エスケープ・フロム・LAビリンス
真っ白に発光するミストが、衝撃に長い金髪を逆立てながら瞑想すると、腹を貫かれたマグニヒカの全身も呼応するかの様に白く輝いた。
その中心から黄緑の蛍光色が滲むような混じり出すと、長大な龍の輪郭を明滅しながら浮かび上がらせる。その光が粒子となって、全身から発散される頃には、マグニヒカを貫く黒の塊は、跡形も無く消滅していた。
下方へと伝播する光は、噴出した紫の靄が盾となって遮り、黒の塊本体への影響は阻まれる。
「光よ!」
瞑想したままのミストが呟くと、全身を覆う癒しの光によって、マグニヒカの傷口が瞬く間に塞がっていく。発光し続けるマグニヒカは、身を捩って下を向き喉を開くと、周囲に漂う光の粒子を胸一杯にすいこんでから、閃光のブレスを放射した。
一層輝度を増したブレスにマグニヒカの顔から下が消滅したかの様に見える。地面を貫く光の柱は、迷宮都市を揺らし、一瞬の後、熱風を巻き起こした。
爆音とともに吹き飛ぶ街並み、長く吐き出されたブレスに熱せられて、グツグツと煮えたぎる石畳。迎撃しようと伸びた槍状の尖塔をブレスが貫き、そのまま巨大な黒の塊を直撃して吹き飛ばした。
「あそこ!」
いまだに発光するミストが指差す方には、黒の塊の燃えかすから這いずり出る紫閻王の姿があった。よたつくそれは、周囲の残り少ない黒ローチ達に体を支えられながら、マグニヒカから逃れようと闇魔法陣を展開している。
足元の地面に浮かぶ闇の魔法陣が完成して、潜り込もうとした時、後ろから木の根状のものが素早く近づき、その全身を拘束する。
木精だったマグニヒカの名残り、尻尾の吸魔根が紫閻王を縛り上げ、甲殻の隙間から体内に硬根を捻じり込み、その魔力を吸い上げていく。
鳴き声を上げて暴れるが、部下達は既に絞め殺され、助ける者は居ない。
魔力に満ちた紫閻王は吸引と共に見る見る干からびていくと、その周囲には、最前吸い込んだ魂が零れ落ちて拡散した。
「残らず吸い上げて! 急いで!」
珍しく焦るミスト、その視線は険しく地上を見据えていたが、次の瞬間、大きく目を見開くと、マグニヒカの髭を思い切り引っ張り、
「上に! 早く!」
声の限りに叫んだ。
素早く対応したマグニヒカが首を上げて上昇する。尻尾の先に縛った紫閻王を少し持ち上げたその時ーー音もなく飛び込んできた影が尻尾を切り裂き、地面に紫閻王を転がした。
その影は上空に逃れるマグニヒカを無視して、地面を蹴って踵を返すと、紫閻王の頭部に手刀を突き込んで、魔石をズルリと引き出す。
パッと見、長身の女性に見える、だが何かがおかしな存在……まるで生命の息吹を感じられず、見る者に違和感を抱かせる。
理由は、生き物なら誰でも行っている呼吸をしていないから。〝それ〟は迷宮城の最上階で、迷宮都市から湧き上がる魔力を浴び続けていた魔法人形の姿だった。
シュビエ領主を襲った時よりも全体的に大きくなり、ツルンと目しかなかった顔面には、綺麗な女性の顔が浮かび上がり、目をつぶっている。魔力を蓄え続けた体は仄かに魔光を放射していた。
時折痙攣する様に関節を回しながらも、右手に握った紫閻王の巨大な魔石を眼前に持ち上げると、真っ赤に光る目を見開いた。
そのままぎこちない動きで振り向くと、いまだ息絶えない紫閻王の前に魔石をかざす。
紫閻王は目の前に突き出された己の魔石に、顎をパクパクさせて必死に死霊魔法を行使しようとする。が、その体から紫の靄が放出されたと同時に、魔法人形の手に握られた魔石が〝ピシリ〟と音を立てて潰された。そのまま握りしめた魔法人形は、紫閻王が溜め込んだ膨大な魂の放出する魔石を、紫閻王ごと貫いて迷宮都市の地面へとめり込ませる。
その地点を中心に、迷宮都市の地面が揺れ、轟音を上げながら、街全体を覆う熔岩土が崩落した。地面に巨大な穴が出現すると、魔法人形は頭から落下して、闇に消える。
「早く! 精霊の木まで全速で飛びなさい!」
