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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
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桃色吐息とバックハグ

「お〜い! ファングの旦那よ! あれ今の内になんとかならないかね?」


 見上げる空には、一面を埋め尽くすばかりの黒ローチの群れ。光精の魔具たるツボ押し器で肩のコリをほぐしながら、オルトスが場に似合わぬのんびりとした口調で呟いた。

 その背後では、厳しい目付きで上空を見据えるファングが、聖銀の短剣に魔力をためながら、


「やれるだけやってみましょう」


 あまりの数に対応できるか、判断のつかぬままに答える。既に魔力飽和による放魔状態となった短剣は、内包する力に熱を帯びて、眩しい位に白く輝いていた。


 その白光する切っ先を、おもむろに天に突き上げたファングは、空中を撫でる様にゆっくりと腕を振り下ろす。ゆっくり吐き出される呼気に魔力が篭り、周囲を凪ぎ払うと、剣先から伸びた銀光が、上空を覆い尽くす魔法陣に届き、そのままゆっくりと空を切り裂いていく。

 まるで赤黒く淀む空間を断ち切る様に、銀光の線から放たれる膨大な魔力が空間を歪める。その線上の黒ローチはおろか、周囲を飛ぶものも吸い込まれては、銀光に触れた体が消滅していった。


 おびただしい数の黒ローチ達が、銀光に掻き消される中で、吸引の影響を逃れたもの達が一斉に散っていく。

 それはまるで砂に覆われた地面に、強風が吹き付けたかの様に、空間そのものが動いている様な錯覚に陥る風景だった。


「さすが大陸一の護剣士! やるもんだね〜!」


 空間ごと敵を葬る様な大魔法を放っても、まだまだ余裕を感じさせるファングに、見物を決め込んでいたオルトスが感嘆の声をあげる。その横では、光魔法による治癒を受けたズーパンチやドゥープス、アイクが異様な光景に言葉を失っていた。


「おい、お前らもボーッと見てる暇があったら周囲を警戒しろ。俺たちは俺たちでやる事が有るぞ。なにせこんな数の敵だ、頼りになるファングが居ても、余裕が有るとは思えねえからな」


 オルトスの言葉に、ハッとしたドゥープスは鞭を振るって、アイクと共に高台へと移動した。悔しいが、黒ローチの隠遁は自分達の感知能力を超えている。そうなれば、直接視力に頼った警戒を行うしかない。そう考えて一際高い商家の屋根に登ると、街のど真ん中に鎮座する、巨大な木製の玉を発見した。




 ズーパンチはオルトスの側で、またもや金光塔を受け取ると、何事かの指示を受けて姿を消した。


 その周囲では次々と銀光に消滅させられながらも、ジワジワと迫り来る黒ローチの群れが、包囲の輪を縮めて来る。


 生き残った黒ローチは、逃げ場の無い空から、身を潜められる地上に降り立っていた。

 そんな羽音がうるさく反響する街中に、一足先に地面に降り立ったダーク・ローチは、傷付いた体を引きずりながら隅に移動する。

 光魔法の影響で、回復しない傷口からは、緑の体液が流出し続けている。そこへちょうど通りかかった黒ローチの群れを、紫の靄でスッポリと覆うと、瞬く間に頭部を噛み切り、傷口に同化させた。


 傷口のあった左側面、脚のあった位置に、黒ローチの胴体三匹分を合成させたダーク・ローチ。脚の代わりにガシャガシャと動かしてその出来映えに満足すると、自身の影に潜り込んだ。

 その燃える様な真っ赤な目で、銀光の根元に立ち尽くす男の姿をしっかりと捉えながら。




 地上に降り立った黒ローチ達は、各個バラバラに散ると、迷宮都市の残骸に身を隠しながら、素早く駆け抜けた。ファングにはその足音が耳にうるさく響くが、何故かその位置を認識する事が出来ない。鍛え抜かれた感知能力〝聖なる波動〟も何故か狂わされてしまい、相手の位置を特定できなかった。


『これは不味いな』


 敵の数すら分からない状態に嫌な予感が走る。そして実際に間近に迫った黒ローチの奇襲を受けると、ひっきりなしに襲いかかる圧倒的な数の暴力に、光>闇という属性的優位はひっくり返された。


