トゥー・スピーシーズ
感想で色々教えてくれた方々、ありがとうございます。
戦闘シーンでの擬音多用について、読みづらいと数人の方から指摘されていました。
成る程な〜と思い、自分なりに抑えてみたりと改善しつつあります。
また何か気付いた事があったら教えてください。
イザは青の湖に到着すると、ギョランに事の次第を説明した。
ギョランはいきなり四人組になっている事にも驚いたが、そのバラエティーに富んだメンバーに、
「うぇー、ようこんなに変な奴ばかり集まったもんだべ」
と言いつつ、一人一人に直接触れて挨拶して、個々の能力を確かめて回った。
誇り高い獅子族のラヴィは、歯に衣着せぬギョランの言動に、顔をしかめて不満を露わにしたが、ドゥー等は名の通った高位の魚人族に会えた事を、目をキラキラさせて喜んでいる。
ひとしきり挨拶が済んだ後思い出した様に、
「そうだ、お前さんに客だべ」
と言って洞窟を指差す。見ると、入り口に寄り掛かる猫人族のセレミーが、小さく手を上げた。イザが近づくと、
「久しぶり、ダグラスさんの依頼で帰りも送る事になったから、ヨロシク」
と素っ気無い素振りで告げる、だが、口角が上がっている、彼女なりに再会を喜んでいるらしい。
その晩は、イザの帰還を祝う囁かな宴の席が設けられた。
テーブルに並べられた魚貝類はまだしも、羽虫サラダや、大陽光の活け造り、芋虫パン等の虫料理に若干引く一同。だがギョラン秘蔵の最高級ワインの力もあって、旅の話や今後の話で盛り上がった。
何となく分かっていたが、ギョランはピナカ村のライカやソウジャと知り合いらしく、イザの話に目を細めて聞き入っていた。
どう知り合ったのか聞いて見ても、詳しく話してくれなかったので、それ以上突っ込んだ話は控えたが、どこか心に引っかかる。複雑な顔を見せるイザに向かって、
「では試験の成果をみせてもらおうかの」
話の途切れた時を見計らってギョランが切り出した。
イザは背負い袋の中から魔石の入った袋を取り出すと、ゴトゴトとテーブルに並べる。
アサルト・ローチの茶石が2個、突撃鳥の紅石が9個、レッドマンティスの緑石が1個、夜叉神の胃袋から取り出した紅石が2個。
大きな石から豆粒大の石まで、形も大きさも色の濃さもバラバラな魔石がテーブルを彩る。
因みに、夜叉神自体の魔石は、ラヴィの治療代としてコーラルに譲った。今はドゥーが旅の軍資金として所有している。
「上等だべ」
魔石を一つ一つ手に取りながら、ギョランが満足気に頷く。
「これで試験は合格だ、晴れて駆け出しの魔法使いとして認めんべ」
喜ぶイザはドゥーと抱き合って喜んだ。
それからは合格祝いとして、ギョランの好意によって追加された、ワインやにごり酒、樽に仕込んだスピリッツを飲んでのドンチャン騒ぎに移行した。
イザも強か酔い、大声で喋り、笑った。こんなに楽しい事が有るのかと気持ちがホカホカあったかい。
ラヴィも酒に目が無い様で、秘蔵のワインをガブ飲みしてギョランを慌てさせている。
ギョランに叱られて謝る様子をみて、ワンジル達のラヴィに対する恐れも少しは解けてきた。
良くも悪くも単純で力押しな女だが、力にものを言わせて矢鱈滅多ら暴力を振るう様なタイプでも無い様だ。
そして、意外にもドゥーは酒豪だった。ギョラン秘蔵のスピリッツを、原液でグイグイ飲みながら、顔色一つ変えずに朝まで飲み明かした。
お陰でギョラン自慢の樽は空っぽになり、後で「あいつらには二度と飲ませねぇべ」と固く決意したという。
盛り上がる酒宴の中、酒に弱いイザは前回の反省も込めて、宴もそこそこに散歩に出た。
