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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
第三章 サバニ漁師と裸海女
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シティ・ストーカー

 海霧に覆われた港町を彷徨う男が一人、足を引きずりながら鋭い目付きで、周囲を警戒しつつ道の端を行く。


 痩せてはいるが、背はヒョロ高く、カピカピに固まった長髪と髭で顔を伺うことは出来ない。

 擦り切れた服は元の色が分からないほど汚れて、あちこち縫い直した跡があった。

 腰にさすのは、折れた剣を研ぎ直した鉈。それを吊るす、腰紐替わりにしているのは、石を挟んで投擲するためのスリング。


 ズタ袋には盗んだ野菜とスリングで捕まえた街鳥の干し肉、鶏卵大の石4個、とうがらしを丈夫な卵の殻に詰めた辛子玉1個、火打石、ぼろ切れ過ぎて最早形を無くしかけた毛布が一枚、鍋代わりの素焼きのお椀、辻強盗で手に入れた銅貨10枚、その時一緒に手に入れた麻薬樹脂、そして、似つかわしくない絹の様な包みが一つーー


 男は荒い呼吸で精一杯目立たぬ様に先を急いでいた。ここはスラム街の中でも、最も危険と言われる〝広場〟と呼ばれる一画。

 先日も地元のギャングと新興勢力の武装集団が抗争を繰り広げて死人を出した所である。


「よう、ガスリンじゃねえか! そんなに急いでどこに行くんだ?」


 広場に根城を持つ地元ギャングの証、赤柄の手斧を腰に差したチンピラのトードが、ニヤケ顔でちょっかいを掛けてきた。


 嫌な奴に見つかってしまった。


 トードは乞食や肉体労働者などの少ない稼ぎから、相談料などと言っては小銭を掠め取る、疫病神の様な男だ。


 だが、一旦戦闘となると、スタミナが切れるまで躊躇なく暴れ狂う。先日の抗争でも相手勢力の構成員を襲い、頭をカチ割って殺した腕自慢だった。


 ガスリンはトードの声掛けにも一切目も向けず、目の前を通り過ぎると、一心不乱に先を急ぐ。その素っ気ない態度はトードの気に触った。


「おい!無視してんじゃねーぞ!」


 トードがガスリンの肩を掴んでグイッと引いた。デップリと太ったトードに引かれて思わずよろける。

 そのまま建物の壁に押し付けられると、後ろ手を取られて顔を壁に擦り付けられる。


「ううっ」と呻くだけで抵抗もしないガスリンに気を良くしたトードが、


「なーに急いでんだ、何かいい物でも拾ったか?」


 そう言うとガスリンのズタ袋に手を突っ込み中身をあさり出した。

 小銭袋を見つけポケットに仕舞い込んだ後、まだ探り続けるその手が手慣れぬ絹の様な包みに触れた。


「なーんだ? これは」


 トードが包みを抜き取ろうとした時、ガスリンが後頭部をトードの鼻面にぶちかます。

 怯んだ隙に自由な右手を限界まで伸ばすと、包みをひったくって逃げ出した。


 普段無抵抗なガスリンの思わぬ抵抗に面食らいながらも、捻り上げた左手を離さず引く。

 それにも構わず、腕を振り切って逃げ出したガスリンの肩が、ゴキリと外れた。


 すっぽ抜けた腕にバランスを崩したトードは、足がもつれて躓いてしまう。

