I'm 降臨g you
迷宮都市の上空、真っ赤な魔法陣に出来た流動的な亀裂から、巨大な眼球がギロリと覗き込む。
その余りに非現実的な光景に、肝を据えたつもりのズクも、ゾクリと鳥肌がたち、生物的な忌避感に足がすくんだ。
〝キュエエエェェェッ!〟
再度耳をつんざく鳴き声が轟くと、音もなく移動したのだろうか? 亀裂から太陽光が射し込み、光の柱を作る。
その荘厳な美しさに見惚れていると、次の瞬間、その光柱の数百倍もの輝きが、極太の熱線となって亀裂を焼き崩した。
そのまま直進してレッサーデーモン達の居る影に照射されると、影全体が断末魔の悲鳴をあげて煙と化す。それに反応した精霊の木も、輝きを増すと、天に突き上げた光が、魔法陣に拡散して行き、周囲に巨大な光のドームを作った。
レッサーデーモンの焼けた悪臭と、猛然たる煙に目と鼻をやられた一同は、むせこみながらも何とか後退しようとズクの指示を待つ。そこに、
〝恐れずとも良い、我は光の巫女ミストなり〟
頭に直接響く声が降り注ぐ。天を見上げれば、精霊の木に向かって、音もなく舞い降りる巨大な龍の姿があった。
長大な発光する身体に、真っ赤な感覚翼を放射状に携え、四枚の多肉硬葉が腹を守る様にバツ印を作る黄緑龍。聖獣マグニヒカの降臨である。
精霊の木に伸びる長大な枝と、植物の根の様な形をした龍の尻尾が絡まり合うと、上体をそっと地面に下ろしてくる。その背中には、一組の男女がまたがっていた。
地面につくや、男性が少女をエスコートして地面に降り立つ。そしてこちらに来るかと思いきや、少女は地面に手をついて、呪文の様な呟きを始めた。後ろに立つ立派な体格の男も、こちらには目もくれず、その周りに小さな壺を配置していく。
「おい! お前ら何なん……」
詰め寄ろうとしたズキの肩を掴んで、ズクが首をふる。
「ありゃあ光精神の護剣士だ。てことはあの女は司祭長クラス、さっき巫女って言ってただろう? 触らぬ神に祟りなしってな」
眉を顰めて兄弟を諌める。上に居る龍の威圧感といい、この巫女が得体の知れない力を持っている事は間違いない。
この状況では悪魔よりも信頼に足るであろう、この少女達の邪魔をするのは得策とは思えなかった。
値踏みするズク達の見守る前で、巫女ミストは地面に額を付けて、一心に祈りを捧げた。すると、地面に円形に配された小壺の内、闇精を封じた月齢石の欠片が突然弾ける。咄嗟に間に入った護剣士ファングが、体を盾にミストを守ると、その様子を気にする風でもないミストは、
「なんという……」
地面を凝視して絶句した。
「ご無事ですか?」
気を配るファングを他所に、スッと立ち上がったミストは、聖獣マグニヒカを仰ぎ見ると、
『魔力の循環を早く済ませなさい、イザ達との同期の準備に入ります』
念話を交わしてから、遠巻きに見守っているズクに向かって歩いた。
「あなた」
ミストは徐にズクを指差すと、
「この木の根の道は迷宮城まで続いています。そこに貴方の義兄達は居ます。合流した時にこれを使いなさい」
と言うと、小さな壺を手渡した。不信気に受け取るズクの横で、
「兄者はぶじか?」
勢い込んでズキがたずねるが、完全にスルーして、
「この木を植えた者と協力しなさい、全ては木を通して伝えておきます」
そう言うと踵を返して、聖獣マグニヒカに向かって歩き出す。その後ろを庇う様に護剣士ファングが続いた。
「俺たちは生きて帰れますか?」
ズクの問いかけに足を止めたミストが振り返ると、
「それは……神のみぞ知る、ですね。よろしく頼みますよ」
深く頭を下げると、驚くファングを置き去りに、歩き出した。
