おまけ第三話 悪のヒロインを演じた私、幸せを掴み取る
エミリ視点・後編です。
そうして悪のヒロインになる決心をした私に対し、プレンデーア様はよく喋りかけてくるようになった。
と同時に、それは厳しい言葉ばかり。
「あなた、王子様をアンドレ様と呼んでいるそうですわね。無礼ですわよ」
「あら。一度話しかけたからと言って次があると思って? 弁えなさいな」
「わたくしの王子様に近づいているという噂があるのですけれど、本当ですかしら? 仮に本当ならば非常に迷惑でしてよ!」
まあそれは全部嘘じゃないよ。私、アンドレ兄さんとは以前より話す機会が多くなったしね。
他ならぬプレンデーア様のせいだけど。
それはともかく……。
ぬるい。ぬるい。ぬるすぎる!
こんなのじゃ足りないでしょうが!
悪役令嬢の構図を作るためには、プレンデーア様自身も悪くならなきゃならない。
私の『偽いじめ』を疑われるくらいにはね。
でもまだまだ手ぬるすぎて、黒い噂を呼ぶには足りないよっ。
だから私は、早速『偽いじめ事件』を始めることにしたんだ。
この時点で卒業パーティーまで後五ヶ月。まあまあ猶予は残されてる。
さあ、やろうか。
* * * * * * * * * * * * * * *
噴水に、アンドレ兄さんに突き落としてもらった。
ドレスがずぶ濡れになるのは嫌だったけどね。
これを全部、プレンデーア様のせいになるようにする。
で、目撃者はアンドレ兄さんってことで。
「こんなことしていいのかな」
「いいんだよ兄さん。プレンデーア様のためなんだから」
『プレンデーア様のため』と言った途端、アンドレ兄さんの顔色が変わる。
本当に単純なんだよね、この人。
作戦はうまくいって、この事件はプレンデーア様の仕業ではないかと噂が流れ始める。
直接私が言ったわけじゃないよ? 周囲の人間の憶測っていうかそういうものだけど、だからこそ話が広まるのはあっという間。
その間にも私は、アンドレ兄さんと協力して『偽いじめ事件』を多発させていった。
ドレスを泥で汚したり、教科書を破ったり。かなり過激なものも多かったんだけど、どうしてか学園で問題にならあないんだよね。
こんなセキュリティで大丈夫なのかなって心配になっちゃう。
作戦はなかなかうまくいってるみたいで良かった良かった。
そうだ、後一つ大事なことを忘れてたのを思い出したよ。
パトリック様と友好関係を持たなきゃならないんだった。
私は急いでパトリック様に会いにいったんだ。
* * * * * * * * * * * * * * *
「パトリック様」
「…………?」
ああ、胸がドキドキする。
苦しい、苦しい、苦しいよ〜。
学園の屋外に備え付けられたベンチ、そこにパトリック様はいらっしゃった。
いつもここで昼休みを過ごされているんだとか。あまりにも身分が高するから、今の私のように自分から近づいていく無謀な令嬢もいないから、パトリック様お一人だけ。好都合だね。
なんて輝かしいお姿。思わず見惚れちゃう。
私、実はパトリック様のことが憧れなんだ。
私には婚約者がいないし、あんな人と結婚できればいいなあってめんどくせっと思ってたの。
今までは無理だって決めつけてたけど……この作戦のおかげで、可能性が見えたんだよ。
でもでもっ、私は男爵家の娘。茶髪だし、目立たないし、こんな私が喋りかけて失礼じゃないのかな。
しかーし、後には引けないのだ! 勇気を振り絞れ私!
「ちょっといいですか!」
「――何だ、只事ではなさそうだが」
「初めましてなのにごめんなさいっ。私、あの」
突然こんなお願いをされたら困らせてしまうだろうな、とは思ったけれど。
「手伝ってほしいことがあるんです!」言い切った私の顔はきっと真っ赤になっていたんだろうな。
* * * * * * * * * * * * * * *
パトリック様には、プレンデーア様の舞台の役者として手伝ってもらうことにしたんだ。
だって、彼はこの物語の第二のヒーローなんだからね。第一のヒーローはアンドレ兄さんってことで。
私とアンドレ兄さんだけではやっぱり足りなかったんだよ。だから、不安はあったけど話を持ちかけたってわけ。
パトリック様は考えた挙句に頷いてくれた。……ああ、なんて優しいの!
とかとか大興奮していたら、薄青の瞳を怒りに燃え上がらせたプレンデーア様が乱入してきた。
どうやら私とパトリック様が一緒にいることが不服みたい。すぐに追い払われちゃったよ〜。
「――でも私のパトリック様は渡さないから」
そうする一方で、プレンデーア様のいじめ疑惑はどんどん広がっていってるみたい。
一度、公爵様が男爵家に迫って来たりしてひやっとしたけどなんとか切り抜けたし結果オーライ。
そのうちプレンデーア様の態度に変化が起き始めたの。
なんか、アンドレ兄さんとイチャイチャし出して、それを私に見せつけてくるんだよね。
私が嫉妬するとでも思ってるのかな?
