生存都市の死闘②
紫閻王を守る黒ローチ達を巨大な足爪で踏み潰しながら、3mを越す巨体と化したラヴィが前へ前へと駆け抜ける。その目の前には他のローチの倍ほどの個体が立ち塞がった。
〝ダーク・ローチ〟
紫閻王達と同じく、召喚者たる魔法使いを喰らい、その魔力をもってアサルト・ローチから進化した個体であるそれは、全身に闇のオーラを纏い、素早くラヴィの足元に噛み付いてきた。
咄嗟に抜き打った大剣〝ベフィーモス〟が胴体に触れたと思った瞬間、その巨体が地面に吸収されると、跡形もなく消えてしまった。
「また闇魔法か、ここは任せろ! 先に進め」
最初はラヴィを引き留めにかかっていたズミーレも、後方の紫閻王が退却しようと地面に潜り始めたのをみて、ラヴィを先に行かせようと判断する。その頃にはセレミーもラヴィに追い付いて、一緒に駆け出した。
その蹴り足に、ラヴィ自身の影から飛び出したダーク・ローチが噛み付いてくる。その顎に咄嗟に足爪を合わせたラヴィは足をもつれさせて転倒した。だが、後方から駆け付けた盲犬レイクの衝撃波が叩き付けられると、その勢いを助勢に大きく前に跳ぶ。
その後に続くゴールド・サージの前衛メンバーが、探知犬のレイクを先頭に周囲を警戒しながら、陣形を組んで進む。飛び込んで来る黒ローチは、魔曲刀の投擲や、槍の一撃で仕留めて行くが、気配をたった奇襲攻撃に手こずり、更には神出鬼没なダーク・ローチを警戒して、中々先に進む事が出来なかった。
そんな中で突出したセレミーとラヴィは、周囲の黒ローチ達が追い付けない程のスピードで駆け抜けて行くと、紫閻王の前に辿り着く。そこには紫色のオーラを発散させつつ、地面の中に退避しようとする巨大な紫閻王と、護衛するかの様に立ち塞がるダーク・ローチ、そして黒ローチが二十匹程その周りを取り巻いていた。
「ガオォオオォオーーン!」
唾液の飛沫を発してラヴィの咆哮が轟くが、前方のローチ達はピクリとも反応しない。それでも彼女は景気付けとばかりにもう一発咆哮を浴びせながら、手近な黒ローチに斬りつけ、足爪で踏み潰し、その隙をついて顔面を狙って飛んで来たローチに噛み付くと、頭部を噛みちぎった。その時、
「ビイイィィィィッ!」
後方の紫閻王からも咆哮が上がると、その身に纏った紫色のオーラを放射して、黒ローチ達を包み込むと、その口の中に飲み込ませる。
そんな事に構わないラヴィは、その中の一匹を踏み潰すと、右手のベフィーモスを振るって二匹の頭を吹き飛ばす。だがそのネッチリとした感触に、嫌な予感が走った。粘着性の泥を切った様な不快感に周囲を見回すと、その目の前で、踏みつけられ、断ち切られたローチが紫の霧に包まれながら体を復元させていく。それはさながら紫色の泥人形をこね直して元に戻すような、異様な光景だった。
「なんだこれは!」
隣でたじろぐセレミーが信じられない物を見る様に、毛を逆立てて目を見開く。咄嗟に師匠から教えられた死霊魔術の存在を疑うと、腰のポーチに手を突っ込んで、なけなしの聖水を取り出し、地面に半円を描いてぶちまけた。その飛沫を浴びた黒ローチが白煙を上げながら溶けていく。間違い無い、この現象は死霊魔術の一種なのだろう、だが彼女にはこれ以上の手立てが思い付かなかった。
「ばなぁえお!」
〝離れろ〟と言いたいのだろう、巨大な牙が剥き出しになったラヴィがセレミーを押し退けながら、仲間の死骸を乗り越えて来る黒ローチを斬り伏せる。その言葉に自分の出る幕は無いと悟ったセレミーは、後方の味方に救いを求めようと、
「応援を呼ぶ、無茶はしないで!」
言葉を残して身を翻した。ラヴィはそれに答える余裕も無く、右手に握る大剣べフィーモスに意識を集中する。目の前には濃密な紫の霧に覆われた黒ローチの群れ、その先頭には一回り大きなダーク・ローチが姿を現して、獲物を見定める様に触覚を立てている。
ラヴィは以前、黒い骸骨を纏った悪魔女を斬りつけた時の事を想起した。あの時、朦朧としながらも、べフィーモスから立ち昇る英霊の精気が、我が身を護ってくれたのをハッキリと知覚した。その後もべフィーモスとは魂の繋がりを感じ続けている。そして得体の知れない敵に取り囲まれたいま、右手のべフィーモスからはその時と同じ白い靄の様なオーラが立ち昇っていた。