呆然と見守る一同に、
「とにかく行くしかあるまい、ズカ兄がいるなら師匠も一緒に違いない」
ズクが宣言すると、荷物を担いで歩き出した。目の前にはゴールドサージの土魔法使いバラシが残した目印。その示す先には、仄かに発光する地下トンネルが口を開けていた。
「しょうがねえな、アンジー! お前さん達には殿を任せるぞ! おい、お前ら! 兄貴を一人で行かせる気か?」
ズキのたきつけで、我に返った一同が慌てて動き出す。頭上でとぐろを巻く巨大な龍をチラチラと見上げながら。
「ファング、私達もボンヤリしている暇はないわ」
ミストは周囲を警戒するファングを近寄らせると、聖銀の鎖に触れてその戒めを取り去る。そしてマグニヒカが手に持つ黄魔石に、祈りを捧げ始めた。
「承知しております、ミスト様には毛先一本たりとも触れさせません」
胸に挿した聖銀の短剣を引き抜くと、ミストに背を向けて聖なる波動を発する。迷宮内は邪な者の気配が色濃く、聖なる波動に触れると消滅していった。
『しかしこの規模は骨が折れるな』
街全体が襲いかかって来る様な錯覚に囚われ、気を引き締めなおしたファングは、波動の感覚に引っかかる者を油断なく警戒する。
背中に背負った物の重さは、同時に彼の生きる証。いや増す魔力が、精霊の木から放射される光のドームと共に、辺り一帯を支配して行った。
シュビエの街門、仮設の治癒院では、院長のオルトスと助手のカエナが、片足を無くしたハードキィの治療にあたっていた。
かなりの失血にも関わらず、適切な応急処置と、短時間での移送のおかげで、命に別状は無く、治療の甲斐もあって健やかな寝息を立てている。
かなりの距離を担いで走ってきたズーパンチは、荒い息を鎮めると、仮設扉の向こうで何者かに一心に祈りを捧げ続けた。
その扉が開くと、
「先生! 師匠は無事でしょうか?」
以前より顔なじみのオルトスを見て、縋り付く様にたずねた。
「ああ、傷の手当はすんだ。後は元々の体力が問題だな。彼女、体のあちこちが痛んでいる様だが……」
「しかた無いんでさぁ先生。師匠は……百歳を超えてますからね。こんな事俺が言ったってバラしちゃだめですぜ、殺されちまうからさ」
年齢に驚くオルトスの後ろから、
「なに人の歳をバラしてるんだい!」
師匠の声が飛んで来た。驚いて駆け込むズーパンチに向けて、包帯だらけの師匠が口角を上げると、
「お前さん何しとるんじゃ! 早いとこ皆の元に戻りな!」
一転して叱り付けられた。
「何って師匠、俺は師匠の護衛ですぜ。師匠の側を離れる訳にはいかねぇです」
師匠の怒りを鎮めようと、肩に手を添えようとして弾かれた。
「バカヤロウ! この状況で護衛もクソもあるかっ! それに周りの敵を感知してみな。皆離れた場所に集中してるみたいじゃて」
言われたズーパンチが触覚剣を抜き、樋を起毛させると、確かに一箇所だけ魔物の気配が濃いが、逆にそれ以外の場所は気配が薄くなっていた。
「それは俺も感じていたぜ。よし、ここはカエナに任せたっ! 悪い奴は元から断つ! 魔犬使いと、回復したアイクも連れて、皆で加勢にいくぞ!」
早く仮設治癒院から離れたいオルトスが、急に活気付くと、早口で提案した。慌てて止めるカエナの言葉を聞かずに、
「そうじゃ! この緊急事態にオルトス程の使い手を余らせておく余裕は無いぞ!」
ハードキィの加勢が飛び出して、一気にその他の意見を握りつぶすと、半刻も経たずに、オルトス、ドゥープス、回復したアイク、ズーパンチという新造パーティーは、魔物の気配漂う、精霊の木に向かって出発した。




