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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
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生存都市ノ夜

 黒ローチの潜む盆地を抜け、ボロボロに傷付いたイザは、レジットに治癒魔法をかけてもらった。ラヴィよりも深手を負っていた彼は、その施術に大幅な時間がかかったが、なんとか外傷を全て回復させてもらうと、毛布を重ねた寝台を出る。

 屈伸を繰り返して、己の肉体に不備が無い事を確認すると、草の盾服を平常時のつなぎに戻した。そして操作権をスイに戻そうと、眠り続ける彼女に思念を向けたが、寝足りないのかこちらからの念話に対して一切の反応が無い。最前の気絶から目覚めぬまま、かなりの時間が経っていた。


 困った事に、スイ自ら捻じり、断裂させた樹道を通る手段を持たない一行は、その場から来た道を引き返すと、樹道の中で野営を組んで休息を取ることに決める。以前の様にいつ黒ローチの襲撃を受けるか分からない。そのため隊を三等分し、両端にドゥーの呪香で結界を張りながら、ローテーションを組んで夜通し警戒に当たらざるを得なかった。


「スイがどの位で回復するかわかるか?」


 隣に来たズミーレの質問に、答えに窮したイザは、


「分かりません」


 と正直に答えるしか無かった。タガル大陸に渡る前の彼女は、回復水の発動によって、溜め込んだ全ての魔力を使い果たて眠り続けた。その時は、一ヶ月以上も目を覚まさなかったが、今回は魔力の供給を受け続け、今現在も満タンに近い魔力をキープしている事は、肌感覚でイザも認識している。

 だから気絶から醒めればすぐにでも行動を起こせそうなものだが、無理矢理叩き起こすとどのような悪影響を与えるか分からないため、必要な休息はとらせた方が良いと判断して、なるべく刺激しない様にしていた。


 その旨をズミーレに告げると同意を得て、取り敢えず明日朝までの猶予をもらう。その後、回復したばかりのイザは見張りの番から外してもらうと、感知魔法を継続させながら浅い眠りについた。






「助けて……」


 聞き覚えのある声が遠くに聞こえる。


「助けてくれ〜!」


 今度は近くから切迫した声が聞こえた。明確に自分に向けて発せられている事が分かる。


「助けてくれ〜!」


「助けて! お兄ちゃ〜ん」


 ハッと気づく、これは父親と妹の声だ。


「助けてくれっ!」


 気付くと複数の黒い靄が人型をとり、イザの両足にしがみついてきた。その声は父、母、兄、妹のもの。黒飛蝗に襲われ、落命したと思われる家族達だった。

 彼らに対して声を掛けようとするが、何故か喉が麻痺して言葉を発せられない。なんとかしようともがくが、頑張れど声は出ず、徐々に呼吸すら苦しくなってくる。



「助けてくれ、なぜお前だけが生きているんだ」


「お兄ちゃん痛いよぅ、苦しいよぅ」


「イザお前は生き延びたんだね……皆死んだのに」


「お前にやったナイフを捨てたな、あれだけが僕の形見だったのに」


 家族の言葉が重みを伴って胸に刺さり、そこに鎖が巻き付いたかのように体を縛る。支え切れずに膝が折れ、悔恨に頭が割れそうなほど苛まれながら、涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにして、ひたすらに、


『ごめんよ、ごめんよ、僕だけ生き延びてごめんよ』


 のしかかってくる家族に、謝罪の念を呪文の様に繰り返しながら、跪き、頭を地面に擦り付けた。

 纏わり付く黒い靄に完全に埋れたイザが、悔恨の渦に飲み込まれて発狂する寸前、


『悪くない!』


 力強い緑の光が彼を取り囲む靄を切り裂いた。そして人型となってイザを包み込むと、


『イザは悪くない! こんな安いドラマに浸る事は私が許さない! 過去の因果がお前を巻き込んでも、私と貴方は一心同体、一つになる運命、私はやれる事がある内は、全力であがらう! そこに湿った罪悪感や無気力な悔恨の入り込む余地などないわ』


 断言すると靄を完全に吹き飛ばした。その決然とした口調には迷いなど一切無い。


『スイ、君は全く罪悪感というものがないんだね、感情をコントロールして見失わず、芯をしっかり持っていて強い。でも……僕は人間だからそんなに割り切れないんだよ』


 体を包む暖かい光のエネルギーに引き締めていた気持ちが緩み、凍結させていた罪悪感、寂寥感がとめどなく溢れ出す。それは一時に家族も故郷も失って麻痺していた心が、徐々に働き始めた証拠でもあった。


