ブラックシャドウの「職業」
わたしたちは月明かりの下、地獄谷へと続く坂を下った。荷馬車は元のところにつないだまま。音を立てれば、フロスト・トロールを起こしてしまうかもしれない。集落の入り口では、威嚇するように、頭蓋骨がうず高く積み上げられている。
ブラックシャドウは、一旦、歩みを止め、
「さて、これからフロスト・トロールを皆殺しにかかるわけだが……」
そして、周囲に注意深く目をやりながら、声を小さくして、
「ここはひとつ、私に任せてもらえないだろうか」
するとホフマンは、不服そうに顔をしかめた(声は出さなかったが)。
ブラックシャドウは構わず言葉を続け、
「いや、何も、あなた方の能力を信頼していないという意味ではない。もともと、このような『卑劣な』手段は私の専門分野なのでね。専門的な仕事、くだけた言葉で言えば、ここでは『暗殺』を意味するが、こういったことは専門家に任せていただきたいのだ」
ブラックシャドウの「職業」はシーフかアサシンのようだ(いずれにせよ、ロクな者ではない)。泥臭い仕事が嫌いなわたしにとっては願ってもない申し出だけど、「真の強さを求める」ホフマンの場合は、事情が違うらしい。
「いや、パーティーに誘ってもらったからには、それ相応の働きをしなければならぬと心得ているつもりだ。貴殿の考えも分からぬではないが、我輩としては……」
ホフマンはブラックシャドウに食ってかかった。思うところがあるのか、「どんな理屈でも構わないが、ここではとにかく相手を言い負かさなければ気が済まない」みたいな……
でも、わたし的には、ブラックシャドウの言い分に賛同したい気分。素人が下手に手を出して暗殺に失敗すれば、反撃を受けて悲惨な結果が待っているだろう。
結局、最後にはホフマンが折れ、暗殺はブラックシャドウに「お任せ」となった。
ブラックシャドウはショートソードに毒を塗ると、
「では、行ってくる。一応、自分では『玄人』のつもりだけど、もし、何かあった時には、フォローを頼む」
と、身を低くし、足音を立てることなく、ただ1人、フロスト・トロールの住処に向かった。
「あやつめ…… 理に適ってはいるが、気に入らんな」
ホフマンは、あご鬚を撫でながら、ポツリとつぶやいた。
わたしは適当に調子を合わせ、
「わたしも、そう思います」
「そうかね。やはり、あんたも……」
珍しくホフマンが相槌を打った。内心ではブラックシャドウのことをよく思っていないようだ。
「でも、この話は、これまでにしよう。本人のいないところで非難をしてはならぬ」
ホフマンは口惜しそうに、ため息をついた。見ていると、可哀相な感じもしないではない。ホフマンに活躍の場を作ってやることができれば、ホフマンと仲良くなれるという意味では、わたしにもプラスになりそうだが……




