北の街道
「さあ、ふたりとも、早く乗って」
御者台からブラックシャドウが言った。わたしとホフマンは、一瞬、意図せずに顔を見合わせた。でも、こんなところでグズグズしていても仕方がない。言われるままに、荷馬車の荷台に乗った。
「それでは、出発するとしよう」
ブラックシャドウがラバに鞭を当てると、荷馬車は静かに動きだした。
グレートエドワーズバーグ北門でブラックシャドウとホフマンとわたしがそれぞれ通交証を提示し、荷馬車は街道を北へと進む。
北方の空は、いつも曇りがちで灰色。見ていると、どうしても心が塞ぎこんでしまう。風も冷たい。コートを持ってきたのは正解だった。
街道は、荒野を延々と、北に向かって延びていた。
……Dw@ischl#xd, Dw@ishl#xd, ov~p A||S ov~p……
例によって意味は分からないが、ホフマンが節をつけて何やら口ずさんでいた。自分の国の歌だろうか。気になったので、思い切って尋ねてみると、
「ああ、『捨てきれぬふるさと』の歌じゃよ……」
ホフマンは、しみじみと南の方角を眺めながら言った。この人の人生も、これまで、波乱万丈だったのだろう。ふるさとで何があったのか知らないが、あれこれ詮索するのは野暮というものだ。
……Dw@ischl#xd, Dw@ishl#xd, ov~p A||S ov~p A||S >O za $|t……
こうして夕日を浴びて歌っていると、ホフマンも、なかなかステキなオヤジのようにも見える。美形ではなく渋さを追求するなら、ドワーフも悪くない。
わたしたちは4日間ほど、日中は荷馬車に乗って進み、日が沈めばテントを張って(当然ながら、3人とも別々のテントで)野宿というパターンを繰り返した。
クラーケンの宿のマスターの話によれば、地獄谷まで馬で少し急いで2日行程ということだったけど、やはり荷馬車は速度が遅い。ただ、徒歩で行くのと比べれば楽だし幾分時間を短縮できるから、一応、ブラックシャドウには感謝しなければならないだろう。この荷馬車をどのように手に入れたのかという謎は謎として。
また、幸いなことに、わたしの悪い予想も当たらなかった。ブラックシャドウとホフマンが「強盗仲間」だとすれば、寝込みを襲われることも十分考えられたので、念のため、夜の間、2人をプチドラに見張ってもらった。でも、プチドラの話によれば、「ブラックシャドウとホフマンは、暗殺しようと思えば簡単にできたくらい、ぐっすりと眠っていた」ということだから、この2人が強盗に豹変する可能性は、捨ててもよさそうだ。
そして、いよいよ明日は、地獄谷に到着する予定。地獄のようなすごい光景の谷なのだろうか。訪れた者が必ず地獄に落ちるみたいな、呪われた谷なのだろうか。ただ、「名前負け」して、実際には大したことはなかったということも、よくあること。ともあれ、行ってみないことには分からない。




