ビーフ・ストロガノフ
クラーケンの宿の入り口の扉を開けると、
「いらっしゃいませ」
この前に来た時と同じように、(いわゆる「萌え」を意識した)メイド服のウェイトレスが迎えてくれた。(この店の規則に則って)前金で宿泊料を支払うと、やはり前回と同様に、少女が小走りに駆けてきて、
「では、お部屋まで案内します」
「ありがとう。え~っと、なんだっけ……」
「アンジェラです。よろしくお願いします」
少女はニッコリと微笑した。名前を思い出せないでいたら、自分から言ってくれるなんて、よく気がつく子だ。しっかり者タイプだろうか。
わたしは2階(宿泊用フロア)の6畳ほどの小部屋に案内され、少女からカギを受け取った。
「それでは、ごゆっくり、おくつろぎください」
少女はお辞儀して、廊下を小走りに駆けていく。
少女を見送ると、プチドラは何かを期待するようにニンマリとして、
「マスター、これからだけど…… まあ、とりあえず、することは決まってるかな」
わたしは「当然」とばかりに小さくうなずき、伝説のエルブンボウ、金貨などの貴重品を袋に詰め、ドアにカギをかけ、プチドラを抱いて階段を降りた。
1階では、やはり今回も冒険者が一杯で、空席はわずかだった。それでも、どうにかカウンター近くのテーブル席を確保することができた(よく見ると、この席は、この前に座ったのと同じ席のような……)。
「席が見つかってよかったね。さて、今日は何にする?」
プチドラはメニューを広げた。まだ注文してもいないのに、よだれを拭っている。メニューには、例によって「クラーケンの塩辛」、「シロクマのステーキ」、「トナカイの煮込み」など、怪しげなものが並んでいるが、あまり奇抜なのは止めておこう。出てきた料理を見て後悔するといけない。
わたしは、忙しそうに1階レストラン内を駆け回っている先刻の少女をつかまえ、
「ビーフ・ストロガノフをお願い。この子(=プチドラ)の分もね」
「かしこまりました」
少女は小走りにカウンターに駆け寄り、ガッチリとした体格の男(店のオーナー)に注文を伝えると、すぐに別のテーブルに向かった。
カウンター横には、貼り紙で埋め尽くされた大きなボードが置かれている。今度は、あまり気が進まないが、かなりの出費を覚悟で、御落胤に関する情報を購入することになるかもしれない。
その時、
「失礼、差し支えなければ、相席をお願いできないだろうか」
不意に後ろから声がした。振り向くと、いつの間にやら、見覚えのある黒マントの男が立っていた。