『分かってるわよ、お母さんの知識でしか分からないけど、どの時代の人間も私達とは違って、過ぎた事をあれやこれやと悩む生き物みたいね。でもそれじゃあどうするの? その悪感情を引きずって、疲労を蓄積しながら悪魔と戦えるとでも思っている訳?』


 その一言に衝撃を受ける。


『悪魔? 僕たちの仇は悪魔なのか?』


 悪魔という単語にギョランの教えが蘇る。戦場サバイバル術において真っ先に教え込まれたのは〝悪魔とは決して事を構えるな、もし出会ったら逃避しろ!〟だった。あの強大な老戦師ギョランをして、そこまで恐れさせる相手が黒飛蝗と重なるとは、予想外の事である。


『ハッキリとした事は言えないけど、母は食べられた後も少しの間は存在していたから、彼女の考察は私にも蓄積されているわ。黒飛蝗は悪魔か、それに類した存在である可能性が高い事は確かね』


『悪魔……僕の家族を殺したのは悪魔か……』


 イザの中でイメージしていた漠然とした悪魔の姿が、空を覆い尽くすほどの黒飛蝗へと変わって行く。その不気味な存在感は、黒神の呪いという実態を知る彼にとって、身震いするほどの恐怖となって馴染んでいった。


『そう、敵にするには最悪の相手ね、人の悪意に取り込み、弱い心に付け入る。それなのにあなたがそんな弱気じゃ、戦いにならないわ』


『戦い……戦争……悪魔との、黒飛蝗との戦争』


『そう! 戦争よ、やるかやられるか、食うか食われるか。瞬時の躊躇も許されない、これまでとは比べものにならないほどの戦いを生き抜かなくてはならない。だから人の心なんて捨てなさい! すでに家族を失ったあなたに人間の情なんて無意味よ!』


 核心を突かれて胸が痛む。確かに甘い考えでいては到底戦えない相手だろう。しかし……


『それでも! それでも僕は人間だっ! 心を閉ざして感情を捨て去る事なんて出来ない。それに……僕はスイの事を家族だと思ってるよ! むしろ僕の育てた子供の様な……自分の分身だと思って、愛してる!』


 断言と共に飛び起きると、周囲の人間がビックリしてこちらを見ていた。


「いや〜ん、愛してるなんてこっちが恥ずかしくなるわ〜ん、わたしのお尻でよかったらいつでも貸してあ・げ・る!」


 隣にいたバラシが四つん這いになりながら、尻を振ってくる。爆笑する一同に、赤面する中で、


『馬鹿! 本当に馬鹿ねっ!』


 復活したばかりのスイの念話で罵倒された。








「将軍! 扉ももう限界です。壁全体が熱にやられて瓦礫のバリケード共々、もういつ崩れてもおかしくありません」


 室内の石を全て積み上げてもなお、外からの熱気が室内を蒸し風呂の様にしていた。息苦しいのは暑さのせいばかりではなく、実際に空気が薄くなり、危険な状態になっている証拠だろう。

 ドルケス以下、バイユ兵団の眼前には、一面赤熱化した壁と、その向こうには赤閻王率いる数千匹のアサルト・ローチが控えている。気配察知に優れた部下の概算でそれらを知ったドルケスは、袋小路に撤退した事の愚を悟ったが、現況ではこれ以上の手立てが思い付かないのも事実だった。


 そのドルケスは、長年戦場を共にした飛鞭と呼ばれる銀柱の古代武装を変形させ、障害の出た左足のみならず、外骨格の様に全身に纏わせて身体を補強していたが、もはやその魔力も底を突かんとしていた。


「お前達は反対の壁際に退避! 壁が崩れ次第、各個生存適応で協力して迷宮を脱出せよ!」


 雷の様な号令を轟かせると、指先の飛鞭を伸ばして黄魔石の塊を掴む。部下達のドルケスを心配する声を捨て置き、その大小全てを顔前に持ち上げ、


「来い化け物! ドルケス・リア・バトルソード自らの手で葬ってくれるわ!」


 自らを鼓舞する様に一喝すると、それを合図の様に扉を固めた瓦礫が溶解して崩れた。

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