轟流
「そこの角に逃げたぞ!」
セレミーとレイクの斥候コンビを先頭に、慎重に、かつ先を急ぐズミーレ一行は、迷宮城に閉じ込められたジュールス達との交信中に、樹道の隙間に潜む黒ローチの残党と出くわした。
最初の一匹がセレミーに飛びかかってくるのを、俊敏に察知した盲犬レイクが衝撃波で弾き飛ばす。
壁に打ち付けられた黒ローチにトドメを刺そうとした槍戦士に、後ろに控えていたもう一匹の黒ローチが襲いかかると、戦士の腕を食いちぎって、二匹とも逃げ去った。
隠遁に長けた闇魔法に守られた黒ローチ達の探索は手間取り、二匹とも肉水の罠で仕留めるまで、かなりの時間を消費させられてしまった。
傷ついた戦士を癒してから行軍を再開すると、もう少しで迷宮城という所まで来た時に、ジュールスに連絡を付けようとしたズミーレが、彼との応答が出来ない異変に気付く。
隊を止めて、次元魔法使いのアートを交えて、通信用魔具を調整するが、こちら側の魔具にはなんら支障は見られない。相手側の魔具の不調かも知れないと、再び行軍を始めようとした所で、
『イザ、聞こえますか?』
樹道全体から発せられたかの様に、頭に響く声が聞こえた。驚いたイザが周囲を見回すと、皆は平然としている、まるで何も聞こえなかった様だ。
『念話ね、しかも嫌な声。船で会った巫女の声だよ』
スイの言葉で、去り際に聖水を渡して来た巫女を思い出す。
『ミストさん、聞こえますよ』
イザの念に、
『貴方達の向かう先には、もう生存者は居ません、速やかに引き返しなさい』
いきなり驚く事を言うミストに、
『僕たちは少し前まで、中に居るドルケス様の部下のジュールスさんと通信していました。それなのに何故そんな事がわかるのですか?』
不躾ながら、語気強くたずねる。
『私達も今迷宮の中に居ます。そして城の中を予知しました。これは私達巫女にそのような能力があるとしか言えませんが。城にはもう助けるべき人がいないのです』
ミストは淡々と説明する。念話には発する者の思念が現れるが、死を告げるには、余りにも冷淡なミストの念に、イザの背筋に悪寒が走った。だが同時にその〝予知〟なるものが正確無比な働きをしているであろう、という確信をもたらす。
『話に割って入ってすまないね、それは本当かい? あと、私らの目的は迷宮核なんだけど、それでも行くべきで無いと言うのかい?』
驚いたイザが横を見ると、いつの間にか並び立っていたバーモールがウインクをしてきた。精神魔法の魔人と化した彼女の前では、念話交信など筒抜けなのだろう。
『迷宮核は諦めて下さい。すでにその段階は過ぎています。リーバ神の巫女の予知を、信じるかどうかはお任せします』
その念話を受けたバーモールは、熟考のためか黙り込んだ。実在神リーバ教会は、巫女の予知の力によって各地に広まったと言っても過言では無い。軽々しく無視できる話ではなかった。
『後からあなた方に縁ある者たちが追っています、急いでその者と共に逃げなさい。持たせた壺の使い方はお腹の木精が分かる筈です』
ミストはそう言うと、交信を切った。こちらから何度呼びかけても一切返事がない。イザは仕方なく、ズミーレ達にことの次第を話した。
ジュールス達が全滅した、という報告を聞いて、ズミーレは驚愕と共にどういう事かとイザに詰め寄る。だが、イザとしても念話の代弁という形でしか伝える事が出来ずに、説明に困った。最終的には念話を横聞きしたバーモールの感想と共に、
「これから頼むって、お前に任せるって言ったじゃないですか!」
と過去の言質を取り出して、ズミーレを説得した。ミストの予知によると、時間が無いらしい。このままボヤボヤしていたら間に合わないかも知れない。何に? と問われれば、イザにも何が起こるかは不明だが……
〝ジュルジルル……ピチャピチャ〟
