魔水
Gここまで
始めてアサルトローチを狩ったその日は、結局それ以上の狩を続けられなかった。他の群生地に行っても、日中に安全圏まで退避する自信が無かったからである。
ソウジャと別れた地点より、さらに安全圏まで退避したイザは、灌木の地面を少し掘ると根っ子を剥き出しにした。
『スイ頼むよ』
頼むが早いか、イザの腹が緑に光る。スイの草魔法の前兆、魔法のウェイヴが灌木の根っ子に降り注ぐ。
〝ビチミチミチッ〟
しなやかな根っ子がうねりながら伸びると、掘った窪みを覆う様にドーム型に編み込まれて天蓋を形どる。
〝灌木シェルター〟
草原地帯でイザが野営する時の定番の寝ぐらである。傍目には唯の根っ子に見えるが中々の強度を誇り、雨の日以外はこの形態を好んだ。
たまに乾燥地帯に生える鉄木と呼ばれる特に硬い木で作る場合もあった。鉄板で覆われたのと同程度の強度を誇る鉄木シェルターは、下手な建物よりもよっぽど安全である。
また、鉄木などを見つけた場合は、草水の盾を作る為の依り代として、草魔法で種に退化させて持ち歩いている。
今では、鉄木の種×3、シニニ草(麻痺効果)の種×3、海綿草の種×5、粘蔓の種×2を採取して、いつでも使えるようにズボンのポケットに入れていた。
シェルターに入ると、焚き火などはせずに干し肉とドライフルーツを少し齧って、日課の肉水を飲んでから眠りにつく。草原地帯で焚き火は目立つし、何かを炊いた時の匂いで、獣や夜盗などを引き寄せるリスクを減らす為にただジッと夜を過ごす。
肉水を飲むと、胃の中からポカポカと温もる感じで、少し位の寒さは平気になるから不思議だ。
草原地帯を知り尽くしたソウジャならばこその野営と、素人のイザではスタイルが違って当然だし、警戒してしすぎる事はない。
また、夜を二つに別けて、先にイザが寝て、後にスイが寝る様にしている。と言っても、スイは日中もちょくちょく寝ているので、主にイザの睡眠時間のほうが長かった。
朝日と共にスイを起こすと、灌木シェルターから這い出したイザは大きなあくびをしつつ、背伸びをした。
グリグリと首を回して、身体のコリもほぐしていくと、だんだん解れて温まってくる。
今日からは一人で狩なければならない。
狩を成功させるコツは段取りだと思っている。特に魔獣を相手取る場合は、常に生命の危機に晒されるので、一つのミスも許されない。
仲間と確認し合えない現状、狩の手順、準備は自分一人で行わなければならない。
だが、今回の狩は準備不足が否めなかった。ソウジャには明かせない、進化した肉水の能力を使った罠猟を仕掛けるつもりだからである。
普通の肉水での狩を繰り返して魔石を集める事も出来るだろうが、狩の時間が長引けばその分だけ危険が増す。
イザは時間のリスクと新しい能力の不確実性を天秤にかけて、新しい能力を試す方に賭ける事にした。元々今回の狩は腕試しのつもりという考えもある。
イメージトレーニングを繰り返して、不備な点がないか、何度も確認しながら肉水だけの簡単な朝食を済ませると、早足で黒子峡谷に向かった。
だんだん身体が温まってきた頃、少し控えめの走りに切り替えだす。
タッタッタッ
軽快な靴音が草原に響く、モタモタしていると狩の時間が取れなくて、また引き返す事になるだろう。
黙々と走り続けて日も高くなり出した頃、昨日と同じ谷に着いた。
息を整え、水分補給すると、良さ気な岩に身を潜めて獲物を待つ。
暫く待つと偵察ローチが触覚をヒコヒコ震わせながら現れた。日向に出ると パッ と飛びたつ。
〝ブブーン〟
と大きな音を立てながら周囲の見回りに出たローチが地面に降り立つ前に、イザは肉水を作り出す為に魔法に集中する。
今回の肉水は特別製で、消費魔力が一段違うが、その分効果は劇的に進化している。