それを見たダーク・ローチが、音もなく足元の闇に潜り込むと同時に、後ろに控えた黒ローチ達が一斉に襲いかかってくる。一面紫の霧に包まれた黒の突進に対して、己の魂を奮わせる様に大咆哮を上げると、力を解放して真っ白に発光する大剣べフィーモスをかざして突進したラヴィは、紫の霧に飲み込まれて行った。
ズミーレは闇に潜り込んだダーク・ローチを探ろうと、魔力の塊であるメイジダガーの感応刃を地面に突き立てていた。だが、隠匿に優れた闇魔法を操るダーク・ローチは、変幻自在に闇を移動しており、その気配を捉えたと思った瞬間には、別の場所に転移してしまう。手こずるズミーレの目の前で、神出鬼没のダーク・ローチが、手下の戦士達を不意打ちして血祭りに上げて行き、焦る気持ちが更に探知を困難にさせた。
「ズミーレ、私の魔法と同期して!」
隣に来た情婦スピークが右手を差し出して来る。元々精神魔法でズミーレの探知魔法をサポートしてきた彼女は、大聖堂で手に入れた魔法のローブとサークレットによって新たな魔法を身に付けていた。
〝魂撃〟
精神魔法によって捉えた魂に、直接魔力の衝撃を与えるという強力な攻撃魔法。
素早く彼女の意向を察知したズミーレは、差し出された右手を取ると、手慣れた同期手順で探知魔法を強化しながらダーク・ローチを追跡した。
その周囲は肉弾戦士のオースや侍先生が、気配の探れない黒ローチをも通さない陣形を固めている。突然現れる黒ローチを、レイクの衝撃波が、オースの盾タックルが弾き飛ばすと、侍先生の符術が飛び、封印していった。
スピークのサポートを得て、ズミーレの魔法感度がダーク・ローチの闇隠遁に追い付き始める。槍を持つ手下を狙って影から現れたダーク・ローチに照準を合わせると、
『今だ!』
ズミーレの思考と共に、スピークの額に垂れるサークレットから魔力の塊が放出された。それは探知し続ける精神魔法の意識を辿り、今正に槍を持つ戦士に飛びかかろうとしているダーク・ローチの核を撃つ。
突如として影から現れたダーク・ローチに悲鳴を上げながら腰を抜かす槍戦士、その上に魂を撃ち抜かれて気絶したダーク・ローチが脱力してドサリと倒れこんだ。体長4mを越す巨体に潰されて「ぐえっ」と言ったきり動かなくなった戦士を引き摺り出すのに、ゴールドサージの前衛メンバーは総がかりとなったが、何とか虫の息の彼を救出すると、数人がかりでダーク・ローチの頭部を解体して、核たる魔石を切り離す。
「ふ〜っ、なんて奴だ」
初めての魔法を駆使して、グッタリと脱力するスピークを抱き上げて皆の所に戻ったズミーレが、その巨体を見て感嘆の声を上げる。そこにセレミーが、
「助けて! このままじゃラヴィがやられちゃう!」
珍しく息を切らして懇願するセレミーの声に只事ではないと目を向けると、ラヴィ達の向かった先は紫の霧で満たされて何も見えなくなっていた。
「死霊魔法みたいなんだ! ドゥー、何とかなる?」
縋るように彼の元に向かうと、既に遠目に見る紫の霧に心当たりがあったのだろう、薬鉢で何かの霊薬を擦っていた。そこにかなりの魔力を練り込んでいるらしく、冬にも関わらず、額には大粒の汗が浮かんでいる。
「闇祓いの呪香です、火で燻し、煙をもって邪を祓う事が出来ます」
ワンジルが告げると、ドゥーが袖をつついて〝お前も行け〟とサインを出す。
「し、しかし、私は貴方様の護衛が……」
言い淀むワンジルに、レイクを手招くと隣に座った彼の肩を抱く。いつの間にか仲良くなったレイクは〝任せろ〟とばかりに鼻を上げてワンジルに向けた。
「わ、分かりました、では行きましょう」
短槍と長盾、更に火口となるランタンを持つと、皮袋に詰めた呪香を抱えて、セレミーを先頭に走り出す。
「ちょっと待って下さい!」
慌てて制止するも、焦って走り出したセレミーは、あっという間に彼を置き去りにしてしまった。




