おまけ第四話 留学先の王国で婚約者持ちの公爵令嬢に惚れられてしまったが……
パトリック皇太子視点です。
ふおおおおお! なんだこのかわい子ちゃんはぁぁぁぁぁ!?
俺は彼女を見た瞬間、心の中で雄叫びを上げていた。
茶色のボブヘアに濃い青の瞳の美少女が、俺に語りかけてきてくれたのである。
俺はその時、人生で初めて『運命の出会い』だと思った。
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俺は大皇国の皇太子、パトリック。
この度隣国である王国に、留学することになった。
自慢じゃないが勉学はかなりできる方だったので、留学先の学園ではなかなかの成績であった。
ただ一人、絶対に勝てない相手はいたのだが。
学園一の成績を収めていたのは、この王国の公爵令嬢であるプレンデーアという女子生徒だった。
銀髪に青空色の瞳が美しく、凛とした印象の女性。彼女は婚約者でありこの国の第一王子のアンドレとともに、俺に歓迎の挨拶などをした。
俺は彼女のことを気にしていた。
気にする、というのは恋情的なそれではない。逆だ。恋情を抱かれていることに気づいてしまい、だから気にしていたのである。
挨拶の際、プレンデーア公爵令嬢の頬が赤らむのを俺は見たのだ。
もちろん、婚約者持ちである彼女がまさか……とは思っていたのだが、少し友好関係を深めたアンドレ王子に聞くと、そのまさかであるらしい。
「最近、デーアが僕にそっけないんだ」
それを聞いて、俺は思った。
これって完全に浮気じゃね?
確かこの国では貴族の色恋沙汰はあまりよろしくないとされていたはずだった。
そしてその上、婚約者持ちの公爵令嬢が隣国の皇太子にぞっこん……これはまずいだろう。
かといってあくまでよそ者である俺は、そう簡単に手出しができる問題ではなかった。
それに俺はこの国へ留学目的以外に、『婚約者を見つけてこい』とも言われている。だからあの公爵令嬢が我が妻になってくれればそりゃあ手っ取り早いのだが。
「無理無理無理無理!」
もしもプレンデーア公爵令嬢と俺が結ばれでもしたら、王国との関係はどうなる。
第一それ以前に、婚約者がいる彼女は俺と結婚などできないはずだ。それに俺は彼女を美しいとは思ったが、別にそれ以上も以下も何も思わなかった。
あの女性とは結婚できない。理屈的にも感情的にも。
でもそうなると、彼女の気持ちはどうなるのだろう。最悪俺に詰め寄って来たりしたらと思うと身震いが止まらなくなった。
プレンデーア公爵令嬢の俺への恋情が、俺とアンドレ王子の勘違いであってくれればいいのだが……。
そんな不穏な悩みを抱えつつ、俺は留学生活をしていた。
そしてある日――彼女と出会う。
茶髪に碧眼の彼女は、この学園に通うエミリ男爵令嬢だった。
今まで一度だって話したことはない。でも俺は彼女を一目見て、燃えた。
実際に叫ぶのをなんとか堪え、俺は平静を装って彼女と向き合った。
ああ、なんて可愛らしいんだ。今までたくさんの女性を見かけてはきたが、彼女のように小柄で愛らしい少女を見たことがない!
「パトリック様」
「…………?」
興奮しすぎて声が出ない。やばい。
落ち着け俺。変なやつだと思われるぞ……!
「ちょっといいですか」
「――何だ。只事ではなさそうだが」
必死で呼吸を整え、俺はようやくそれだけ言い切った。
只事ではないのはどっちだ、と内心ツッコミを入れつつ、俺は彼女の顔を見る。
小動物的なエミリ男爵令嬢の不安げな顔は、やはりとてもキューティーだった。
「初めましてなのにごめんなさいっ。私、あの。手伝ってほしいことがあるんです!」
いやマジで?
手伝ってほしいこと? こんな超可愛い美少女が俺に何か頼み事か?
俺の頭は大混乱していた。大皇国でも理性派と名高い俺にあるまじき困惑ぶりだった。
が、俺は決してこの冷静の仮面を剥がしてはならない。
わずかに口角を吊り上げると、静かに頷いた。
「ああ。いいぞ」
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クッソーあの馬鹿女が!
よくも俺とエミリ嬢の時間を邪魔しやがって! ただじゃおかないからな!
