帝国宰相は思いのほか
帝都に到着後、わたしは速やかに宮殿に参内し、帝国宰相に「御落胤捜しは失敗した」旨を報告した。どれくらい悔しがるかと思ったら、帝国宰相は、思いのほかサバサバした表情で、
「そうか。それは仕方ない」
と、ひと言。他に用事があるらしく、そそくさとその場を立ち去った。「皇帝陛下の署名入りの認証状を返せ」と言われた時に備えて言い訳を考えていたのに、それが不要になったばかりか、「金貨500枚分の必要経費のうち未使用分を返せ」とさえ言われなかった。腹黒くて欲深くて手に負えない帝国宰相だから、こんなに簡単に諦めることはないはずだけど……
「なんだか気味が悪いね」
プチドラも、帝国宰相の後姿を眺めながら、「うーん」と首をひねっていた。
しかし、その謎は、屋敷の地下室でなんとなく解けた。
久々に地下室に出向くと、ガイウスとクラウディアが例によって午後のティータイムの最中で、
「ただいま。とりあえず、無事に戻ったよ」
「まあ! カトリーナさん!!」
クラウディアが感動的に、わたしの手を握り締めた。このふたりは相変わらずのようだ。御落胤捜しの間の帝都の状況について尋ねてみると、ガイウスは、やや渋い顔になって、
「早い話、事がうまく運んだので、帝国宰相が調子に乗っているんだ」
すなわち、帝国宰相がツンドラ候に命じて行わせた「ドラゴニア候への仕置き」は成功を収め、今や帝国宰相の権勢に逆らう者は誰もいなくなったとのこと。ドラゴニア候は、表面上、抵抗らしい抵抗もせず、あっさりと降服、莫大な賠償金を払うことにより、爵位と領地を召し上げられることだけは勘弁してもらったとか。
ただ、裏では、藁にもすがる思いで御落胤を手に入れようと必死になっていたらしい。黒ずくめの男が「ドラゴニア候が武装盗賊団に大金を払った」と言ってたのは、このことだろう。結局、うまくいかなくて、(ドラゴニア侯にとっての)ピンチが更に拡大したようだけど。
「ということは、今は帝国宰相のやりたい放題?」
「まあ、そうだな。近いうちに皇帝の死を公表し、次期皇帝を選出するための会議が設けられるという話もある」
「次期皇帝を選出? もしかして、あの爺さん、自分が皇帝になるつもりじゃ……」
「いや、皇族の中から、適当に御しやすいのを選ぶらしいよ。詳しいことは知らないがね」
今日、帝国宰相が忙しそうにしていたのは、このためだろう。皇族の中から選ぶのでよければ、わざわざ御落胤捜しをさせなくてもよさそうなものだ。最初から、それほど多くの期待はせず「見つかればラッキー」くらいに思っていたのだろうか。あるいは、ドラゴニア候が降参し、専制的な支配体制を確立できたということで、もはや御落胤の権威にさしたる意味はなくなったのだろうか。ともあれ、こちらとしては損をしていないから、これはこれで、よしとしよう。