私は内心ニヤニヤしながらその様子を見てた。アンドレ兄さんは本当に喜んでるみたいだし、私としてもちょっと微笑ましい。
その間にも私とパトリック様の距離は近づいていく。
勉強を教えてもらったり、それはそれは楽しかったよ。
「プレンデーア公爵令嬢のアピールが激しくて疲れる」だなんて愚痴まで言ってくれるの。
なんか恋人同士みたい〜。私たちの関係は気づけば、『友人以上恋人未満』になっていた。
よっしゃ! 全てが終わったら私、告白しようっと!
まあそうやって月日が過ぎていって、いよいよ運命の卒業パーティーが目前になった。
けど、プレンデーア様の疑惑はまだもう一押し足りない。
「エミリに何かやってほしい」ってアンドレ兄さんは言うの。本当に無茶振りばっかりなんだもん、困っちゃうなあ。
だから私は、階段の踊り場でプレンデーア様と出会した時、わざと階段から落ちたの。
痛かった……。でもこの痛みは後の幸せのためなんだって思うと苦には思わない。
この事件で一気にプレンデーア様は悪者になっちゃった。
アンドレ兄さんは不安そうだけど、大丈夫。パトリック様にはちゃんと証人になってもらうし、真の悪者は私だってみんなにわかってもらえるはずだものね。
ああ、卒業パーティーの舞台が待ち切れないよ。
* * * * * * * * * * * * * * *
全ては打ち合わせ通りに進んだ。
私とプレンデーア様が言い争いをし、アンドレ兄さんがそれを止めに入る。
それでもお互いが悪いと言い張る私たち。そこへパトリック様がやって来て、私が『偽いじめ』の犯人だったんだって明かすの。
アンドレ兄さん、「婚約破棄はしない」だなんてプレンデーア様にキメ顔で言っちゃって……。本当、可愛いなあ。
それにパトリック様はもうカッコ良すぎて気絶しちゃうかと思った。もう本当にこの方の物になってもいい。
そうだ。二人の美男子ばっかりに任せてられない。
私は最後まで、悪のヒロインをやり切らなくっちゃ。
「そんな! ご、ごめんなさいっ、私、アンドレ様の横にいるプレンデーア様が羨ましくてっ、だから!」
「やっぱりそうか。君がどんなに企んだとしても僕の妃になれるのはデーアだけだ。悪かったね。……僕は君を許さない。男爵家が裁判を取り消したとしても、君を処刑しよう」
『処刑』ってワードは物語で定番だものね。
まあ当然ながら処刑なんてされないのだけれど。だって――。
「アンドレ王子。処刑するのはやめた方がいい」
パトリック様が助けてくださるんだからね。
「どうして。エミリはデーアの名誉を傷つけた。だから」
「プレンデーア公爵令嬢のことになるとすぐにそうだ。無論エミリ男爵令嬢は悪行をしたが、だからと言って容易く処刑されていいものではないだろう。……エミリ男爵令嬢」
「――はい」
パトリック様にまっすぐ見つめられて、私の心臓は悲鳴を上げていたんだ。
このまま時間が止まればいいのにって思うくらい、彼の姿は素敵だった。
そしてパトリック様は私に囁いたの。
「俺は実は、君に恋してしまったんだ。だから結婚してほしい」
――え?
こんなセリフ、予定になかった……よね?
もしかしてこれってマジ? 本気の告白?
全身がカァーっと熱くなっていくのを感じる。
私から告白しようって思ってたのに、なんていう想定外。
でも私は、心から、嬉しかった。
「ありがとう。本当は、私もずっと好きでした」
* * * * * * * * * * * * * * *
あの後、アンドレ兄さんとプレンデーア様は無事に両想いになったみたい。
アンドレ兄さんったら本当に嬉しそうで、「賢いエミリのおかげだ!」って何度も連呼するの。ちょっと恥ずかしかったなあ。
これで国は安泰だね。
もっとも私は、留学を終えて帰国するパトリック様と一緒に隣国へ旅立つんだけど。
私、隣国の皇太子妃になるみたい。
男爵令嬢から一気に昇格すぎて、両親もびっくりしてた。でも母さんは「さすが私の子」って言ってくれて嬉しい。
さてと。そろそろ出発の時間だ。
私は、見送りに来てくれているアンドレ兄さんとプレンデーア様に手を振った。
「プレンデーア様、色々とご迷惑をおかけしました。アンドレにい……アンドレ様もバイバーイ!」
あっぶな、今一瞬『アンドレ兄さん』って言いそうになった。
私と兄さんが従兄妹なのは、依然としてプレンデーア様にも愛するパトリック様にも内緒のまま。その方が色々と都合がいいからね。
別れを告げると彼らに背を向ける。
そして私とパトリック様は、そっと微笑み合った。
「パトリック様、行きましょ」
「ああ。そうだな」
* * * * * * * * * * * * * * *
悪のヒロインを演じた私――エミリは、こうして幸せを掴んだの。
数年経った今となっては懐かしい思い出話だけどね。
「プレンデーア様もアンドレ兄さんも、今でも元気にしてるかな」
そんなことを思いつつ、今日も私はパトリック様と愛し合うんだ。
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