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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
第二章 タガル大陸へ
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ジョンワの夜叉神

 ジョンワ村の西にある、ヤーム山中腹から地平線を眺めると、遠くには苦労させられた黒子峡谷が、大地についた傷跡のようにクッキリと影を落としている。


 登ってきた朝日を見ながら、


『思わぬ遠出をしているな〜』


 と感慨に耽るイザ。ここ数日の目まぐるしい出来事が嘘の様に感じる。あそこには巨大な紫閻王が生息しているのだ、と思うとブルッと身が震えた。


 グイグイと袖を引かれ振り向くと、ドゥーが山頂を指差しながら早く行こうと急かしてくる。

 この少年は、活発そうな見た目に反して寡黙である。どころか、喋った所を見たことがない。村の人ともハンドシグナルで意思疎通をしていた。


 大きな籠を背負い、槍や盾などで武装した大人が四人、ドゥーの指示で先導する。どうやら助手とはいえ、この村での呪術師の立場は相当高いらしい。


 彼らは今、夜明け前からヤーム山を登り続けていた。まだまだ先は長いがドゥーは休む気配もない。


「命がけの仕事をしてもらう」


 と言ったコーラルがイザに与えた仕事とは、山頂付近に咲く〝ヤームの紅花〟と呼ばれる薬花の採取であった。


 ヤーム山頂付近に咲く花は今が最盛期であり、この時期を逃すとまた一年待たねばならない。


 ある種の霊薬の主体となるヤームの紅花を、コーラルとしては助手を使って取りに行かせようと考えていた。


 だが、今年は厄介な〝紅トカゲ〟という魔獣が爆発的に繁殖し、大人の戦士が集団で護衛しても危険な状態になっていた。


 そこにやって来たのがイザであった。これ幸いと、ドゥーを護衛する仕事を押し付けた。


 ラヴィの治癒は本当に命懸けである、が、数千年の歴史を持つ、ジョンワの呪法を操る天才呪術師コーラルにかかれば、造作のない事でもあった。

 それよりもドゥーとイザ、そして木精の種を一緒に山に向かわせる事に意味がある。


『奴ら今頃せっせと山登りしとるじゃろうの』


 クックックッと陰気な笑を零しながら、亀鼠の甲羅を砕いてラヴィの解呪の準備をすすめるコーラル。

 ラヴィは顔に薄布を被せられて、気味悪く思いながらも、大人しく祭壇に横たわっていた。





 ヤーム山は活火山である。その活動周期は極めてゆっくりで、過去に噴火したのは500年以上前だった。

 だが、噴火しなくとも、山の内部はマグマ溜まりの上昇など、静かな変化を繰り返している。


 今年は百年に一度のマグマ溜まりが最高点に達する時で、それに合わせて山頂の紅花も咲き乱れ、紅トカゲも大繁殖した。


 紅トカゲは気性が荒く、縄張り意識が高い。普段はヤーム山頂に数匹、山全体でも数十匹程度生息しており、バランスも保たれているが、今年は大繁殖により行き場を無くした紅トカゲ同士が、縄張り争いで命懸けの闘争を繰り広げていた。


 縄張り内の同族達を殺し、喰らう。それを爆発的に増えたトカゲ達は延々と繰り返していく。


 ジョンワに伝わる伝承の中には、紅トカゲは夜叉の化身として登場する。その中でも、暴神として恐れられているのが、大トカゲに化けた夜叉神であった。


 その夜叉神は実在した。正体は数え切れない位に同族を喰らいまくってその魔力を吸収した、大紅トカゲである。


 全長8mにも及ぶ巨体に似合わず俊敏な夜叉神は縄張り外の紅トカゲも積極的に襲い、食らう。

 今も3mもある紅トカゲを捕食して、その核たる魔石を吸収した夜叉神が、更なる獲物を探して岩場に張り付いていた。


 紅トカゲの特徴は、強靭な爪による登攀能力と、毒の牙をもつ強力な顎、そして何より皮膚にある。


 虫で言うところの触角にあたる、感覚器官として働く強靭な皮膚は、温度や湿度、匂いや音など、様々な事を高度に感じ取る。


 彼らの魔石は皮膚裏に有り、その魔力のほとんどは皮膚に注がれる。それ故に、高度な知覚能力を保持しながらも、並の剣では傷一つ付けることが出来ないほどの強度を誇っていた。