洞窟から出て直ぐの所にある青の湖は、清冽な空気の中で、二つの月に照らされて深い藍色に染まっている。
肌寒い季節の始まりに、虫たちの鳴き声が彼方此方から聞こえて耳に響く。
つい先日、精霊様と出会い加護を得た事は、浮世離れしすぎた経験で、いまだに信じられない様な思いがする。だが今でも精霊様に取り込まれた時の、魂の繋がりを感じることができた。
その繋がりを愛おしむように湖に向かうと、水面にそっと手を触れた。
「精霊様も喜んどる」
不意に後ろからギョランの声、
「あれ以来、精霊様が話す言葉は、お前さんの事ばかりだべ、主に肉水の事だけんど」
精霊様がイザを覚えている事に驚く、あれほど大きな存在が、自分の様に些細な存在の事を覚えていてくれている事が嬉しい。
それほどまでに、あの時感じた精霊様の存在は偉大だった。
「ここを離れても精霊様の加護は得られますか?」
イザが気になっている事を聞いた。ドライアドの時は、後になって考えれば、出会った森の中程の加護の力を感じられなかった。
それでも助けにはなるし、スイの力に還元されているとは思うが。
「青の精霊様は偉大な力を持つ、その加護は水ある所、如何なる物、何人にも邪魔されず何時でもお前を守んべ」
ギョランの言葉が胸に染みる。
「これからお前さんは大人の都合に翻弄される宿命があるだ、ダグラスにしろ、教授にしろ、お前の力を利用しようとする奴らばっかりだべ」
急に真剣な声色になったギョランにドキリとしつつ目を合わせるイザ。それを確認して、ポンッと肩に手を掛けるギョラン。
「お前の望みはなんだべ? 生き延びる力は与えたつもりだ。だが、これから来る困難を乗り切る為には、それだけではだめだべ。芯となる強い思いが必要だんべ」
そう聞かれて考えると、今まで生き延びることしか、目の前の飯の種しか考えて来なかった自分に気付く。
最初の旅立ち以外、何の決断もなく流れに任せてここまで来た。自分は何がしたいか? どうなりたいか? そんな事は何も決めてない。
「覚悟しろ、思いに殉じる覚悟が強い者が最後まで立っとるもんだ」
それだけ言うと、もう一度ポンッと肩を叩いてギョランは洞窟に戻って行った。
扉を開けると、ドンチャン騒ぎの宴の音と、「あーっ!おめーらなーにしとるだ!」と怒鳴るギョランの声。
クスリと笑うイザは、ひとり静かな湖面に向き直ると地面に腰掛け黙考する。
『やりたい事ってなんだろう? 夢は……なんだろう?』
最初は王都に行って働くのが目標だった。次は獣ハンターとして生計を立てる事が出来るのではないかと目論んだ。
そして今は、魔法使いとして一人前となり、自分のハンター組〝満天星〟を作る事が最終目標と言えるだろうか?
それは夢なのか? 全ては生活の術の様な気がする。
それらは力を得た今となっては、将来的に実現可能だろう。
だが、ダグラス達は自分に違うことを期待している気がする。それに逆らう程の熱が自分にあるのか? そう考えると、余計に分からなくなってきた。
分からなくなって、ぼんやり湖を見るとは無しに見ていると、フイに家族の顔が浮かんで来た。
厳めしくも、頼りになる父ちゃん、どこまでも優しい母ちゃん、色んな事を教えてくれた兄ちゃん、クリクリまなこの可愛い妹。
その妹が引き取られて行く時の泣き顔が目に浮かぶ。旅立つ時、王都に出て仕事を得たら、妹を引き取って家族一緒に暮らす夢を持っていた事を思い出した。
ムクムクと湧いてくる望郷の念。今、妹達は無事に暮らしているだろうか?