進化版肉水〝魔水〟はイザの念と魔力を込める事で摂取した獣を操る事が出来る。
肉水に備わったフェロモン効果の、獣を引きつける魅惑作用を進化させて、精神魔法に近い効果を生み出す事で、単純な命令を強制する事が出来るようになった。
劇的な効果は多大な魔力を消費する、また、魔力の高い者には効き辛く、生み出すのに時間がかかる等の欠点はあるが、使いこなせたら凄い武器になると思えた。
ローチが飛び去る前に魔水が完成した。ピンクの肉水に対して真っ赤な魔水がパイプの中に生成される。
狙いを付けたイザは300m以上離れたローチの真下を目掛けて射出する。真っ赤な砲弾と化した魔水は狙い通りに地面に着弾すると、はじけた。
釣られて飛行中のローチが急角度で旋回すると、着地するやダッシュで魔水に向かい、地面ごとカリカリと食べ出した。
暫くすると食べるのを辞めたローチは、ほうけた様にゆっくりと草原地帯に向けて歩き出す。イザが込めた命令が効いてきたという事か。
〝巣から離れる〟 偵察ローチなら巣から離れる事も抵抗無く受け入れるだろうとの読みは当たった。
魔水の能力は絶対ではない。それどころか、条件を満たさないと非常に貧弱な効果しか発揮しなくなる。
まだ検証不足の部分はあるが、獣が考えていた、或いは行っていた事に沿った内容の単純な命令に対しては、かなり高確率で魔水の命令を受け入れる様になる事は確実だろう。
『上手くいった』喜び勇んだイザはローチに向かって走り寄る。カサカサと生気を無くして歩くローチの頭に飛び乗ると、クシャッと翅が潰れるが、お構い無しだ。
頭にしっかり跨りそのまま口に鉄パイプを突っ込むと、次の魔水の準備をした。
獣と違って、魔力を内包した魔獣にはいつ迄魔水の支配が持つか分からない。
このローチに乗って出来るだけ谷から離れなければならないイザは〝全速力で谷から離れる〟命令を上書きした。
途端にグンッとスピードを上げるローチはそのままイザを乗せている事も感じさせない程軽々と草原地帯を爆走した。
耐え切れず触覚を手綱代わりに握りしめるイザ、慣れない魔水の連続使用で魔力が3割程消費され軽い眩暈を覚えつつも、上手くいった喜びで心は軽かった。
『危ない!』
スイの警告に咄嗟に魔感知を展開するイザは、上空から異様な魔力を感じ仰ぎ見た。
と、同時に
〝ズガーンッ!〟
巨大な鳥がローチ目掛けて突っ込んで来た。
続いてもう一羽がローチの胴体に轟音を上げて突っ込んで来る。
突然の突撃に辺り一面に飛び散る偵察ローチの肉片。
〝突撃鳥〟の群れが、そのまま周囲に飛来して、獲物をついばみ始めた。
物凄い勢いで地面に衝突した突撃鳥もケロリとした様子で獲物をついばむ。
渡り鳥である突撃鳥は、10羽1組で大陸を渡る体長3m、翼長6mを超える空の魔獣。その最大の特徴は強靭な肉体による単純な突撃である。
ローチを食べ終わった突撃鳥達は、側に転がる木の球をつつき出した。
一匹がしつこく突き続けると、球の側面に小さな穴が空き、鉄パイプが突き出される。
〝シュバッ!〟と狙い澄ました刃水がしつこい突撃鳥の首を切断した。瞬時に他の突撃鳥が飛び立つ。
もちろん木の球はイザ達の鉄木の盾である。
突撃鳥が突っ込んで来た時、イザはろくに反応できなかったが、スイはイザの魔力も引き出して、素早く鉄木の盾を展開した。
イザの手首にはギョランの助言で、鉄木の種が一つ、緊急用に巻いてあった。
即座にイザを包んだ鉄木の盾の側を突撃鳥が襲来し弾き飛ばされたが、もし直撃していたらどうなったかは分からない。打ち身で済んだのは奇跡的幸運だろう。
上空を9羽の突撃鳥が舞う中、魔感知を展開するイザ、スイは更に鉄木の根を地面にも伸ばして大きくして行く。
2vs9、命を掛けたサバイバルが始まった。