 その紅トカゲの皮を簡単に噛みちぎる夜叉神の顎力も驚異的だが、倍以上に厚い皮膚は更なる驚異である。


 今も数百m下での争いを感じ取り、ノソリと向きを変えて更なる感知を図った。鋭敏な皮膚は魔力を消耗する事により、更なる高みに至り、争いの全様を把握する。


 次の瞬間、夜叉神は跳ねるように山を駆け下りた、まるで勝手に争う者達に〝俺も混ぜろ!〟と乱入する様に。





 イザは今回の同行に疑問を感じていた、それ程にジョンワの戦士達は連携が取れていたからである。

 戦士達の槍や盾には呪言が刻み込まれており、ドゥーの呪術によって様々な力を発揮する。その他にも、相手の力を低下させる、ドゥーの呪術支援を軸として、四人の戦士達は手際良く、障害となる紅トカゲを屠って行く。


 驚いた事にドゥーは喋れた。呪術を使う際には時々言葉を発していたのである。


 同行者に詳しく聞くと、力のコントロールが今一で、普段の会話にも呪力が出てしまうので、コーラルから会話を制限されているらしかった。


 イザは索敵に力を発揮する以外で、出る幕はない。

 ドライアドの加護による隠密行動もイザ個人にしか効かないし、ドゥーの呪術支援もあらかじめ訓練を積んだ戦士達の様には効果を発揮しないので、後方で怪我の治療や周囲の警戒に当たるだけだった。


 それ故に、異変を感じ取るのも早かった。


 100m程先で争う様な気配を感じ、ドゥー達に警告する。かなり大きな物同士がぶつかり合っているようだ。一行は気配を殺して高場の草陰から下を覗き込んだ。


 見ると、大きめの紅トカゲが少し小さな紅トカゲ二匹に襲い掛かっている所だった。


 小さな方はつがいなのだろう、地味な体色のメスが守る巣には、大きな卵が5〜6個程入っている。


「グアーッ! グアーッ!」


 二匹は甲高い威嚇音を出しながら爪を立て、噛み付いて激しく抵抗した。しかし、同種の魔獣にとって、体の大きさは覆せない差を生む。

 多少の傷を物ともせずに強引に攻め立てる大きなオスに対して、次第に劣勢に立たされるつがい。


「ギャアアアッ!」


 遂に小さい方のオスが噛み殺される、満身創痍で血まみれの大きなオスは、そのままグチャグチャと咬み続けると、皮膚の下にある魔石を飲み込んだ。


 小さなメスはその隙にガサガサッと卵を置き去りにして逃げていった。


『薄情だな〜』


 とイザが驚くと、


『そん位じゃないと女は生き残れないのよ』


 とスイ。


 そうこうしている間にも、ジョンワの戦士の一人が動き出す。

 紅トカゲの卵はとても栄養価が高く、貴重な食糧となる。

 弱った大きな紅トカゲは、皮膚から粘液を出して全身を包むと、丸くなって傷の回復に専念し出した、今がチャンスと思っての単独行動だった。


 他の皆は止めようとしたが、紅トカゲがいる以上、大きな声を出すわけにもいかない。


 そんな時だった。


 〝ドンッ!!〟


 巨大な紅トカゲが吹っ飛んで来たかと思うと、ジョンワの戦士を下敷きに着地する。

 地震が起きた様な振動が地面を揺らし、イザ達はタタラを踏んだ。


 〝あっ〟という間もない出来事に呆然とするイザ達を他所に、側にいた丸くなる紅トカゲを一口で咬み殺す夜叉神、魔石を一飲みすると、イザ達に向き直った。


 山の様な巨体を真っ赤に染めたそれは、まごうこと無きヤームの悪鬼〝夜叉神〟


 急展開に唖然とする一堂、生き残りを掛けた過酷なサバイバルが、今、始まった。

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