キンクス
樹道を走って戻る間、お腹の中でスイが魔力を練っていくのを感じ続けていた。イザはその邪魔にならない様に、追いすがる黒ローチを冷静に刃水で仕留めていく。感知魔法にかからない黒ローチの急所を正確に貫くのは至難の技だったが、数が少ないのと、草盾の服が動作をサポートしてくれる為、止まる事なく何とかしのげていた。
『やはりそうか』
イザは戦いながらある確信を固めると、敢えてズミーレ達を先行させ、走る速度を落とす。充分に距離を取ったところで、肉水を生成すると、ちょうど塊となっている黒ローチの集団に撃ち込んだ。この状態のローチに肉水が通用するのか確かめる為に放ったが、杞憂だったらしい。目標を肉水に変えた黒ローチ達は争うように殺到すると、お互いを傷つけ合いながら夢中になって肉水を貪った。
更に摂食者を操る魔水も試すと、簡単に支配下に収まった黒ローチは、命令通り目に映る者全てを攻撃し、ボロボロになって絶命する。
ズミーレ達が、心配して駆けつけたラヴィ達を連れて戻って来た時には、イザは樹道の真ん中で、燐光に体をつつまれながら跪いていた。周囲にはアサルト・ローチの遺骸が山と転がり、生きている個体は遠く樹道の端に、かろうじて視認できる程度である。
漂っていた光がスッと掻き消えた後、床に両手をついたイザを中心に黄緑の光が爆発すると、樹道内が衝撃波に加圧され、大きくうねりねじ曲がった次の瞬間、目の前のパイプ状の道がぞうきんの様に捻れて、精霊の木の根が溶岩石の土壌と激しく擦れ合う轟音が響き渡った。音から判断するに相当先の方まで締め付けられている様だ。
「大丈夫か?」
暫くしてから発せられたズミーレの問いに、額に汗を光らせながら、
「大丈夫です、それよりも負傷者は?」
と聞くと、負傷者を運んだ後方の仲間の元へと急ぐ。道の途中には、魔犬アイクを抱きかかえた飼い主のドゥープスが、俯いたまましゃがみ込んでいた。周囲にはポーションの空き瓶が転がっている。その隣には、心配そうに盲犬レイクがチョコンと座って、鼻先を主の腕に付けていた。
「アイクはどうだ?」
ズミーレの問いかけに、ただ首を振って答えるドゥープス、うなだれた男は肩を震わせながら、
「だめだ、ポーションをかけても反応が無い、息が、息が弱くなって……ぐっ、俺があの時油断してなかったら……身代わりになるなんてっ」
泣きそうな男の胸元で、苦しそうに喘ぐアイクの背中は、一部が噛みちぎられた様にへこんでいる。即死しなかったのは、魔犬の生命力の強さ故だろうが、傷口を抑えるドゥープスの手は、溢れ出る血でどす黒く染まっていた。
「背骨と内臓をやられてるわね、変わって頂戴」
ゴールドサージの回復役、光と水の魔法使いであるレジットが申し出ると、手に光を宿してアイクを包み込む。
『あれは光魔法と水魔法を混合させた治癒魔法ね、素晴らしい回復力だわ』
スイの賞賛の通り、光る手から溢れ出す液体がアイクに滴ると、欠損した部位に纏わり付いていく。その液体の中では噛みちぎられた骨や内臓が見る間に再生されていた。初めて見る異なる属性を合わせる混合魔法は、かなりの集中力が必要らしく、周囲の人間は遠のく様に指示される。
「ここはレジットに任せよう、俺たちには時間が無い。あいつらが何時また襲ってくるともかぎらんからな」
ズミーレの提案に主だった者が集まって話し合いが始まった。当然その中にはイザとセレミーも含まれている。
「あの黒い靄を纏ったアサルト・ローチは、魔力感知に全く引っかからなかった。襲われた時の状況を教えて下さい」
イザの問いにセレミーが、
「私達も警戒しながら進んだわ、途中何の音も、臭いすらしなかった。私達もだけど、犬達の感知能力は相当高レベルなのに、全く気付けなかった。そしてあの地点でいきなり襲われたのよ。隊列の真ん中にいきなり五匹のアサルト・ローチが飛び込んで来たわ。それを避け損ねたドゥープスさんが二匹のローチにのし掛かられた所を、飛び付いたアイクがドゥープスさんを咥えて放り投げて、身代わりになって、それから混戦になった所にあなたが来たって訳」
