絶海の死闘①
台座の金具が冷えきって、手に違和感を伝え続ける。
キンキンに張り詰めた機械弓は時折〝ピシピシ〟と弾けそうな音を立てて内在する力をアピールして来る。
「まてよ、まてよ」
男は弓に語りかけるように呟いた。
この機械弓には照準というものが無い。
唯々つがえた鮫歯銛の切先と柄尻を合わせて獲物に向けるだけの乱暴な作りである。
だが、赤児の頃からハンドルを握らされ、一人で漁に出てからは数十年、その間、的を一回も外した事は無い。銛打ちの腕は仲間内から生ける伝説とまで称されている。
嵐の飛沫を受けて雫を垂らしながら、テラテラと鈍く光を反射している鮫歯銛。その射線上、うねり来るシーサーペントは海の上に見えるだけで4体いた。
波間から暗褐色のヒレが見え隠れする。
頭の側面に三本づつ、計六本ある呼吸器から潮が盛大に曇天の海上に吹き上がる。
迫り来るシーサーペント達は、お互いの邪魔にならない程度の距離をとっているが、密集している。
ふだん単独行動をとるシーサーペントが集団になったせいだろう、時折バシッと互いの体を当てているのは、単に距離が近いせいではなく、わざと相手にぶつかりに行っている様だ。
群れているからと言って、狼等の様な連携プレイで獲物を取るまでは至らず、逆に足を引っ張り合うのが攻撃性の高い若いシーサーペントの習性である。
ぶつかり合う度に噛みつき合い、小さな諍いを繰り広げて騒がしい。
荒れ狂う海にも負けず劣らず大きな音を立てており、これでは碌に海の生き物を狩ることはできまい。
実際、シーサーペント達は飢えていた。
新しい狩場に移動して来たものの、深海部の様に豊富な餌場も無く、連携も取れない拙い群れでは上手く狩りも出来ない。
それでなくとも巨大な体は大量のエサを必要とするが、力と感知能力にものを言わせて単純に群がって襲うのみで、知能のカケラも感じられない。
この群れも飢えて死ぬ個体が出始めて、その死体を奪い合い、強者だけが生き延びている。その数は最初の半分まで減っていた。
少ない獲物を求めて彷徨う群れの、目の前の海中では仲間の死体が、大量の血を撒き散らしている。
現れた四体のシーサーペントは、ウインドシールドに守られた男の舟を意識しつつも、沈みつつある食糧に先を争って向かって行った。
男はジッと待っている。
時折仲間の血肉を取り合う褐色の蛇腹が、ウネウネと海面でもつれ合い、無防備に浮かんでくる時もあったが、それをグッと堪えてチャンスを待った。
シーサーペント4匹に銛は2本、一匹に一本使っていたら2匹分足りない。少ない銛を有効に使って、共食いを誘発しながら仕留めねばならない。
よく観察していると、4匹の中でも大小の個体差が有る事に気付く、その中で、一匹だけが一際大きく、茶褐色の体に黒の縞模様が入っていた。
男はその縞模様が現れるのを待っていた。
しばらくジッとしていると、大きな肉片を咥えたシーサーペントが水面に浮上して来た。呼吸器からブシューッと潮を吹くと、ガツガツゴリゴリと肉や骨を嚥下しようと噛み砕く。
そこに、真下から巨大なシーサーペントが体当たりをぶちかましてきた、縞模様だ!
男は焦る気持ちを無理矢理抑え付けて、機械弓を縞模様に向ける。ウインドシールドが視界を塞ぐが、男が意識を向けて弱めて行った。
冷たい風雨が叩き付けるにも関わらず、汗が背中を伝う。少し息を吸って長く吐き出し、呼吸と共に気持ちを落ち着けた。
体当たりを食らったシーサーペントは肉を吐き出し、縞模様に対して鎌首をもたげると、カーッと牙を剥いた。
男から見ると、ちょうど縞模様を手前に二匹が重なって見える。
今だ!
男が引き金を引くと、張り詰め続けていた機械弓が〝バンッ!〟と鮫歯銛を射出する。
唸りを上げて飛んだ鮫歯銛は、縞模様の柔らかい蛇腹を抉り、その勢いのまま少し起動を変えてもう一匹の口中に飛び込んだ。
縞模様の腹は鮫歯銛に削り取られ、半分ズタボロになり、もう一匹は頭部まで貫通して即死している。
男は油断なく、即座に機械弓を巻き上げる。ガリガリと早巻きに巻き上げながら、足で最後の銛を引き寄せていた。
縞模様は抉れた腹から血を撒き散らし、狂ったようにうねり、暴れながら、銛を放ったサバニ舟に向かってくる。
その時、真下から現れた新手のシーサーペントが縞模様の傷口に噛み付いた。
その新手に体を絡めながら、縞模様も相手の頭部に噛みつき返す。
お互いに噛み付きあったまま、ギチギチと絡みつきあった両者は、泳ぐ事もままならず塊となって沈んで行った。
少しホッとして緩んだ瞬間だった。
ドンッ!と男の舟が揺れる、もう一体のシーサーペントか?
男が海を覗き込んだ時、残り一体の五体満足な個体が跳ね上がると、舟体に噛み付いてきた。
よろめいて後じさる男は、何とか機械弓に取り付くと、最後の銛を乗せ、狙いも定めず発射した。
シーサーペントの上顎をぶち抜きながら吹っ飛んでいく銛。
衝撃で舟体から剥がれるも、なお身を乗り出し食らいつくシーサーペントに仕留め剣を切っ先に突進する男。
「うおおおおっっ!」
男の絶叫が嵐の海に吹き付けて消えた。




