穴の中③
三本の丸太の様な矢は、悪魔のすぐそばで散弾状に拡散すると、膨大な数量と化して降り注いだ。
轟音と共に降り注ぐ鋼矢の雨は、悪魔の黒骨と纏わりつく闇の甲殻に弾かれて火花を散らして散華するが、万にも及ぶ数量に削られた闇の甲殻は疲弊し、黒骨に到達すると終いには貫かれ、埋没した矢が体内で一斉に炸裂すると、後に続いた炸裂矢の火力に、悪魔はとうとう爆散した。
吹き飛ばされた一片一片の肉片が更に爆散する。狭い穴の中は、爆発の熱と轟音の反響で埋め尽くされ、発生した煙は地上にも勢い良く吐き出されるほどだったが、しばらくするとそれらことごとくが地下へと吸いこまれて行く。穴からの吸引は以前より力を増して、ビョウビョウと恐ろしい音を上げて全ての物を下へ下へと引き込んで行った。
全てが収束した頃、爆煙に煤けた魔導弩の側の闇から、ズカ達三人が湧き出る様に姿を現した。側にある熱に劣化した魔導弩を見たズカは、
「これじゃ使い物にならんな、今回は備品の消費が激しいぜ」
愚痴をこぼすと、ボロ切れの様になった闇魔法の網を手繰り寄せ、魔力を与えて補修していく。
その間に、ズーパンチはハードキィの右太ももに応急処置を施していく。幸い凍り付いて砕けた患部からは、それほどの出血は見られないが、その分広範囲に渡って足の付け根が冷気に侵されて壊死していた。
手元の小さな灯りで照らしながら、綿花にポーションをタップリと湿らせて傷口を包むと、包帯で固定しつつ、足の付け根に巻き付けた止血帯に端を絡ませてから捻じっていく。ここで余り強く締めすぎてはいけないが、弱すぎても止血にならない。繊細かつ短時間でこなさなければならない作業を、闇の糸に釣られた不安定な状態で黙々と手速くこなしていった。
『この人は絶対に生還させる』
元々内に秘めていた決意が、頭を冷やして思考をクリアーにしていく。それ以外の事は今はどうでも良い。ただただ護衛役として、彼女を生きて地上に戻す事だけを考えていた。
「師匠、しっかりしてくれ!」
顔をさすりながら話かけると、
「あ、ああ……」
暗闇に照らされるハードキィは、ズーパンチを見返そうとするが、目に力を込めても中々焦点が合わずに苦労する。血の気が引いて真っ青な顔から吐き出される声は、か細く震えていた。
「いけるか? そろそろ時間だ。網の手応えだと穴の直径が縮んできている。更に下からの吸引も強くなっているから、早いところ地上にあがろう」
ズカが心配そうに師匠を覗き見ながら告げる。闇の網に乗った彼は、手を差し伸べてズーパンチに引っ張らせると、地下からの吸引に邪魔されながらも、苦労して師匠を乗せた。
次いでズーパンチを乗せようとした時、ガクン! と網が揺れてバランスを崩した。
「なんだ!?」
ズーパンチが光源を向けると、闇の網が下に向かって引っ張られている、その頂点には黒骨の鍵爪が網に絡み付いていた。
空間を埋め尽くした炸裂矢の猛爆を、どうくぐり抜けたのか? 悪魔が千切れた身体を網に引っ掛けてぶら下がっている。
すかさず短弓を構えたズカが網越しに黒羽の魔矢を射出する。その直撃をくらいながらもすがり付いてきた悪魔は、ハードキィの方へと体を寄せて来た。
「%$☆」○|<÷€*たすけ#・×°#て」
異界の言葉を吐き出しながら、真っ黒な血涙を流した三女が、折りたたまれた体から千切れた黒骨の脚を二本伸ばす。更に二本の魔矢が打ち込まれるが、どこから力が湧いてでるのか、意に介さず素早く這い上がると、虫の息のハードキィを、放射状に拡げた脚で掴みかかった。
間に割って入ったズーパンチは、首元に触角剣を突き込んで、悪魔の血液を再度猛毒に変異させていくが、異界の言葉を発しながら縋り付く悪魔は毒血を吐きながら執念で縋り付く。その目は何かを恐れる様に、黒く歪んでみえた。
