約束
イザが目覚めたのは、ジョンワ村のコーラルのテントだった。
『やっと起きた?』
スイが念話で問うてくる。昏倒した後、戦士の一人に抱えられ、下山して来たらしい。
あの後、皆無事に村まで帰り着き、まる一晩明けていた。
その間、イザは村に着いた事も知らずに寝続けている事になる。
辺りを見回すと誰も居ない。しょうがなく起き出すと大きく伸びをした後、体に異常が無いか確かめる。
体のあちこちがゴリゴリと痛むが、特にこれと言った怪我も無い様だ。魔力も僅かばかり足りないが、ほぼ回復していた。
自らの体調が把握できると、外が騒がしい事に気がつく。取り敢えずやる事も無いから外に出てみると、太陽が燦々と照りつける空は快晴だった。
真っ暗なテントから出て、目が慣れるまでしばらく時間がかかる。その間にイザに気づいた人物が近づいて来ていた。
突然目の前が暗くなる、巨大な影がイザをすっぽりと覆った。イザがうす目を開くと、目の前にはラヴィが立っており、マジマジとイザを見つめている。
そのラヴィはおもむろに地面に膝を突くと、
「世話になった!感謝する」
と言うや頭を垂れた。
どうやらすっかり呪いは解けたようで、若干弱ってはいるものの、その動きには本来持っていたであろう力強さが感じられた。
「良かった、治ったんですね」
ラヴィが治るまで面倒を見ようと決めていたイザはホッと胸を降ろす。ここでだめだったらどうしようかと、内心ヒヤヒヤしていたから、安堵感もひとしおだった。
「約束通り呪いは解いたぞ!」
ラヴィの後ろからコーラルが声を掛けてくる、自身の乗る籠を村の戦士に肩掛けに持たせていた。隣にはドゥーが付き従い、こちらを見て笑みを浮かべている。
「ど偉い呪いに罹ったもんじゃ、黒神の最上級の呪いを解くのは本当に命懸けだったぞ!で、約束の品はどこかの?」
意地悪い顔で手を差し出すコーラル。
当然、紅花が取れなかったのは承知の上での発言だ。
横でドゥーも縮こまって頭を垂れた。
「すいません。思わぬ敵にあって引き返してしまい、ヤームの紅花は採取できませんでした」
イザはコーラルに頭を下げる、
「今から引き返して採取して来ます」
と言うイザを制して、
「いや、いい。また村の者だけで取って来るから何とかなるわ、それより約束破ったついでに頼みがあるんじゃ」
破顔一笑言い放つ、
「ドゥーを旅のお供に連れて行け」
今回の件で己の未熟さを痛感したドゥー。村に居続けたらこれ以上の進歩がないらしく、コーラルも一通りの事を教えてしまい、あとは自身の精進しかない状況との事。要は修行の旅に出る時期らしい。
「お前さんなら信用できるとさ」
コーラルが言うと、ドゥーはモジモジと恥ずかしそうに俯いた。
「連れて行くってどこまでですか?」
とのイザの問いに、
「はて、一年か二年か、時が来れば自然と終わりがわかるもんじゃ」
場所を聞いたのに期間? そして、年単位というスパンの長さに絶句する、迂闊なことは言えないと黙っていると、
「なに、心配するな。金やら何やらは自分で何とかする、ただ一緒に旅をして、こいつが一回り成長出来ればそれで良し、ダメならそれまでじゃ!」
コーラルの言葉に悩むイザも揺れる。
『どう思う?』
決めかねてスイに相談すると、
『いいんじゃない?』
と、軽く言われた。
『静かだし、能力高いし、私この子好きよ』
イザも確かにそう思う。呪いなんて訳の分からない力にも対処出来る仲間は得難いし、戦士達の力には正直助けられた。
「村の戦士達も一緒ですか?」
イザの問いに、
「護衛に一人だけ付けるつもりじゃ」
コーラルが答える、話はこれで決まった。
「了承しました。こんな僕で良かったら、これからよろしくお願いします」
