おまけ第二話 一芝居打ってやろうか
エミリ視点・中編です。
「あの。少しお話に混ぜていただいてもよろしいかしら」
アンドレ兄さんから相談が持ちかけられてから、しばらく経ったある日。
私が下級令嬢たちと話していると、突然、鈴の音のような声が聞こえたの。
長い銀髪、空を映した蒼穹の瞳、艶やかな白い肌。
そこにはまさしく絶世の美女が立っていたんだから。
驚きすぎて固まっちゃった私たちに、彼女は申し訳なさそうに微笑むと。「わたくしはプレンデーアと申しますわ」と言ったんだ。
目が点になるという言葉を実感しつつ、私は、
「あっ、あぁ。プレンデーア……様!?」
やっとのことで理解が追いついて思わず叫んじゃった。
それは間違いなく、アンドレ兄さんの想い人。そして例の問題の人物だったんだもん。
プレンデーア様がどうしてここに?
彼女は最上位の貴族である侯爵の令嬢だから、私たちなんか下っ端に話しかけてくるはずがない。
何か目的が? もしかして私とアンドレ兄さんの話、聞いてたり?
そんなことを疑ってあたふたしちゃったけど、どうやら全然違ったみたい。
「――この間伯爵令嬢からご本をお借りして、少し読んでみたのですの。流行りの恋愛小説だったのですが、初めて読んで非常に面白かったですわ」
プレンデーア様が話し始めたのは、そんな他愛もないことだった。
上級貴族の彼女に、低俗と言われる恋愛小説を渡すなんて……伯爵令嬢、なかなか勇気あるね。
ってそんなこと言ってる場合じゃない! せっかく会えたんだもん、何か言わなくちゃ。
でも、何を? 『アンドレ兄さんを愛してください!』とでも言う? ああ。大っぴらには兄さんって言っちゃダメなんだった。めんどくさいな。
単刀直入な言葉じゃ怪しまれるよね、色々と。アンドレ兄さんとの繋がりを知られたら困るわけだし……。
そうやって頭を悩ませながら適当に話を合わせていると、プレンデーア様はこうおっしゃったの。
「恋愛小説、素敵ですわよね。あんなヒロインのような恋がしたいとは思わなくて?」
「ええ、ええ。それはもちろんですとも。私も一度は熱い恋をしたいです」
「きっとあなたにもそんな恋が訪れますわよ」
そう言ったプレンデーア様は、うっとりと恋する乙女の表情をしていたんだ。
それを見て私は思った。これ、使えるんじゃない?
思わずニヤッと笑みが漏れた。昔から『小悪魔みたいだね』ってアンドレ兄さんに言われる笑顔だけど、プレンデーア様には変に思われなかったみたい。
私はプレンデーア様が席を立ってまもなく、アンドレ兄さんのところに向かったんだ。
* * * * * * * * * * * * * * *
「ねえアンドレ兄さん。一芝居、打ってやろうよ」
これはプレンデーア様の発言からひらめいたアイデア。
私は頭は良くないけど、察しはいい方だって自覚してる。だからわかったんだけど。
「プレンデーア様、私にヒロインになって欲しがってるみたいだった。きっと悪役令嬢になりたいんじゃないのかな?」
「ひろいん? あくやくれいじょう?」意味不明と首を傾げるアンドレ兄さん。兄さんはもちろん恋愛小説なんて読んだことがないんだろうな。
私は恋愛小説のことを簡単に話した。アンドレ兄さんはまだよくわからない顔をしてたけど、一応は理解してくれたっぽいので話を進めよう。
「きっとプレンデーア様、アンドレ兄さんと別れたがってるんだよ」
「そうかも知れない。最近、普段以上にそっけないから……」
「パトリック様と結婚するためには、婚約者の存在が邪魔でしょ? だから婚約破棄されるのがプレンデーア様の理想なんだと私は思う。それで、悪役令嬢ってのは断罪されて婚約破棄されるのがお約束だから」
私にヒロイン役を任せ、彼女は悲劇の悪役令嬢を演じる。
そして婚約破棄された後、パトリック様と結婚しようって算段なんだ。
でもアンドレ兄さんは婚約破棄なんてしない。
そりゃそうだよね。周りの貴族たちにも苦笑されるくらい、プレンデーア様にラブコールしまくってるんだもん。全然取り合ってはもらえてないけどね。
でも私は、あえてプレンデーア様の計画に乗ってやろうと思った。
きっと彼女は無理矢理にでも断罪劇に持って行きたがる。だったら、私たちがその舞台を提供してあげようじゃないの。
「その舞台で、アンドレ兄さんはプレンデーア様の心をぎゅっと鷲掴みにするの」
「鷲掴みってどういうことだい? 彼女、鈍感だから僕がちょっと言ったくらいじゃ伝わらないじゃないか」
ああ。プレンデーア様ってやっぱ鈍感なんだ。
馬鹿なアンドレ兄さんに鈍感って言われるくらいだから、超鈍感なんだろうな。もしくは意図的に無視してるかだけどね。
「愛してる!って叫べばいいの。そしたら全部上手くいくから」
「そうかな……。でも賢いエミリが言うんだ。僕は信じるよ」
信じてくれるんだ。嬉しい。
まあ、私そこまで賢くないけどね!
そういうことで、私はプレンデーア様のお望み通りヒロインになってあげることにした。
でもただのヒロインじゃない。悲劇の悪役令嬢を作るための脇役。つまり、冤罪をひっ被せる役目。
ねえプレンデーア様?
この物語を作り上げるのは私。皆がハッピーエンドになるよう、私が悪のヒロインを演じてあげる。
あなたは存分に私の掌で踊って、そうとも気づかないままで幸せになればいいよ。
ただし――パトリック様は、私にちょうだいね?
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