 手数が圧倒的に足りない。空間を埋め尽くす様に群がる黒ローチに、いくらダメージを与えても、その死骸ごと後続が押し込んでくる。

 たまらず張った銀光のシールドを覆い尽くす黒ローチ。透けて見える敷き詰めた様な腹側を見て、この後の手を思い付かずに、右手に握った聖銀の短剣を見つめた。

 こうなれば、全ての魔力を燃焼させるつもりで、シールドを一気に拡大させて弾き飛ばし、さらに残り少ない魔力で仕留めるしかないか……半ば覚悟を決めたところで、


『今から行きます、もう少しそのまま耐えて下さい』


 男の声が聞こえてきた。この念話は、船で知り合ったイザの声だ。


『何か手はあるのか?』


 と念じたファングに、


黒ローチこいつらに効くエサがあります。それで一旦気を引きますから、包囲が解けたら、とどめをお願いします』


 と返事が返ると、念話が切れた。




 ファングから離れること数百メートル、念話を仲介してくれたバーモールがイザの額から手を離す。傍らでは知らせに駆け付けてくれたドゥープス達が、心配そうに覗き込んでいた。


「で、どうするんだい?」


 バーモールが少し楽しそうにイザを覗き込んだ。その吐息から漏れ出るピンクのフェロモンに、一瞬動悸を感じながら、高揚した顔で、


「僕を抱えて飛べますか? あの黒ローチ達を惹きつけるには、大量の肉水を間近にばら撒かなきゃいけません」


 思案して頷くバーモールが手を招きをする。すでにマグニヒカの分身体は崩壊してしまった。それに以前の様に精霊の木の根塊を操って高みに登ろうとしても、それらは何故かいうことを聞かない。


『魔力の供給も止められたし、あの女、何かしたわね』


 スイは自分が育てた精霊の木を奪われた悔しさに、張本人であろうミストをこき下ろした。

 確かに彼女が何かしたのだろう。何せ支配下の聖獣マグニヒカから譲り受けた種に、ミストのくれた聖水をふりかけて育った木だ。


『巫女の言いつけを守るのも当然だな』


 イザの思考中、背中から回された黒い腕に、胸を抱きかかえられる。慌てて後ろを見ると、先ほど師匠に手招きされていた、魔角の翼を広げたテオだった。彼女は耳元で、


「師匠に頑張れって言われた、バーモール様よりも私の方が飛ぶ力はあるんだって。ただし初心者だから、不安定なのは先に謝るわ。さあ、行くわよ!」


 どこか弾んだ様に囁く。その甘い香りに、上がりがちだった心拍数が更に走る。押し付けられた胸は、以前よりもかなり実っているらしく、薄い草盾の服越しに、かなりのボリュームを感じた。


『こんな時に何考えてるの、変態! サッサと肉水の用意を始めて! 今回は全部自前の魔力を使うんだからね!』


 スイが叱責すると、その言葉とは裏腹に、粘蔦でテオとイザをきっちりと括り付けた。

 確かにそうだ。以前多数の黒ローチを集めた際は、精霊の木から無尽蔵とも言える魔力供給があった。だが、今は分身体を操作した後の疲弊した魔力で、同等の仕事をこなさなくてはならない。


 魔力を回復させるポーションを草盾の服から取り出すと、一気に飲み干して気合を入れる。それを合図と受けたのか、テオは次の瞬間、フッとしゃがんだと思いきや、一気に地を蹴り、飛んだ!


 漆黒の翼が魔法陣の赤い光を反射して、ゾクリとする様な美しさを見せる。その下で妖艶に微笑むテオは、飛翔する楽しさを覚えたのか、最高速で空に舞い上がった。


 慣れないイザは、その衝撃で逆流したポーションを少し吐き、目が回りそうになりながらも、しっかりと目を見開き、上下の感覚を取り戻そうと地上を探す。

 握り締めた鉄パイプからは、水精達の力が軽い振動となって伝わってくる。その奥から、青の大精霊の思念が伝わり、胸に温かい感情がジンワリと広がった。


『やれる!』


 真っ赤に染まる地面に蠢く黒ローチ達を見下ろしたイザは、魔力をこめた鉄パイプを真下に向けた。

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