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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
112/128

生存都市の死闘③

 〝視界ゼロ〟


 自分の手すら霞む、紫の霧の中は粘つく様な湿度と腐敗臭で、他の感覚すら麻痺してくる錯覚を起こした。

 咆哮を上げて駆け入ったラヴィは、突然の感覚遮断に狼狽えながらも、右手に持つ大剣べフィーモスを振るう。英霊の力を帯びて輝く長大な剣の柄からは、陽光の様な熱気が伝わり、剣身は霧を大きく切り裂いて視界を作り出した。

 開けた視界の中に不気味な赤色光がチラつくと、咄嗟にべフィーモスを一閃、真っ二つに切り裂く。白色光を発する大剣は、バターの様に黒ローチの急所たる硬い魔石を断ち斬ったが、その切り裂かれた体はすぐに紫の霧を纏うと、粘土細工のように再生していった。


 そうしている間にも、闇魔法で気配を殺した数匹の黒ローチが突如として現れ、腕、首、足に同時に噛み付いて来る。反射的にべフィーモスで二匹の黒ローチを切り飛ばすが、首を庇って差し出した左手と、避け損ねた左足首に噛み付かれてしまった。

 太く長い顎が鋭く剛皮亜竜の防具を貫き、金毛に覆われた獅子族の分厚い皮膚をも破って肉に突き刺さる。絶叫と共にその痛みに耐えながら、左手を振るって足元の黒ローチにぶつけると、地に落とした二匹の頭を叩き斬った。だが、その最中にも三匹の黒ローチが飛びかかり同時に首を狙ってくる。

 たまらずにそれをしゃがみ込んで避けると、頭上で激突した黒ローチ達が絡み付いて落ちてくる。絡み付いたそれを蹴り上げて飛ばすと、更に地面からカサカサと移動してくる音が聞こえた。そちらにべフィーモスの光を向けると、先程切り飛ばした個体であろう黒ローチ達が、頭同士や胴体同士で融合したり、数匹分のパーツをメチャクチャにくっつけて、千切れた翅を震わせ、地面を這いながら近づいて来る。


 生物的な忌避感を覚える異様な光景と、絶望的な再生能力に悪寒が走り、本能的に逆方向に駆け出す。だが、その方向にも多脚を縺れさせながら二つの頭で狂った威嚇音を上げる黒ローチが居て、デタラメに爪を絡めて来た。

 突然足を取られて転倒したラヴィに、のしかかって来た黒ローチは、十本以上の脚爪を顔といわず腕といわずあちこちに引っ掛けながら、醜く合成された二つの頭を引き寄せてくる。その巨大な顎からは紫の濃霧が体液の泡と共にジブジブと湧き出していた。

 嫌悪感から、皮膚が裂けるのも構わずに、全身の筋力を総動員して黒ローチの塊を引き剥がすと、瞬発力で二つの頭部を一刀両断する。真っ二つになりつつも尚も暴れ続ける塊に、止まる事なく白刃を叩き込み続けると、ミンチと化した残骸がデタラメな形に再生しだした。


 いつまでやってもきりが無い。それを捨て置く事にすると、べフィーモスで霧を切り裂きながら、感覚を麻痺させる空間をデタラメに走る。

 その時、不意に右手のべフィーモスが今までに無い程の輝きを増すと、そこに潜む英霊の息吹がラヴィの意識に働き掛ける。濃密な魂の結びつきに、酔う感覚で全神経が満たされると、急速に足元に対する違和感を感じた。

 その導きに自然とべフィーモスを突き込むと、


「ビイイイィィィッ!」


 ラヴィの真下に潜むダーク・ローチを貫いた。そのまま影から浮き立つ様に姿を現すダーク・ローチは、紫の霧を取り込みながら回復しようとするが、その隙を与えずに、突き立ったままのべフィーモスが更なる輝きを増す。微振動を伴う大剣の発光が臨界点に達すると、ダーク・ローチが内側から爆ぜた。


 衝撃に転がり落ちるラヴィは、立ち上がろうとしたが、余りの疲労に立ちくらみを起こして地に手をつく。べフィーモスとの魂の同期は、体内の魔力を全て持って行かれる程の影響を与えていた。なんとか立ち上がり、位置の検討もつかない濃霧を走るが、前後左右の感覚も分からず、一向に切れ目が見えない。苛立ったラヴィが天に向かって大音量の咆哮を発した時、その騒音を聞きつけたのか、遠くの方から、


