ドライアドの遺産
がむしゃらに飛行するマグニヒカは、ある導きを得て山間地に着陸した。ゆっくりと降ろされた籠から抜け出た皆は、地面に転がり、嘔吐しながらも、無事を祝って笑い合う。
その様子を横目に、
「それで、ここに何が有るの?」
疲労困憊のミストが、次々と起こる未来視で見通せない出来事に、半ば諦めながらイザに向き合う。
その横には、ドゥーが居て、同様に疑問の瞳を向けていた。
「これは、僕じゃなくて、スイ、僕の中に居る木精の子の考えなんです。後からある場所へ向かいますが、大多数のメンバーにはここに居てもらいますから、先ずは野営の準備をしましょうか」
それからは、余力の有るゴールド・サージのメンバーを中心に、ハンター式の野営準備が始まった。魔力を使い果たしたイザやミスト、その他魔法使いの面々は、手伝いを免除されて、魔力回復のために早々と休息を取る。
そして寄せ集めた食糧で、ささやかながら無事を祝い合う晩餐を取った後、見張りを残して皆が寝静まるのを待って、イザたち数名がマグニヒカの元に集まった。
「これは僕のお腹に居る木精、スイの誘いです、だから、メンバーも彼女が勝手に選びました」
そう言って、周囲を見回す。そこにはミストとファング、オルトスとバーモール、その弟子テオと、ドゥー、ワンジルが居た。
「他の方には断りを入れました、何故このメンバーかは、僕にも分かりません。そして何があるかも……とにかく行ってみましょう、お願いします」
そう言うと、マグニヒカの側に歩み寄った。ミストが承認すると、腕を伝って背中に跨る。他のメンバーも同様に跨ると、静かに空中に浮遊した。
事前に教えた通りのルートで飛行する事しばし、黒飛蝗によって丸裸にされた山に降り立った一同は、先導するイザを見守る。
「ここです、これからスイの念話を代弁しますから、よく聞いてやって下さい」
と言うと、スッと目を閉じた。暗闇にカンテラの灯りが弱々しく辺りを照らす中、イザは跪くと、手を地面につける。
「ここは私の母の居た場所。母はこの場所に生えた一本の守りの木の精であるドライアド。黒飛蝗の暴食飛行によって、周囲の森と同じく本体を食べ尽くされ、今は亡くなっているわ」
そう言うと、草盾の服の袖から根を伸ばして、地中に潜らせる。
「母は亡くなる前に、この地に遺産を残した。それは貴方がたの今後に深く関係してくる〝もの〟」
そう言うと、地中深く伸ばした根が、地下根茎と触発しあい、周囲の土を押しのけていく。時間をかけて剥き出しになった土の下からは、淡く光る巨大な根塊が姿を現した。
「母はこれを守り、持てる魔力を全て注ぎ込んで消滅した。分かる? 貴方がた光神信徒の言う〝勇者〟の素体。母の役割は勇者の体をより強化する事、木精の、大地の力を結束させてね」
言いながら、口に出したイザも驚く。他のメンバーも驚愕に目を見開いた。
根塊の中心から、半透明の粘膜が現れると、その中には、根塊と同化された人型が、心臓を動かしながら眠っている。その光景に、絶句したミストが口を抑えて跪いた。
「これは私達木精が選び出した素体、元は古代文明の創り出した、魂魄を持たぬ魔導人形。それを起動させて、誘い、力を与えて、匿った。全てを担当したのが私の母」
そう言って皮膜を撫でると、その魔力に呼応する様に人型が胎動した。イザはその言葉に、初めて鉄パイプを発見した遺跡を想起する。そうか、あの時開いていた穴は、スイの言う素体が脱出する時にできたものだったのか。
「それは、貴方がたの秘密なのでは? 巫女たる私にも知り得ぬ秘奥を、何故この場で皆に明かすのですか?」
敬虔な信徒たるミストが、己の及ばぬ存在に対して敬意を表しながらも、素直な感想を述べる。
「そう、これは私達木精の秘密、光の神などという卑小な存在に頼るお前達には、遠く及ばぬ存在からの遺産。だけど、これからは違う」
