北の海鮮横丁
店先でアンジェラを呼び止めると、アンジェラは再び頭を深々と下げて、
「先ほどは、兄が大変失礼をいたしまして、申し訳なく……」
「その話はもういいから。それよりも、ひとつ、お願いがあるんだけど……」
すると、アンジェラは不思議そうにわたしを見上げ、
「は……はい、できることでしたら、なんなりと」
「港に行くなら、わたしも連れて行ってほしいのよ。特に用事があるわけじゃないんだけど、せっかくこの町に来たんだから、ついでに観光でもしておこうと思って」
「分かりました。お安い御用です」
アンジェラは、安心したようにニッコリと微笑んだ。
わたしとアンジェラは荷馬車に乗り、港に向かった。荷馬車は、食材の仕入れや備品の運搬その他諸々のためにも必需品で、店の裏手に車庫と厩舎が付属しているという。
荷馬車の荷台には、巨大なイカのような形をしたシンボルマークとともに、「安全と安心のクラーケンの宿をよろしく」との宣伝文句がデカデカと書かれている。これでは、見た瞬間、引いてしまいそうだ。
「乗せてもらって言うのもなんだけど、正直、もう少しセンスがほしいところね。でも業務用なら、仕方ないか」
「いえ、ですが、これでも身を守るために大変役に立ってまして……」
恥ずかしそうにアンジェラが言った。その理由を尋ねてみると、クラーケンの宿の荷馬車を使用している限り、泥棒や強盗に狙われる心配は皆無だからだとか。クラーケンの宿は「全国『冒険者の宿』ギルド」に加盟しており、そのバックには、シーフギルド「カバの口」がついている。うっかり乱暴狼藉を働こうものなら、後から、とっても怖いお兄さんたちにボコボコにされるということらしい。
荷馬車は、クラーケンの宿から下町、大通りを抜け、町を東西に貫く北の大河の畔の道を進む。アンジェラに連れてきてもらったのは正解だった。もし、ひとりでほっつき歩いていたら、今頃は道に迷って、いつものように途方にくれていただろう。
やがて荷馬車は、「北の海鮮横丁」という看板が掲げられたアーチをくぐった。アンジェラはラバに鞭を当て、
「もうすぐ港に着きます。この横丁の先が港ですが、ここからが少し……」
アンジェラは言葉を濁した。狭い通りには露店が並び、買物客も多い。その間を縫うように進んでいくと、それなりに時間を取られてしまう(言葉を濁したのは、「時間がかかるのでごめんなさい」という意味のようだ)。
適当に露店で魚を買って帰ってもよさそうなものだけど、
「いえ、港にはいつもお世話になっている漁師さんがいて、そこで買うほうが安いのです」
と、アンジェラ。妹なのにしっかりとしている。それに比べると「お兄ちゃん」は…… いや(そもそも比べてはいけないのかもしれないが)、あの「お兄ちゃん」だからこそ、妹がしっかりするのだろう。




