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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
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黒滴の狂女

 その水精は、長い時間小さな井戸に住みつき、枯れた地の住人に、少しばかりの水の恩恵を与えるだけの存在だった。


 確たる意識も持てない程の、小さく、淡い魔力の集まりでしかない水精。それでも長年人々と接し、その念を吸収し続ける内に自我が目覚めて、一つの水精霊としての格を得る様になる。


 そんな折、恐ろしい存在に見出されてしまった。〝それ〟は洞穴の様な真っ黒な目をゆがませ、ニヤリと笑うと、


「貴女が美味しい水をくれた水精さんですね」


 良く通る声で甘い息を吐く。

 〝それ〟は手を伸ばすと、水精を井戸から掴み出した。


 手のひらに包み込まれた水精は、今までに経験した事の無い事態に慌てる。水そのものである己は変幻自在、それまで本体に触れられる者は皆無だった。

 なのに〝それ〟は何でも無い様に水精を掴むと、胸元から取り出した小さな球に詰め込んでしまう。


 非力な水精にとって、その球に込められた魔力は強大過ぎて、身動きがとれなかった。

 出口のない小さな球の中に、己の魔力を窮屈に詰め込まれる。


 ポケットに戻された球の中で、最初は何とか脱出しようともがき、暴れたが、びくともしないまま、月日だけが流れていった。


 時々、球がポケットの外に出される。そんな時は決まって、黒い小さな塊を振りかけられた。不思議と球の表面を透過して混ざり込む、その何かによって更に肥大した魔力は、球の中で圧迫され、どんどん窮屈になっていく。


 気の狂いそうな閉塞感の中で、黒い塊が負の感情を焚きつけ、絶望感を育てる。もう出られないのではないか? 消滅する事すら許されず、このまま小さく暗い球の中で永遠に生き続けるのではないか? その様な思いに支配されていった。



 〝解き放たれる時は近い〟



 ある時から、そんな言葉が繰り返し頭に響き始めた。その甘言に誘導される様に、水精の思考は解放への渇望に集約されて行く。


 〝解き放たれたければ、私と契りを交わして下さい〟


 次に頭に響いたのはそんな言葉だった。直感的に邪悪な思念を感じ取り、契約は駄目だと認識しても、分かち難く混ざり合った黒い塊が、


 〝契約して楽になろう〟


 と半身たる水精をそそのかす。それからは余り時間は掛らなかった。たった一言、


「契約します」


 と念じるだけで済むのだからーー




 ーーそうして迷宮都市に堕ちた雫はーー地面に弾けると、内包する魔力を爆発させた。






 去り際に悪魔の落とした真っ黒な水滴は、大きく低空に波紋を広げると、次の瞬間、急激に収縮した。それが落下地点まで集まると、一粒の真っ黒な水球がトプンと跳ね上がる。



「近づくな!」


 唸り声を上げるアイクが、ジリジリとにじり寄るのを、治癒院院長のオルトスが制する。見ると、その体はいつの間にか金色の衣に包まれていた。

 その眩しさに目をすぼめながら、


「旦那、これが何かお分かりですかい?」


 アイクを制する魔犬使いのドゥープスが尋ねる。その目の前では、黒水球が内側から押し上げられる様に、グネグネと形を変えながら膨張していく。


「いや、分からんが、邪悪な思念を感じる。こいつは間違いなく悪魔の力を内包しているぞ」


 そう言いながら、油断なく水球を観察する。何かのキッカケで爆発しそうな、膨大な魔力が水球の内側で暴れていた。


 横目で護剣士ファングを見るが、何を考えているのか、剣を鞘にしまい瞑目している。だが、その魔力の高まりから、何かの準備をしている事は明白だった。


「行きますかい?」


 いつの間にか、オルトスの後ろに近寄ったズーパンチに頷き返し、手の平大の六つの金光塔を渡す。

 少しの移動時間に、万が一の場合の対処法を伝授されていたズーパンチは、水球を中心に正六角形を描く様に、魔具たる金光塔を配置していった。


 その三つ目を置いた時、警戒心から起毛させていた刺突剣が、魔力の高まりを感知する。思わず飛び退いたズーパンチの横で、黒水球が一気に人型になると、両手を水刃に変えて襲いかかって来た。