何度も蹴りを浴びせて叩き落とそうとするズーパンチの足にも、もう片方の脚を絡ませると、全体重を二人の足に掛けてぶら下がる。そうしながら先端を二人の肉に食い込ませて、ジワジワと這い上がって来た。
更にズーパンチが師匠に食い込む脚を斬り飛ばすと、ズーパンチの傷口に全体重を掛けてぶら下がってくる。
ズーパンチが痛みを堪えて切り払おうとする中、ズカの放った黒羽の矢が悪魔の眉間を貫くと、悪魔が全身を痙攣させて闇の網を大きく揺さぶった。その時、穴の底からの吸引が今までに無い音を立てて強まる。
バランスを崩したズーパンチは、暴れる悪魔を引き剥がそうと、全身の力を込めて蹴落とそうとする。だが、昆虫の様に肉に足を引っ掛ける悪魔はしぶとく、網を握る手を滑らせた瞬間に、師匠諸共転落してしまった。
二人と悪魔が絡まりつつ一緒に落ちる中で、咄嗟に矢を射るズカ、ズーパンチのの太ももに命中した矢に、瞬時に魔力を流して闇の糸を精製すると、なんとか宙釣りにする。
尚もよじ登ろうとする悪魔の体を、影剣の盟約の糸が縛りあげた。気絶寸前のハードキィが限界に達した時、
〝よくやった……ありがとう〟
かつての恩人、黒の次女の声が頭に響いたかと思うと、盟約の糸が彼女の心臓を放し、ズルリと抜け出る……瞬間、ハードキィは意識を無くした。
悪魔の脚に取り憑いた影剣は、その脚を切り裂きながら、全身をきつく締め上げると、悪魔もろとも穴の底に落下していく。
それを見下ろすズーパンチの体力が限界を迎えた時、
「大丈夫かい?」
すぐ近くでバーモールの声が聞こえた。
ふり仰ぐと、ピンク色の翼を輝かせて、穴を舞い降りて来た彼女が居た。
その後ろには影の様に、真っ黒な夢魔と化したテオが若干危うく飛来してくる。穴の吸引にも不思議と影響を受けない二人は、ズカとズーパンチ達をそれぞれに掴むと、魔力の羽をはばたかせて、地上を目指した。
紫閻王は、あらかたシュビエ内の生物を狩り尽くしていた。その過程で無数の魂を貪り喰らったが、生来の飢餓感はいまだ癒えておらず、イライラと小刻みに触覚を震わせている。
街壁まで向かわせたダーク・ローチ率いる小隊の帰りが遅いのもイライラを募らせる原因となっていた。
その周囲には、主の不機嫌に怯えるダーク・ローチや更に格下のアサルト・ローチ達が、気分を害さない様になりを潜めて伏せている。その数は三千を超え、街に散らばるローチ達はその倍にものぼっていた。
めぼしい獲物の居ない街にこのまま居座る気もない紫閻王は、そろそろ部隊を率いて、迷宮城内に引き返そうか、と思案していると、前方にいきなり物凄い気配を感じて身をすくめる。
そうして仰ぎ見た空には、いつの間にか出現した大木が魔法陣に区切られた空を突いていた。
その威容に度肝を抜かれると同時に、そこから立ち昇る燐光に目を焼かれて、
「ギュエエエェェェッ!」
と悲鳴を上げて後退る。紫閻王の最も嫌う、聖なる光をまともに見た目が焼かれて、煙を上げた。
身体を丸めて多足をこすり合わせると、口から闇のオーラを吐き出し、目の周りに纏わせる。癒しの闇の中で、焼けて白濁した眼球が元通りに回復していった。
様子を見るために集まって来たアサルト・ローチ達がビクッ! と退く。その中心で怒りに触覚を逆立てた紫閻王は、全身から負のオーラを放出すると、真っ黒な霧状のオーラが周囲を覆った。それに包まれたアサルト・ローチ達は一様にふらつくと、気がついた個体から順に目を赤く光らせ始める。
目に纏わせた霧ごしに精霊の木を睨み付けた紫閻王は、ふと自分の足元に伸びる生気を感じ取った。
〝まだ獲物が居る〟
精霊の木の根を知覚した紫閻王の命令で、部下達が動き出すと、数千単位のアサルト・ローチが地面を一斉に掘り返し出した。




