サバニ漁師と裸海女
サバニ自体が舟という意味があるようですが、語感が好きなので、あえてのサバニ舟。
「ちきしょう、嫌な気配がしてきやがったぜ」
男は一人言を呟きながら、こじんまりとした帆を操った。シュロシュロと耳元でささやく声、海風に乗って、嵐が迫ると風精が教えてくる。
四方は何も無い海原。風を孕んだ真っ白な四角帆は満帆でいい具合だが、空は一転掻き曇り、見る見る内に暗くなって行く。
海がシケてきて、暗色の荒波が船体を容赦無く叩き、大きく揺さぶられた。
魔獣クラーケンの軟骨で出来た半透明の鎧の下は、赤ふんどし一丁。
冬も真近なこの季節、端からみると変態としか映らないが、これが男の仕事着だ。
先祖伝来の赤ふんは〝根性〟の魔力が込められており、ギュッと締めれば肝も座る、海の男の装備だった。
ゲン担ぎで何百年も洗っていない股間部分は超絶臭を発しており、気付けにも役立つ。
真っ黒に日焼けした肌、引き締まった体はツヤを放つが、それよりも目立つのは特徴的なエラ。
男の首には真っ赤なエラが三本線となって走っている。これは魚人族の証、見た目人間族寄りの、ヒユマ族と呼ばれる魚人族だった。
彼らは最南端の漁村に住む、魚人族のなかでも少数民族に分けられる一族である。
安全地帯の内海や湖に住む大多数の魚人族とは違い、深海族との境界線に近い、危険な外海を生活圏としていた。
その危険な外海に単身小舟一艘で漕ぎ出し、10日以上掛けて漁をする。男は集落一の武装サバニ漁師である。
六本もの返しの付いた巨大な銛を放つ、組み立て式のクレインクイン・クロスボウを中央に設えた自慢の舟は一人乗りのサバニ舟。
ヒユマ族の中で、精霊木と言われ珍重されているコセイの浮き木を加工した、長さ15m位の船体に、蛇腹式マストと櫂が一本。これで遠く離れた外海にも漁にでるから馬鹿に出来ない。
その男は父親譲りの仕留め剣を腰に指している。刃渡り60cmを越す肉厚の刃は海魔獣の牙を削り出して作った槍の様な刺突武器だった。
海溝を隔てて遠洋は全て深海族の縄張りであり、昔から諍いの絶えない端境の海域では漁師とて武装するのが当たり前である。
ましてや10年前の、浅瀬への侵攻戦失敗により弱体化した深海族は、その支配域を縮小しており、無秩序状態となった海はモンスターの徘徊する危険な領域と化している。
集落近辺の海の治安を守る事も、武装した男達の重要な仕事だった。今回も仲間が多数被害にあっている海域を巡回パトロール中である。
10名の仲間達と巡回に出たが、広大な海の事、固まっていては狭い範囲しか巡回出来ないからと、各個バラバラに手分けして回ることにした。
一見無秩序な徘徊モンスター達の動きにも、モンスターなりの法則や都合がある。
最近、集落の近海付近にも出現しているのはシーサーペントの群れ。
奴らはその巨体を維持するために、常に漁場を移しているが、深海族の縛りをはなれた為、その数は過去に無い程増え続け、縄張りを追いやられる様に若い個体がヒユマ族の漁場まで荒らすようになって来た。
男の妻も近海で漁をする海女である。
素っ裸にフンドシ一丁、鉛の付いた命綱一本、フンドシに手挟んだ骨ベラのみの丸腰で潜る裸海女。
貝類や海老をとる腕はピカ一で、100mの深海域まで潜り、タモ一杯の獲物を取る海女の達人である。
その命綱を握るのは、実の弟。漁場への操舟と、姉の合図で命綱を巻き取る為だけに舟に乗っている彼は、まだ14歳の若者だった。
とてもではないが、危険な海のモンスターから姉を守れる手段などない。
彼らの漁村はサバニ舟と、海女達の漁で生計を立てていた。
そして現在、安定した収入が見込めるのは、海女のほうである。
サバニ舟は一発当たれば大漁が望めたが、モンスターに荒らされた漁場では、坊主で帰ってくることもしばしばだった。
それ故に今回のパトロールは、いわば彼ら海に生きる一族の生き死にを掛けた使命といえる。
そこに来ての嵐だった。
「この調子じゃ皆も引き上げるしかしゃーあんめぃ」
男が独り言をブツブツ言いながら「さて引き返そう」と言った時である。
遠くの方から、波のウネリとは明らかに違う波打つ物が近づいてくる。
ボコリボコリと山のような巨体をくねらせて海を泳ぐ暗褐色の胴体が波間から見て取れる。
「蛇野郎めっ!」
嵐が近づく最悪のタイミングで現れたシーサーペントに、思わず怒声を発する男。
〝ジャコン! ガリガリガリガリ〟
真っ直ぐこちらに向かってくるモンスターに身震いしつつも、組み立て式クレインクインクロスボウをセットして巻き上げる。
『早く! 早く!』
全身の力を込めて早巻きに巻き上げる機械弓はビシビシと緊く張りつめる。男の腕はパンパンに膨らみ血管が浮き出ていた。
巻き上げたクロスボウに大きな銛をセットし、標的を凝視する男の舟にグングン近づいてきた蛇野郎。
「死ねっ!」
舟から10m程接近してきた所で、張り詰めた弦を放つ。
見事首に命中した銛にはロープが結わえてあった。
攻撃を受けて、即座に銛に巻き付くシーサーペントは若く、まだまだ小さめの個体だった。
それでも巨大なモンスターに引っ張られて木の葉の様に揺れる舟。
舟ごと持って行かれない様に、トドメを刺さんと刺突剣を抜きダッシュする男は、そのままの勢いで思い切りシーサーペントにジャンプした。
ドンッと体重を掛けて後頭部に剣を突き立てる。暴れてローリングしていたシーサーペントもトドメを刺されて死亡した。
ホッとした次の瞬間ーー高波が男を呑み込んでいった。
突然のサバニ漁師編スタートです、唐突でスンマセン。
話は繋がっていく予定です。