まくし立てると、ズミーレも頷く。それを見たイザは確信を深めると覚悟を決めた。
「全くの不意打ちだったって訳ですね、穴を掘る音すらしなかったとは……待ち伏せと見て間違いなさそうですね。後これは推測なんですが、奴らの黒い靄は闇属性の隠遁魔法なんじゃないかと思います。スイは黒靄から闇精の力を感じたし、知り合いの闇魔法使いの隠遁と気配の消し方が酷似しています」
イザが想起したのは、ズカの闇魔法。彼は戦闘時にスッと気配を消す事があった。詳細を聞くことはできなかったが、あれは多分彼の得意とする闇魔法が関係していると思う。
「私もそう思う、兄弟子の闇魔法に同じようなのがあるし」
セレミーも同じ考えの様だ。
「つまりあの魔獣は悪知恵のみならず闇魔法をも使うって事かい?」
ヘルメットを脱いだバラシが頭を拭きながらたずねる。大量の汗をしたたらせた彼の頭からは湯気がたっていた。
「推測が正しければそうなりますね。 アサルト・ローチの上位種はダーク・ローチというらしいですが、今ではその名前も闇属性へと繋がるヒントの様な気がします」
「クックックッ」
それを聞いた女教授が忍び笑いをもらす。
「迷宮化の特徴は、前にも言った通り、魔獣の強化にありますねぇ。この空間は悪魔の住む魔界と現界との端境にあたりますからね。しかもこの迷宮都市は他に比べて魔力濃度が高い、という事は、それだけ魔獣は魔性を発揮しやすいと言えるでしょうねぇ、クックックッ」
周囲の皆は、何故か楽しそうに苦境を語る女教授を、薄気味悪いものでも見るようにして身を離した。
「まあ、推測や憶測はその位にして、じゃあどうする? って話だ。このまま進むにも道が途切れたし、樹道を繋げる事が出来たとしても、何時また襲われるかも知れない。それに奴ら集団で来るんだろ? 数百匹もの奴らに攻め込まれたら、流石にお手上げだ」
真剣な目で一同を見据えるズミーレに、皆の口が固くなる。こんな状況で頼りになるのは、樹道を操るスイ位のものか。皆の視線がイザに向けられた。
「まずは安全の確保、そして難しいですが、状況の把握から始めましょう。先ずはこれを見て下さい」
スイが樹道に干渉すると、めくれ上がった壁の裏、外層との間に、鉄木と粘蔦で雁字搦めになった一匹のアサルト・ローチが運ばれて来ていた。
よく見ると、それは黒い靄を失った普通のアサルト・ローチである。脚の一本一本、口や目なども完全に覆われて、茶色と黄色のマダラ模様の腹を、無防備にさらしている。
「一匹生け捕りにしました、時間経過のせいか普通のローチと変わらない感じです」
それからは警備隊長のファストフを助手にして、女教授とズミーレ師弟がアサルト・ローチを解剖、検証していった。その結果、本当に普通のアサルト・ローチである事がわかる。
「メイジ・ダガーでも調べたが、こいつのは土属性の屑魔石だ。とても闇魔法を使える個体とは思えんな」
ズミーレが結論付けた。
「多分群れのリーダーに闇属性の魔力を与える事のできる個体がいるのでしょうねぇ、そうなるとかなりの使い手ですねぇ、これだけの隠匿魔術を多数にかける事ができるとは、クックック」
結論を受けたイザは、スイとの念話会議を繰り返しながら、一つの案を提示する。それは精霊の木に干渉できるスイにしか出来ない作戦である。それを聞いたズミーレは、
「ここに居てもジリ貧だ、やれる事がある内に動こう。さあ、時間との勝負だぞ!」
全員をけしかけるとイザの肩を掴んで、
「すまないが皆の命を預ける、その分何でもするから、遠慮なく使ってくれ」
一同に宣言する様に声を張ると、イザも大きく頷いた。