 路地裏に曲がったガスリンを「ふざけんじゃねーぞ!」と怒鳴りながら手斧を振りかざして追いかけた。


 足を引き摺るガスリンはそう離れていない。角を曲がった時、見えている背中に向けて、思い切り手斧を投げつける。

 空を切る赤柄の手斧は、3回転もするとガスリンの左太ももを捉えた。


 突き立ちはしなかったが、思い切りぶつかり転倒するガスリンは、堆積したゴミの山に体ごと突っ込む。

 追いすがるトードは、落ちた手斧を拾うと倒れるガスリンに迫った。

 何とか上体を起こしたガスリンは奇跡的に割れなかった辛子玉を投げつける。

 左手で避けたトードの顔前で辛子粉がバフッと弾けた。


「ゲホッゲホッ!」


 濃密な辛子の粉末をまともに吸い込んだトードは、涙と鼻水を垂らしてのたうち回った。

 辛子の中に混ぜ込まれた粗悪品の粉末毒を吸い込み呼吸困難になって倒れる。


 その後頭部に振り下ろされた折れた剣鉈、錆び付いて切れない刃で、何回も叩き潰す様に切りつけると、血を撒き散らしたトードはうつ伏せに事切れた。


 激しい運動に喘ぎながらも、一言も発する事無く、ズタ袋に絹の袋を大事そうに仕舞うと、血塗れのガスリンは痛む足を引きずり裏路地に消えた。







「これは素晴らしい」


 魔具である鑑定鏡を片目に付けた、魚人族の老人が感嘆の声を上げる。


 老人の手の中で、夜叉神から取り出した拳大の巨大な紅石が、鈍い光を発っしている。

 その紅は他に類を見ない程の濃さだった。


 対面に座るのはワンジル、ドゥーが年少な為、代理で取引をしている。

 何度か護衛として街に出て、村長の取引現場を見て来た彼は、今回の様な雑事に長けていた。


「こんなに魔力を溜め込んだ魔獣はさぞかし強かったでしょうな」


 魔石は魔力を溜め込む程高値が付く。魔力の多さは同時に、魔石を持つ魔獣の強さに比例していた。


 老人が小さな水晶の結晶柱を、夜叉神の魔石に近づけると、触れるか触れないかの所で、水晶の中に赤い光が灯る。


 その作業を3度繰り返した老人は「ふむふむ」と独りごちて赤い光を鑑定鏡で観察しながら黙考した。


 焦れたワンジルが「どの位の価値になりますか?」と聞くと、


「ああ、すいませんな、余りに見事な魔力を発現する魔石故、利用価値に考えが飛んでしまいました」


 鱗頭をかいて謝る老人は、こう見えてタガル大陸最南端の商業都市、オーバルの商業組合長の立場にいる重鎮だ。


 その彼が驚くほど価値のある魔石の取り引きは、年にそうある物では無い。


「ズバリ、130金は下りませんな、私にお売り下さるなら、全額即金でお支払い致します」


 大金の提示に内心驚くワンジル、以前に紅トカゲの紅石を売りに来た時は、10個単位で10金になるかどうかの価値だった。


「ダグラス様のお知り合い、不正な料金を付けるような無作法は致しません」


 老人は胸を張って宣言する。通じるかは分からなかったが、イザの赤札を出した所、ここでもダグラスの名前が通り、VIP扱いを受ける事となった。


 セレミーの手配した大陸間連絡船の出発地となるオーバルで、旅の資金調達のためにと訪れた商業組合の組合長が、ダグラスの知り合いとは、彼らにとってこの上ない幸運と言える。