義姉ねえさん! こっちだよ!」


 聞き覚えの有る義妹いもうとの声が聞こえてくる、


「フェエミー!」


 牙が邪魔しておかしな発語となりながらも、歓喜の声を上げながらスピードを上げたラヴィが先程の声の方に向かうと、いきなり紫の霧が晴れて、呪香の煙が充満する空間に転がり出た。


「ビィィィィッ!」


 咆哮を聞き付け、彼女の後を追ってきた黒ローチ達は、呪香の煙に燻されると苦しそうにのたうち回り、痙攣しながら絶命する。どうやら呪香に燻されたこの空間では再生能力を封印される様で、裏返った黒ローチは元の模様に戻ると動かなくなった。


「この煙は人体にも良くありませんから、なるべく吸わない様にして下さい! このまま燻し続ければいずれ紫の霧を駆逐できる筈です」


 近くでは、口に布を巻いてマスク代わりにしたワンジルが、焚き火に風を送って、呪香を燻しながら大声を張り上げる。確かにこのまま行けば紫の霧を消滅させる事が出来そうな程、煙は意思を持っているかの様に広がり、紫の霧を囲い込むと被さっていく。呪香煙の侵食スピードは目に見えて早く、頼もしかった。


「助かった」


 脱力して通常サイズに戻ったラヴィは、強烈な鬱状態に襲われてセレミーに抱きつく。獣化の後の脱力感はしょっちゅうだが、これほど胸の悪くなる様な戦いは久し振りで、精神的な影響をモロに受けるラヴィのテンションは、これまでに無い程の落ち込みを見せた。それに伴い視界狭窄を起こして、深い頭痛に襲われる。


「良くやったよ姉さん、よく生き延びてくれた!」


 義姉と抱き合い、回した背中をなでるセレミーも、不安から解放されたせいか、感情が同化して涙が滲んでくる。燻し作業を後から来たゴールドサージの隊員に任せた彼女達は、害の有る煙から遠ざかる様にその場を後にした。




「これは凄い事になってるな」


 後ろから追い付いて来たズミーレ達が、狭められた紫の霧から飛び出してくる、デタラメに再生し、合成された黒ローチらしき生物を見て絶句する。死後のそれらは黒いオーラを失い、体内から全ての水分を失って干からびていた。

 足元に転がる頭同士がくっ付いたローチを踏むと、カサリと乾いた音を立てて崩れ落ちる。そこにメイジ・ダガーを刺し込んで、感応刃越しに遺骸を探るが、まるで砂漠に剣を突き立てる様に生命の痕跡が感じられなかった。


「まるで命を搾り取られた残骸みたいだな」


 並び立つスピークに話しかけると、後方から土魔法使いのバラシがやってくる。


「ダメだダメだ! 大将、この溶岩土は何故か土魔法感知が全く効かん。まるで高レベルの魔導体に跳ね除けられる様だ。ドゥーの呪術で親玉を縛っているから、闇の転移はされとらんと思うが、不思議な事にどこにも撤退した痕跡が見つからない!」


 スコップを担いだ彼はお手上げとばかりに肩を竦めた。いまだに部下達は周囲の探索、特に最後に紫閻王を見た辺りを重点的に探索しているが、あの巨体が通れる様な穴は発見出来なかった。





 その僅か数メートル先に、黒ローチ達に掘らせた穴を、彼らの死骸を固め、更に外側を偽装させる事で入り口を埋めた紫閻王が、必死に這い進んでいた。その穴は迷宮城へ飛ぶ為の魔法陣へと通じており、城から街に向かった際に作らせた通路だった。

 普段ほぼ寝転がって過ごす紫閻王にとって、こんなに必死に駆け進む事はありえない。重たい体が溶岩石の粗い壁に擦られて、不快な音を立て続けているのも、苛立ちを更に助長していった。

 時々前後を行く黒ローチ達に助けられながら息を切らせて逃走する紫閻王は、小癪な人間共に残酷な仕返しを味合わせる事を絶対的に誓いながら、今はただ、身の安全のためだけに、真っ暗な通路をひた走って行った。





 全身に怪我を負ったラヴィは後方に控えるレジットに癒しの魔法を掛けてもらっていた。温かな癒しの水にスッポリと包まれたラヴィは、精神的な落ち込みすらも癒されて、安らかな寝息を立て始めている。


「ありがとうレジットさん」


 付き添っていたセレミーが思わずレジットの手を掴むと大きく揺する。大袈裟な感謝に苦笑いのレジットの後方から、


「セレミー、レジットさんが困ってるよ。後、すまないけどこっちも頼めないかな?」


 ズタボロになったイザが体を傾げながら声を掛けてきた。

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