最終決戦開始
クラーケンの宿の1階には、オヤジ(店のオーナー、すなわち、往年の「真正!? 子連れマンモス」)以外、誰もいなかった。オヤジは珍しく、カウンターを出てテーブル席に腰掛け、のんびりとタバコをふかしていたが、突然ドタバタと店に押し入ってきたわたしの姿を認めると、
「悪いが、まだ営業時間じゃないんだ。その辺に適当に座ってる分には構わないがね」
と、億劫そうに顔をわたしに向けた。なんとも呑気というか、緊張感に欠けるというか……
オヤジは、ささやかな幸せを噛み締めるかのように、目を閉じて、口から煙を吐き出している。(わたしも含め)いろいろな人から「狙われている」ということを、果たして、オヤジは認識しているのだろうか。のみならず、店の軒先では、つい今しがた、「ドラゴンが舞い降りた」と大騒ぎになっていたはず。そのような喧騒あるいは雑音は、オヤジの耳には入らないのだろうか。
ともあれ、オヤジのペースに合わせているヒマはない。ぐずぐずしていて、ブラックシャドウとはちあわせになるのも面倒だ。そうなる前に仕事を片付けよう。
わたしはオヤジを正面から見つめ、
「オーナー、いえ、『子連れマンモス』、折り入って話したいことがあるんだけど……」
場合が場合だけに、小細工はいらない。いざとなれば、プチドラ(すなわち隻眼の黒龍)という切り札もある。
「はあ? 『子連れマンモス』って、誰のことだね??」
オヤジは、極めて自然な態度で、すっとぼけて見せた。なかなかの演技力。さすがに元エージェントだけのことはある。
オヤジは、2、3秒、わたしの顔をしげしげと見つめると、ふと思い出したように、
「そういえば、あんた、無事だったのかい。仲間はどうした? もしかして、いや、やっぱりかな、武装盗賊団にやられたのかい?」
店の壁には、ブラックシャドウとホフマンとわたしの似顔絵が付いた指名手配のポスターが貼られていた。ちなみに、日付は今日付。ラブリンスク村の手前で武装盗賊団の大部隊が壊滅したことを受けてのことだろうか(なお、ホフマンは既に死亡している。情報が錯綜しているようだ)。
「わたしは無事だけどね。でも、今日は、そんな話をしにきたのではないわ」
「そうかい。それじゃ、なんの話かね?」
オヤジは、いかにも「わけが分からない」という表情で、首をひねった。
「御落胤のことよ。調べはついてるわ。大人しく言うことをきいて、差し出しなさい」
「話のスジが見えてこないんだが…… 御落胤って、あの噂になってた御落胤のことかね?」
オヤジは、顔色ひとつ変えずに言った。こうして聞いていると、ウソをついているようには見えず、本当に何も知らないのではないかと思えてくる。
その時、不意に、クラーケンの宿の入り口の扉が開いた。現れたのは、予想どおりというか、これ以外に有り得ないというか、やはりブラックシャドウだった。