日の刺さない迷宮城の地下で、蛍の様な怪しい灯りを求めて這いずる……ヌメリと露出させた湿り気を持つ舌毛で、惨状を呈する床を舐めながら、ジリジリと粘着質に……黒岩の様な巨大生物が触覚を神経質に動かし、新たな魂の灯りを求める姿は、見る者がいれば怖気の走る光景だろう。
爆死した赤閻王の死骸に辿り着いた紫閻王は、辺りに漂う魂を吸引するのに忙しかった。
迷宮都市では、思わぬ所で紫煙のパワーを使ってしまった。まだまだその身には、吸い取った魂の力が充満しているが、この迷宮に来てから、紫閻王の魂喰らいとしての食欲は底が知れなくなっている。
迷宮化の影響か、今までの体では吸引しきれない量の魂をも余裕で取り込み、更にそれを魔力に変える事ができる。力を得た未来、その予感に酔いしれる快感を覚えた紫閻王は、仲間であるアサルト・ローチや、赤閻王の魂までも取りこぼさない様に、爆発現場を鼻を効かせて這いずり回った。
だが、取り込めたのはほんの僅かな魂の欠片だけ。通常なら死骸の周辺に澱みとなって漂う魂が、何処かに吸収されたかの様に減少している。
『奴らか!』
紫閻王を退却させた人間共、聖なる光による浄化によって、彷徨える魂が目減りしたに違いないと当たりを付ける。あの忌まわしい光る大木や、根っこによる大量虐殺も同じ奴らの仕業に違いない。
理路整然とはいかないが、虫にしては発達した知能の証明として、積み重なる恨みに腑が煮えたぎる。ふつふつと沸き立つ紫のオーラを纏わせながら、
〝ビイイィィィィッ!〟
怒声一発、信号音を発すると、手下のダーク・ローチやアサルト・ローチ達を身の回りに集合させた。
赤閻王の配下にいたアサルト・ローチ達をまとめた数は万単位にのぼり、狭い地下通路に詰め込むように殺到している。
その中でも、紫閻王に次いで大きなダークローチを目の前に呼び寄せる。頭部に大きな傷跡が目立つその個体は、主の前で多足を縮めて服従の姿勢をとった。その他の個体も一瞬で静まり返り、物音一つ立てない。
目の前で頭を垂れるダーク・ローチに近づいた紫閻王は、おもむろに剥き出しになった首筋に噛み付いた。
「ギイイイィッギチィィィッ!」
反射的に吐き出される鳴き声と共に、零れ落ちる生命力。紫閻王が同胞の魂を吸い上げると、痙攣しながら為す術もなく干からびていくダーク・ローチは眼球から光を失い、しばらくすると痙攣も止んだ。
紫閻王は濃密な魔力をそのまま紫の魔煙に変えて、ダーク・ローチの傷口から吹き込んでいく。更にそれ以上の魔力を練り込んで行くと、ダーク・ローチ自身からも、紫のオーラが漂い出した。
ダーク・ローチから顎を離した紫閻王は、そのまま濃密な紫煙で他のダーク・ローチやアサルト・ローチ達を包んでいく。それが迷宮城中のアサルト・ローチ達を覆い尽くした時、
「ビイイィィィィッ!」
紫閻王の大号令と共に、紫煙のダーク・ローチが飛び出した。他の黒ローチ達もその後に続く。
目指すは迷宮城の地下に迫って来た光る木の根。そこを通って来ると思われる人間共。
紫閻王の恨みに感化された黒ローチ達は、怒りに目を光らせて、黒い雪崩の様に怒涛の勢いとなって迷宮の中を駆け抜けて行った。
先頭のダーク・ローチは、紫閻王と感覚が同期している。そしてローチ同士の感覚共有で、他のローチ達とも繋がっていた。
ローチならではの独特の警戒網として、仲間の生命把握がある。微弱な信号を常に放ち続ける同種が死んだ時に感じる違和感。群れを束ねる紫閻王ともなれば、その位置や数の把握など訳なかった。
〝今、光る木の根に潜ませたアサルト・ローチが二匹殺された〟
その感覚が、紫閻王を通じて、先頭のダーク・ローチに伝わる。と、同時に、黒い塊となった万を越す群れは、轟音と共に地響きを立てて、木の根にできた空洞に雪崩れ込んでいった。