 咄嗟に刺突剣を合わせて軌道を反らせるが、余りの水圧に吹き飛ばされてしまう。ズーパンチを襲った黒い水刃は、迷宮都市の地面を切り裂いて、真っ黒な飛沫が煙幕の様に広がった。


 それを切り裂く金線、オリジナルスペル〝金衣〟を纏ったオルトスは、高速で人型に飛びつくと、勢いそのままに渾身の一撃を見舞う。


 更に止まることなく拳の連撃を放つが、本来水であるその人型は、何事もなかった様に飛び散った体を再生させると、胸元から黒刃を放ってオルトスを斬り伏せた。


 激しく叩きつける水圧を、地面に倒される前に横にずれて耐えたオルトスは、そのまま後ろに弾かれてしまう。更に追い打ちで放たれた黒刃を地面を蹴って避けるが、バランスを崩した所に、飛び上がった本体が勢いを付けてのしかかってきた。


 ズーパンチは刻々と位置を変える人型に、金光塔の置き場所を合わせるのに手間取っていた。だが、目の前でオルトスが、黒水の人型に飲み込まれるのを見て、咄嗟に腰のポーチから、聖水の瓶を取り出すと、蓋を取って投げつける。


 空中で広がった聖水が、黒水の人型に降り注ぐと、ジュッ! という音と共に、煙を上げて少し蒸発する。だが表面を焼いたのみで、本体はびくともしなかった。


『オルトスは悪魔と言っていたが、聖水に耐性があるな』


 ズーパンチはあたりをつけると、刺突剣〝触角〟を突き込んだ。激しく動く人型に刃先がかすると、に埋め込まれた触角毛が敏感にその正体を感知する。


『狂った水精!』


 そう思った瞬間、鋭く伸びた黒刃に貫かれた。


 オルトスは人型に飲み込まれつつ、冷静に状況を観察していた。全身を覆う金衣には手が出せないらしく、飲み込まれながらも余裕がある。

 そして試験的に光精の魔力を流してみると、ゴボリと音を立てて、金衣の表面についた黒水が蒸発した。だが、悪魔に対するほどのダメージは期待できない。

 更に外からかけられた聖水の効果を見て、この人型の正体を確信した。


 〝血の狂女〟


 召喚術師の命を引き換えに顕現する、狂える水精。しかし伝え聞くそれとは少し様子が違う。命の代償として現れるそれは、名前の通り鮮血の赤だった。しかしこの個体は墨の様に真っ黒である。内包する邪悪な気は悪魔そのもの、何らかの干渉を受けた狂女か?

  とあたりをつけたところで、目の前でズーパンチが黒刃に貫かれた。


 幸い肩口を突かれただけで済んだ様だが、ゆっくり思案している暇は無い。

 恐るべき殺戮者として有名な血の狂女には、唯一の弱点があった。


『確か体の中心部にある筈……』


 オルトスがその位置を探っていると、ちょうど背中の中心部に、魔力の塊を感知する。

 脱力し、一切の気配を断っていたオルトスは、次の瞬間後ろ手にその塊を掴んだ。

 手の中で暴れる魔力の核。更に周囲を包む黒い水が乱れると、激流となってオルトスを圧迫した。


 オルトスはここぞとばかりに金衣の魔力を上げると、数倍に膨れ上がった握力で核を握る。その時〝ピシリ〟と硬質な音が響くと、手の中で核にヒビが入った。


 手の中で砕けた核を見下ろす。体を覆っていた黒い水は力を失い、本来の性質となって、地面にぶち撒けられた。


 手のひらでは破片が更に崩れ、砂のように零れ落ちる。


「大丈夫ですか!?」


 立ち尽くすオルトスに、ドゥープスとアイクが走り寄る中、人知れず砂の中心部から、真っ黒な粘液が滴り落ちた。




 〝解放される!〟




 封じの球が割れて、自由を得た雫が堕ちた時、悲痛な叫びに似た強力な思念が、迷宮都市を駆け抜けた。

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