金は幾らあっても足りなかった。
「前金で5だな」ガンキが呟いた、下手すると命がけの仕事になる依頼の値段としては安いと思うが、ハルバーの懐から出す金額としては、この位が精々だろう。
ハルバーは言葉に詰まる、旧知の仲の二人に細々としたやり取りなど必要無かったが、それにしても何故知っているのか?彼の懐には丁度5金入っていた。
絶句しているハルバーを横目に「だせ」と手を突き出すガンキ。「第一これまでの情報だけでも相当な価値が有るだろうが、大惨事を未然に安く解決したら、魚野郎の評価も上がるぞ」
確かに防御結界の張り巡らされた街中に、これ程の脅威が忍び寄ってきた試しはない。その脅威を未然に防げたとなれば、ハルバーの立場も良くなるだろう。
懐の金袋を揉みしだいて損得勘定していたハルバーはポンッとガンキに投げてよこすと「その代わりキッチリ落とし前つけろよ」と付け足した。
「けっ!言われなくてもやってやるぜ、それよりそっちは誰を出す?こっちは俺と手下のジニの二人、そっちはシュリともう一人手練れを付けてくれ」
ジニはハルバーも知っている傭兵時代からの戦友で、ガンキの手下のなかでは唯一の魔法使いである。
この一件に精霊付きなどという得体の知れない存在が関わっている以上、何らかの魔法への対抗策が必要と踏んだ上での人選だった。
「ではこちらは私の奴隷コレクションきっての古武士であるイスルを付けよう。覚えているか?あいつの刀はいまだ錆び付いていないぞ」
ガンキは黙って頷いた。自分より十も年上にも関わらず、筋骨隆々たる東方の戦士イスル。拙者口調で酷く訛りのある大柄な初老の男を思い出した。
東方特有の武器である大小の刀を操る彼は、確かに戦場で頼りになった。
「では早速準備に取り掛かろう、相手が移動する前に早く対応した方がいい。あと、俺が留守の間にトラブルが起きない様に広場をしっかり警らしておいてくれ」
ガンキの言葉にハルバーは頷くと、シュリを伴って帰路についた。イスルは警備隊員として今夜も街を巡回しているから、捕まえなくてはならない。
「はーっ」と深い溜息をつくハルバー。面倒臭い案件に最小限の労力で対処したが、危うく自分が出張る羽目になる所だった。
5金は痛いが、腕の良い傭兵を雇うと思えば納得の金額だ。双斧のガンキをその金額で雇うと思えば破格とも言える。
『あー、考えるのも面倒臭い』そう思い、後は成り行き任せと思考を放棄した。
〝奴隷使い〟のハルバーと言われた傭兵時代、彼は裏で〝パーフェクト怠惰〟と呼ばれていた。
怠惰が服を着て歩いているとまで言われながら、何故か周りの者が全ての問題を解決してしまう。彼の能力はそれに尽きるかもしれなかった。
ハルバーが家を出た一刻後、集ったメンバーを見るガンキ。
横に居るのは古武士のイスル、ガンキより頭一つ高い彼は、黒の革鎧に額金という軽装に、使い込まれた大小の刀を腰に差し、背筋を伸ばした年を感じさせない男である。
その隣には、先程と違い短弓を背負ったシュリがイスルの影に入る様に佇んでいる。
ガンキが「せめて革鎧位は着んと死ぬぞ」と言うと、「大丈夫です、この服はへたな鎧よりも防御にすぐれていますから」と言って、服を引っ張った。
特殊な素材で出来た服は、ただの革鎧よりも防御に優れている事もある。
目立たないが、濃い緑の繊維で織られた長袖の上下は、魔法の処置がなされているのであろう、見たこともない光沢を放っている。それに細い体にピッタリと張り付き、動きやすそうだった。
ガンキは「そうか」と頷いて隣の手下を見た。
ガンキよりも幾分背の低いジニは生粋の魔法使いではない。元々戦士として傭兵稼業をしていたが、ガンキ達も居た傭兵団の団長に見出されて魔法を習得した経歴を持つ。
従って見た目は殆ど戦士と変わらない。良くある革鎧の腰には赤柄の手斧、ただ一点左手に持つ銀色の短杖だけが、魔法使いとしての存在感を放っていた。
杖の頭には茶色の魔石が嵌め込まれている。その真ん丸な魔石を右手で撫でながら、ガンキの指示を待っていた。
「それじゃ行くぞ」ガンキの素っ気ない一言で一同はオーバル湾に向けて出発した。
ツヤがゲン担ぎの火打石をカッカッ!と打ち付け「気を付けてお帰りを」と見送る。
オーバル湾近くの崖には、海の侵食によって出来上がった〝ヘビ道〟と呼ばれる大小様々な洞窟が存在していた。
最も大きなヘビ道は以前はダンジョンと呼ばれる半異界だったが、街を作った先人達に攻略され、今では唯の巨大な穴と化していた。
以前、結界を擦り抜けたモンスターが住み着いた事もあり、洞窟の入り口は分厚い板を何重にも打ち付けて封印されている。
シュリの鼻に任せてガスリンの足に付いた海藻を探る一行は、その封印された入り口まで来ていた。
「ここで間違いないのか?」尋ねるガンキに「間違い無いわ、この海藻はオーバル湾内の洞窟ならどこでも見受けられるけど、私の鼻が間違いなくここだと感じてる」と答えるシュリの顔は自信あり気だった。
ハルバーから鼻ききの能力を嫌と言うほど聞かされてきたガンキは、シュリの判断を尊重して、洞窟入り口を調べ出す。
少し見て回ると、封印木組の一部が崩れて、人がくぐり抜ける様になった所を発見した。遠目には岩陰に隠れて分からない位置である。
「よし、ここからは洞窟探索に入るから準備しろ」と言うガンキの指示で、各々カンテラや手袋を取り出し装備する。松明の斧を持つガンキは紅魔石を発動させて小さな灯りを作り出す。
皆が黙々と支度を整えている時「待ってくれ」と大きな声が掛かった。
ギョッとしたガンキが声の方を睨みつけると、そこには牛人族のタオが居た。
「待ってくれアニキ、俺も連れてってくれ」又も大声を出すタオに「はーっ」と溜息を漏らすガンキ、どうやら洞窟地帯に来ることを知り、先回りしていた様だ。
『ツヤだな、あの親バカめ!』苦々しい思いに顔を歪める。未知の領域に踏み込むのに、こんなバカ野郎を連れて行ったらどんな厄介事に巻き込まれるか分かった物では無い。
頭が痛くなってこめかみを抑えたガンキを心配そうに覗き込むタオ。
「大丈夫か?アニキ」と言うタオの頭を叩いて「大丈夫じゃねーよ!ボケ!」とつい大声を張ってしまった時ーー
ガタン!と封印の奥から木枠を動かす音が聞こえた。続いて何者かが這い出てくる気配に一同戦慄して身構えた。