と言ってドゥーと握手をする、小さな手は緊張のせいか、汗でジンワリと湿り、気持ち震えていた。
だが、その目はしっかりとイザを見つめ、キラキラと輝いている。
その様子を見て、ウンウンと頷きながら微笑むコーラル。その時横手から、
「私も一緒にいいか?」
身を乗り出してラヴィが提案する。
「え?」
と固まる一堂に、
「わ、私も世話になりっぱなしは嫌だからな、恩を返すまで同行したい」
ラヴィは一気に宣言する。
そして、
「これは決定だから、嫌だと言っても勝手に着いて行くぞ」
そう言うと踵を返して何処かへ消えてしまった。取り残されるイザ達がポカーンと呆気に取られていると、
「カッカッカッお前ら連れじゃ無かったんかいな、ならお前さんは相当なお人好しじゃな!カッカッカッあ〜おもろ!」
コーラルが豪快に笑うと、パン、パンと手をうち、
「宴の準備じゃ! 旅立の宴を用意せい!」
大音声で周囲に宣言すると、時期外れの宴に村中の男女が浮かれ出し、静かな朝が騒ぎに包まれた。
ラヴィは真っ赤になりながら一人はや足で村はずれを歩く、何かを考える時、彼女は無意識に剣を振る。それが人に当たらない様に足が勝手にここに向かっていた。
〝ブンッ!〟
ラヴィの大剣べフィーモスが無造作に振られる。
刃渡り1.5m、持ち手も含めると2mを越す分厚い両手剣が、まるで軽い木剣の様に容易く空を斬る。
諸刃ながら、均等なつくりでは無い、地龍の剣爪らしく若干の反り、そして、緩やかな歪みを持つ剣身は内包する魔力のせいか、ほの白い燐光を纏っていた。
ラヴィは若干の反りを鎌の様に前反りに持ち
ブブブンッと連振りを繰り出す。
無呼吸下の急激な運動に顔はより真っ赤に染まり、周囲は白い残像に包まれる。
思い切り踏み込んでの袈裟斬りを決めると、ようやく息を吸い込み、荒々しい呼吸を繰り返した。
『これで良いのか?』
勢いで申し出たイザ達への同行、それは唯の恩義からくるものではない。彼女は集落の意思の元、旅にでた特使なのだ。
〝新しい王を探す〟
彼女達、獅子族の子孫は女しか生まれない、王は代々外から連れて来ていた。
連れ込む者〝引き役〟は最も力のある若い王族から選ばれる、それがラヴィの役割。
期限は二年、その間に次代の王候補を連れて来なければならない。
『王の候補としてイザに着いて行くのか?』
今はまだわからない、だが自分には時間がない、そして他に当ても無い。
女王様から戴いた、予言めいた言葉にも気になる事があった。
動かねばならない、動くことで何かが変わるはずだ。
『兎に角、今は彼に着いて行こう』
ラヴィの中で方針が決まると、無意識の内に素振りが始まった。
村祭りはとっくに終わっている。豊穣を祝う行事が終わり、冬に向かって貯蔵する時期。
そこに来ての突然の宴、村中から酒と珍味が集められた。
主賓たるイザ達の前にも様々な食糧が並ぶ。
甘い根菜を擦って発酵させたプセと呼ばれる酒は、ほの甘く酸っぱかった。
そのプセを皆ガブガブと旨そうに飲んで陽気に騒いでいる。
そんな中、イザは目の前のご馳走を食べまくっていた。
大陸豚のロースト、尾武闘蜂の蜜巣、堅陸貝の蒸し焼き、そして夜叉神のローストなんて物もあった。
そして、大好物の果物! 馬鹿でかい汁梨や、飴のように糖度の高い赤柿に混じって、大好物のカジュの実もあった。
それを両手に持って頬張るイザ。惚けたようなだらしない顔でユックリたっぷり果物を堪能する。
宴の夜はまだまだ続く、飲みきれない程の酒と、食べきれないほどのご馳走が並んでいる。だが、果物だけは全て食べ尽くされ、後には満足気に腹をさするイザが横たわっていた。