何故か未来視にズレが生じている。違和感こそ感知できたが、こんな展開は予想だにしていなかった。自分とリーバ神との関係に影響を及ぼす程の存在に焦るミストは、最早紫閻王の回収どころではなくなった。
ミストの指示で半ば逃走するかのように飛行するマグニヒカは、激しく明滅し出した天井の魔法陣を避ける様に身を捩ると、唯一明るく周囲を照らす精霊の木に向かった。
「ハァ、ハァ……ファングさん、ここに居れば良いんですか?」
全力ダッシュに肩で息をするイザが振り向くと、精霊の木の根元に立つファングは、天を見上げて一心に何かを待っている。
後ろからはようやく追いついてきた、ゴールドサージのおじさんメンバー達が、喘ぎながら騒がしくやって来た。
「ゼヒューッ、ゼフィーッ、なんだよいきなり、なんだってんだっ」
地面に寝転んだバラシがわめく。そのはるか後方には、全力疾走する巨大な肉塊、リーダーのズミーレが、悲鳴を上げながら懸命に足を動かしている。
「ファングさん曰く、巫女のお告げでここに待機しろとの事です」
バラシを介抱しながらイザが説明する。それ以上の事は何も知らされていないから、言いようが無かったが、イザ自身も疑問に思って再度ファングを見ると、その目線を追って空を見上げる。
その時、上空から衝突音が轟くと、街全体を照らす強烈な閃光が発生した。思わず目を閉じたイザは、瞼の裏にまで眩しく照らされて、顔を背ける。
後からやって来た轟音と、通りを蹂躙する爆風を避けるために、精霊の木に張り付くと、
「皆固まって! 精霊の木を伸ばしてあの門から脱出します!」
何かの通信を受けたファングが一番太い根っこの上に立ちながら、一つの門を指差した。
明滅する上空の魔法陣に照らされて、見辛い視界の先には、オルトス達の居た簡易治癒院のある南門が霞んでみえる。
「ちょうど良い、あそこには逃げ込んだ住民や負傷兵が沢山立て籠っている。魔法印で通信するから、彼らも連れてってくれや!」
オルトスが通信印を切ると、待機していた一番弟子のカエナと繋がる。詳しい説明など無くても、そこは信頼し合う師弟関係。委細承知した彼女は、避難している人間を屋上に集めると約束して通信を切った。
「来ます!」
ファングの声に上空を見ると、燦然と輝くマグニヒカの姿が見える。全速力でこちらに飛んでいるのだろう、あっという間に大きくなった聖獣の光に照射されるイザ達。足元の精霊の木からも、燐光が立ち昇り、光に囲まれた彼らの頭上にマグニヒカが迫ると、流れ込む様に精霊の木に突っ込んで行った。
〝ドゥルンッ!〟
巨大な質量が滑らかに入る振動と共に、スッポリと精霊の木に入るマグニヒカ。と同時に足元の根っこが震え、膨張した。精霊の木全体が黄緑色に発光すると、物凄い勢いで門に向けて根を伸ばす。
必死でしがみ付くイザは、落ちそうなメンバーをスイの粘蔦でまとめ上げると、目を開けているのも辛い程のスピードで突き進みーー迷宮都市の外壁に迫った。
『衝突する!』
思わず両手で頭をかばい、全身の草盾の服を鉄木や海綿草でプロテクトする中、木の根先端から突き出したマグニヒカの頭部が輝くと、閃光のブレスが放射された。
黄緑色の光の奔流に、さすがの障壁も溶けて吹き飛ぶ。木の根がそこに突っ込むと、その中が空洞になってトンネルを形成した。
「早く行きなさい! 閉じ込められるわよ!」
ミストが声を上げると、一番に巨大なトンネルを通過して行く。我に返ったイザ達も、間近に開けられた根の空洞からトンネルに入り込むと、全速力で走った。
今を逃せば脱出できなくなるかもしれない。その一心で、全員が懸命に走り抜ける。焦る心に反して、疲労の溜まった足はいう事をきかないが、全員が喘ぎながらもなんとか進むと、トンネルは突然途切れ、街門の外に出た。
呆気ない程の脱出。散々苦しめられた迷宮都市を抜け出したイザ達の目の前には、スラム街を取り巻く真っ黒な溶岩壁がそそり立っていた。