神を冒涜する言葉に、鳥肌を立てるミストが反論しようとした時、
「私らにも関わるなんて、身に覚えが無いんだけど」
腰に手を当てたバーモールが声を上げた。
「ここまで、そしてこれからも私達の仕事。この素体を守り、育てるまでが木精達の領分。それを運用するのは、あなた達人間の領分よ。まあ、数百年後の話になるけれど」
あっけらかんと告げた。数百年後に完成する勇者の素体、それを人間に委ねると言う。
「それが大いなる一つ、完全なる者の器たる、私達木精のだした答え。マグニヒカには、敵対する者を見張る事をお勧めする」
そう言うと、
『もう良いわ、後は彼らがどうするか、私の預かり知らぬ所。もしもこの素体を傷付けようとしても、母の残した防御膜には手も足も出ないわ、何せ黒飛蝗からも守り切ったんだからね』
と言うと、プッツリと黙り込んだ。他のメンバーが何を聞こうが、全て無視して返さない。通訳するイザも困っていると、
「アッハッハ! 面白えじゃないか! これは凄い宿題だ、なあ、そうだろ? 巫女様よ」
笑いながらオルトスが発した言葉に、ミストは考え込むのを辞めた。
「そうね、これは凄い宿題、数百年後、私達に委ねられるというなら、何が出来るか……見てなさい、卑小と言われた神の力を! すべからく皆を導く偉大なる神にかけて、答えを導きだしてあげるわ」
尊大さを回復させたミストが、やけに饒舌にまくし立てると、聖獣マグニヒカに歩み寄る。
「なるほど、これも木精からの預かり物と言う訳ね、上等じゃない! 有難く使いこなしてやるわよ」
言うや髭を掴んで、体を持ち上げさせた。
いつの間にか白々と明るくなる世界。朝日が艶やかな粘膜に包まれた素体に反射する。草木の生えない剥き出しの地面、そこに佇む人間達の淡く色めく世界を、強烈な太陽が照らし出していった。
「こんばんは、教授」
真っ暗な研究室に篭るサイプレス教授の耳元で、不意に声が上がる。
「おや、これは珍しいお客さんですね〜、ホッホッホッ、今回は色々とお疲れ様でした〜」
魔法装置を操っていたサイプレス教授が顔を上げると、背後を振り返る。そこには真っ黒なスーツに身を包み、シルクハットをかぶったダンジョン・マスターが、真っ黒な瞳を窄めてお辞儀をしていた。
「いえいえ、もっと貴方が邪魔してくると思っていたんですがねぇ、お陰様で魂も満ちて良い仕事が出来ましたよ」
顔を上げたダンジョン・マスターは、ステッキを地面につけると、手を組んで教授を見据える。
「滅相もない、ちゃんと茶々は入れさせて頂きましたよ、貴方の作品に花を添える、素敵なプレゼントを仕込ませて頂きました」
と言うと、側に有るカップを持ち上げて、ダンジョン・マスターにかざす。
「ほう、それはそれは、怖い事をおっしゃる。で、どんなサプライズをご用意いただけたのですか?」
軽い口調ながらも、いつもおどけた雰囲気を崩さない彼には珍しく、目が真剣だった。
「それは秘密ですよ〜、ヒント、素敵な金のネックレスと、美味しい水。これでお察し下さい」
と言うと、カップの中身を飲み干した。苦味のあるお茶を嚥下すると、
「ところで、ここは古代文明〝知の王〟特製の強力な結界に守られている筈ですが、どうやって入ってきたんですか?」
目を窄めて問い質す。にこやかな面相に反して、その眼光は鋭くダンジョン・マスターを貫いていた。
「まあ、それにつきましては、こちらも秘密という事で。謎めく悪魔の方がお好みでしょう? お気を悪くしたなら謝ります、何、今日はただお喋りに来ただけですので、おもてなしなど結構。これで失礼させていただきますよ」
シルクハットを取ったダンジョン・マスターが深々とお辞儀をすると、その姿が幻影の様に掻き消える。
その後を、鋭い目付きのまま睨み続けたサイプレス教授は、肩の力を抜くと椅子に座りこんだ。
次話で最終回です。