俺はそう怒鳴るのをなんとかやめると、やはり落ち着いているそぶりだけ見せて目の前の女と対応していた。
公爵令嬢、プレンデーアである。
彼女は、俺とエミリ嬢が初めて出会ったあの日、突然割り込んで来て邪魔をし。
その後も度々俺たちが話している時にやって来て、「あなたのような下級令嬢はこの場にふさわしくありませんわ」などと言ってエミリ嬢を追い払う始末。
お前こそこの場にふさわしくないんだよ! と叫びたかったが、そうすると大皇国と王国の戦争にもなりかねない。耐える。
今日も何やらどうでもいい話を持って来た様子で、プレンデーア公爵令嬢は楽しげに話をしていた。
こいつ、本気で俺に惚れているらしい。むしろ俺に嫌われていることに気づかないのだろうか? 呆れる。
さらにこんな女に想いを寄せるアンドレ王子にも呆れたが、それはまあ一応婚約者だし許容範囲か。
俺とエミリ、そしてアンドレ王子はとある計画を立てていた。
あのクズ……ゲフンゲフン、公爵令嬢プレンデーアを『悪役』に仕立て上げるのだ。
まあ結局はエミリを悪者にしてしまうというとても嫌な結末になるのだが……まあそれがエミリ嬢が望んだこととなれば首を横に振るわけにもいくまい。
エミリ嬢は『悪のヒロイン』になって、プレンデーア公爵令嬢を貶める。
けれど卒業パーティーの時、結局はエミリ嬢の嘘がバレてプレンデーア公爵令嬢は冤罪だったと判明し、アンドレ王子とうまくくっつくわけである。
そっちの方はアンドレ王子に任せるとし、俺はエミリ嬢の言う通りこの芝居に付き合うことにした。
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さすがにエミリ嬢が階段から転げ落ちた時の怪我を見て、怒りを覚えずにはいられなかった。
これがいっそのこと、本当にプレンデーア公爵令嬢に落とされたのであればよかったのにとは思うが、これはあくまでエミリ嬢自身の仕業である。
階段から突き落とされたフリをした彼女のおかげで、プレンデーア公爵令嬢へ向けられる視線は一気に冷たいものとなる。
よしよし……と思っていたら裁判沙汰になるのではという話が浮上して、俺は内心ドキッとした。
もしもこの件に俺が関与していると知られたら? そうなったら俺は皇太子失格である。
けれどアンドレ王子は「大丈夫だって」と笑うし、エミリ嬢もボロボロの体ではあるが余裕な様子。なら俺も大丈夫なのだろうかと少々安心させられた。
そして運命の卒業パーティー当日。
「エミリ……男爵令嬢。君の言葉は間違っている。君は、嘘つきだ!」
会場に高らかに響く声を聞いて、俺は苦虫を噛み潰したような顔になった。
これがセリフだとはわかっているが、それでも腹立たしい。どうしてあのような可憐な少女が嘘つき呼ばわりされなくてはならないのか。
本当なら今すぐにでも、「馬鹿で浮気性の公爵令嬢が悪い!」と声を大にしたいが、そうしたらエミリ嬢にも嫌われるかも知れない。それは嫌だからやめておこう。
そして、今度は俺の番になった。
俺がプレンデーア公爵令嬢の無実を証明し、そしてエミリ嬢を不幸のどん底に突き落とす。
これはあくまで演技だ。演技なんだ!
「そんな! ご、ごめんなさいっ、私、アンドレ様の横にいるプレンデーア様が羨ましくてっ、だから!」
目に涙を浮かべて叫ぶエミリ男爵令嬢。
演技上手いし可愛いし、満点だな。
「やっぱりそうか。君がどんなに企んだとしても僕の妃になれるのはデーアだけだ。悪かったね。……僕は君を許さない。男爵家が裁判を取り消したとしても、君を処刑しよう」
あ! ぼうっとしている場合じゃないぞ。
俺は慌ててアンドレ王子の言葉にかぶりを振ってみせた。
「アンドレ王子。処刑するのはやめた方がいい」
「どうして。エミリはデーアの名誉を傷つけた。だから」
「プレンデーア公爵令嬢のことになるとすぐにそうだ。無論エミリ男爵令嬢は悪行をしたが、だからと言って容易く処刑されていいものではないだろう。……エミリ男爵令嬢」
「――はい」
俺の声に反応して、エミリ嬢がこちらを向く。
ああ、その姿はいつ見ても愛らしいが、薄ピンクのドレスを纏っている今はいつもよりもっともっと輝いて見える。
俺は息を整えた。これから先は予定になかったセリフだ。
でも俺は今しかないと思った。今この場だからこそ彼女に伝えられると思ったから。
「俺は実は、君に恋してしまったんだ。だから結婚してほしい」
……エミリ嬢の頬が赤く染まるのを見て、俺がどれほど歓喜したかはわからない。
そして彼女はうっすらと微笑んで。
「ありがとう。本当は、私もずっと好きでした」
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まもなく俺とエミリは愛し合うようになった。
もはや『男爵令嬢』などと堅苦しい呼び方はしない。両想いだったとわかった今、俺はもう何も躊躇うことはないのだ!
「エミリは本当に天使だな。最高だ」
「そう? にい……アンドレ様には小悪魔ってよく言われるけど」
「本当か? エミリは小悪魔では断じてないと俺は思うぞ」
ああ、可愛いな。ずっと愛でていられる。
そういえばプレンデーア公爵令嬢とアンドレ王子の件もうまくいき、二人は無事結婚したようだ。
俺たちも帰国次第式を挙げる予定。エミリが身分の低い男爵令嬢だと知られれば、皇国内から多少の反発はあるだろうが、そんなこと知ったことか。
俺はエミリしかいらない。貴族一の美貌と言われたプレンデーア公爵令嬢なんてどうでもいいくらいに。
俺の留学生活は愛しの彼女のおかげで薔薇色の時間になったのだった。
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