「それではその値段で」


 ドゥーの首是を受けたワンジルが取り引き承諾書にサインすると、老人は一旦奥に下がり、金貨の山を従えてやって来た。


 鋭い目付きのメイドが一人、ワゴンに載せて山と積まれた金貨を運び込む。

 目付き以外は、細身で見目麗しい猫人族のメイドは、一見無防備だが、歴戦のワンジルは袖に隠した短剣の存在を見抜いた。


 その気配を察した老人が「ご安心ください、必要最低限の警護でございます」言うやメイドを下がらせる。


「最近この辺りも物騒になりましてな、私共も苦慮しております」


 場を和ませようと、魚人なりの笑みをみせてとりなす。


「どうですかな?旅のお方にこれだけの金貨は邪魔になるでしょう。100金を超える取り引きの際に使われるメダリオン神貨というものがございます」


 言うや老人は、金貨の山の向こうから小振りな宝箱を取り出す。


 小さいながら凝った装飾の箱を開けると、銀色に輝くメダルが2枚、柔らかな布に包まれて入っていた。


 話にしか聞いたことない神貨を目の前に、ゴクリと唾を飲み込むワンジル、知の王時代に作られたと言われる硬貨は自ら光を発して輝いている。


 恐る恐る手に取ると、手のひら大の大きさにも関わらず、驚くほど軽い。

 そしてその輝きは金属には有り得ない、色とりどりの色彩を放ち、表面に彫られた人物像を立体的に浮かび上がらせていた。


 魅入られて固まるワンジルを見兼ねたドゥーが袖を引っ張ると、ハッと我に返り、


「では神貨一枚と、残りは金貨でお願いします」


 即決取引を済ませた。


 半ば魂の抜けたワンジルを引っ張り、ドゥーは商談室を出るとイザと合流した。


「そっちの取引きも済んだ?」


 気軽に話し掛けるイザは、既に換金を済ませている。それなりに高く売れた様で、ホクホク顔だ。


「それじゃあ宿に戻ろうか」


 大金を手に入れた三人は、見知らぬ街に繰り出すのも憚られて、昨日から宿泊している港近くの〝渚のハイカラ亭〟に向かった。


 女性陣2人は朝から別行動である、だが、男性陣は一人として心配などしていなかった。自分達が束になって襲いかかっても返り討ちに合うであろう、最強の2人の事は心配するだけ損というものだーー






 その女性陣2名は、港町オーバルの目抜き通りに来ていた。

 朝から海霧が立ち込めて、快晴とは言えないが、決して曇っているわけではなく、大陸内部で育ったラヴィにとっては新鮮な天候で、旅の情緒が感じられた。


 二人の目的は、ラヴィの旅の装備、特に服探しである。


 レッドマンティスにズタズタにされて以来、スイの作った海綿草の服を着続けてきたが、ハッキリ言ってダサい。


 薄茶色の地味な色合いはまだ我慢するとして、鉄木のギプスを隠す為に大きめに作られた袖は、歩く度にビラビラと揺れ、上着などはブカブカの寸胴で、まるで大人の服を着た子供の様である。


 単独行動中、仕事でオーバルにも立ち寄っていたセレミーは街中の店にも詳しく、張り切って先導して行く。


 猫人族が獅子族を引っ張って歩く姿は、ラヴィの背丈もあいまって周囲からかなり浮いていた。



「うーん、これは如何かと思うぞ」


 姿見の前に佇むラヴィは微妙な顔で自分の姿をチェックする。


 体にピッタリの黒革で出来たボンテージスーツは、体にフィットして着心地は悪く無いが、どう見ても堅気の人間が着る物ではなかった。


 セレミーに案内された店は、服屋というよりは防具屋、しかも、革専門店で、あらゆる種類の革製品が所狭しと陳列されている。


「うっそー!似合う似合う!」


 許可なくツヤツヤのお尻を撫でるセレミーは、喜色満面、頬をピンクに上気させながら、尻尾をフルフル振って興奮を隠そうともしない。


 結局何着もの試着を強いられたラヴィは、最後は半ギレになって、暴走するセレミーを止めた。


 だが、おかげで、店の最高級品と言って出された剛皮亜竜のジャケットとパンツを手に入れる事が出来た。


 ラヴィ好みで濃淡のある焦げ茶色の一品は、店で唯一の大型変身系獣人用の防具で、丈夫さもさることながら、要所要所が伸縮性に優れた素材で出来ている。


 これなら獣化してもすぐに破けたりする心配もない。肩や膝に当てがわれた硬皮を叩くと、軽さに見合わぬ堅牢さが頼もしい。身に付けると、あつらえた様にフィットした。


 だが、その分お値段も高く、手持ちのお金が乏しくなってしまった。

 イザに頼んでおいた、炎剣の魔石や肉食犀の剣角を売ったお金を早急に回収しなければ、船賃にも事欠くしまつだ。


 金欠に頭を悩ませながら店を出ると、先程から怒鳴り声がうるさい裏通りは、数m先が見にくい程の濃霧が立ち込めている。


 男共が「そっちにいったぞ!」などと、大声を上げているが、こんなんでそっちだのこっちだの分かるのか?と心の中で突っ込みを入れるラヴィ。


 後ろに続いたセレミーは、騒ぎを聞きつけて鋭い目付きでラヴィを制した。


 そんな二人の前に血みどろの痩せ男が転がり込む、後を追う男達も駆け込み、ラヴィ達を見てギョッとした。


『厄介事に巻き込まれた』


 心の中で舌打ちしたセレミーがラヴィを見ると、暴力の臭いを嗅ぎとった獅子族の女戦士は、剣歯を剥き出しに「グルルルル」と唸り出していた。

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