家族に会おう、スイに実妹のスイを紹介してやろう。その思い付きに嬉しくなったイザは、立ち上がると、ギョランの洞窟に向けて歩き出した。
その間、スイは黙っていた。
彼女にとって、イザが生まれ故郷に戻る事は、自分も親元に戻る事になる。
だが、彼女に望郷の念などはない。それどころか、親元から遠く離れた地に芽吹く事を目的の一つとしている彼女にとって、元の場所に戻る事は本来の使命に反する事だ。
『まあいいわ、時間は沢山あるから焦らず行く。最後は私の思う通りにさせてもらうけどね』
冷静な彼女は、腹の中から虎視眈々と推移を見守っていた。
宴は続く、朝まで、昼まで。
翌日の昼には、もう一泊すると言う一堂を「もうお前らにやる酒はねえ!」と叩き出すギョラン。
イザがひっそりと名付けた〝満天星〟のスタートは、グデグデのドロドロ、寝不足で酸っぱ臭い旅立ちとなった。
男はサバニ舟だった浮き木の残骸に掴まって漂流していた。
夜には星を見て大体の位置を知ることが出来たが、嵐に流されて南東方面に相当島から離れてしまっているらしい。
らしいというのは、空腹と渇水、貧血でだんだん頭が回らなくなってきたせいだ。
今の男には風を受ける帆も無ければ、漕ぐ櫂もない。浮き木の板に腹這いになって、時折足を海につけて蹴り進むのみ。
根性の赤褌を真っ直ぐ3m程海に垂らして大きな生物に見せかけて鮫除けをしているが、どこまで効くかは分からない。
何より嵐の中の戦闘で左手の薬指と小指が千切れ飛び、シーサーペントに止めを刺した時に巻き付かれて、肋骨を何本か折ってしまい、何をするにも激痛が走る。
その状態では自力で島に戻る事も出来ず、ただ潮に任せて漂うしかない。
水分は大分前に潜って仕留めた魚の生き血で補給したが、止血していても指からは血が流れて危険だし、骨折した体では思い通りに泳げず、一匹しか魚が取れなかった。
数日間、遮るもののない太陽にジリジリと炙られて、徐々にカラカラに干上がりつつある。後どの位体力がもつか分からない。明日にも気絶したまま逝ってしまうかもしれなかった。
今の持ち物は仕留め用の刺突剣と、身に付けたクラーケンの軟骨の鎧のみ。乾いて萎んだ肌に浮かぶ塩が、半透明の鎧に擦れてジャリジャリと不快な音をたてる。
口の中は粘ついて、痰がからんで息をするのも苦しくなってきた。
そんなジリ貧の男が今朝目醒めると、視界一面に海霧が立ち込めていた。
一瞬とうとうお迎えが来たのかと思ったが、指や脇腹の痛みが現実に引き戻す。目が霞んだ訳でもないらしい。
乳白色の世界に灰色の凪いだ海、太陽が遮られて肌寒い空気を吸い込むと、湿り気と共に懐かしい草の匂いがした。
足をつけて漕ぎ出す男が、草の匂いを追って進む。パシャパシャと蹴り足の音だけが無音の世界に響いた。
どの位進んだか?朦朧とする意識の中で浮き木の板が固形物に〝トン〟と当たる。
前を凝視するが、より濃密になった霧のせいで、一寸先すら分からない中、腹這いで前に進んだ男の手が、地面に触れた。
立ちくらみと吐き気を堪えて、四つん這いで上陸すると、ビッシリと生える何かの根っこをとらえた。
地面一杯に広がる、緑と白の奇妙によじれた根塊は生物の様に暖かく、触るとヌメヌメと柔らかい。
『こっちだ』
突然頭に直接響く声、正常な頭なら警戒心を抱くだろう現象だが、今の男には逆らう気力も無く、声に従いフラフラと這い進む。
声に従い進む内、小さな穴ぐらに誘われる。根塊に囲われた穴は男にピッタリの大きさで、中に入ると暖かい根っこが張り付いて心地よかった。
『疲れた』
横になると、疲労感が襲いかかり、ドッと体が重くなる。
それに伴い根塊が覆いかぶさるが、暖かく気持ち良い、まるで妻が添い寝してくれている様だ。
男は眠りに落ちようとしていた。
その時、下腹部を覆う根性の褌がギューッと締まり上がる。
先祖伝来の魔法の褌が、男の精神支配を振り払おうと干渉してきた。
ハッと我に帰る男、だが時既に遅く、ズルリと圧迫してきた根塊が、目、耳、鼻、口、尻、穴という穴から侵入した。
「おぼっ!」
声にならない悲鳴を飲み込み、穴が塞がる。
数刻後、濃密な霧の中、穴から抜け出す男の姿があった。
パサパサに干からびた肌は潤いを帯びて艶めき、立ち上がることも出来なかったのが嘘の様に屹立する。
体液のこびり付いた目は穴と化し、肌は緑色に変色していた。
ビチャビチャと口から大量の血と臓物を吐き出した男は、滴る血肉もそのままに、歩き出す。
ミルクの様な濃霧の中、ぎこちない動作ながら迷いもなく進むと、緑と白の根塊が捻り合わさって出来た、太い柱に辿り着く。
柱には鮮血の様な真っ赤な花が一輪、真ん中に咲いた花びらは男の身長よりも長い。
その花びらに頭を突っ込むと、中から管が男の口に差し込まれる。そこから送り出された種子をズルリと呑み込む男。
男の空っぽの眼窩に緑の光が爛々と宿り、全身に葉脈状の模様が浮き出てきた。
〝精霊憑き〟と呼ばれる存在となった男は柱に空いた根塊の隙間にスッと消えた。




