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第十三話 皇太子殿下に裏切られましたわ

 待ちに待った卒業パーティーで婚約破棄されるはずだったのに、実際に断罪されたのはエミリ嬢だけであり、わたくしは一切責められていない。


 この番狂わせな展開に、わたくしの頭はひどく混乱していましたわ。

 どの方向に進めばこの状態が修正されるのか。わたくしがたった今、エミリ嬢にひどい言葉を浴びせれば王子様が失望なさるかしら? いいえなさらないでしょう。だってわたくしは言われたのですもの。


 『君との婚約破棄はしない』と。


 こうなってしまえば頼めるのはパトリック殿下しかいませんわ。

 パトリック殿下ならきっと、なんとかしてくださる。わたくしはそう思うことしかできなかったのですの。

 お願いいたします。どうか、どうかわたくしを選んでくださいまし。


 そう思ってわたくしが彼へ目を向けた時、ちょうどパトリック殿下もわたくしを見つめられていたようで、視線が交差しました。

 その時わたくし……ハッと気づいてしまったのですわ。


 パトリック殿下の黒瞳に、わたくしへの熱情が感じられないことに。


 考えてみれば、当然のことですわよね。

 わたくしは隣国の公爵令嬢。しかも婚約者持ち。

 いくら美しいとはいえ、こんなわたくしに惚れる男があるはずがありませんもの。昼休み時間に談笑する友と思ってくださっていたら幸い、その程度ですわ。

 なのにわたくしは彼に救いを求めていた。とても愚かで醜いことを自覚してしまい、わたくしは今まで自分が計画していた全てが崩れ落ちる音を聞いた気がしましたの。


「裏切られ……ましたわ」


 こんな舞台を用意しても、結局は何も変わらない。わたくしは王子様と結ばれ、そしてパトリック殿下は国へ帰られる。そのままの道が続いていくのでしょう。


 わたくしは最初から、何もできてなどいなかったのですわ。



* * * * * * * * * * * * * * *



「アンドレ王子。処刑するのはやめた方がいい」


「どうして。エミリはデーアの名誉を傷つけた。だから」


「プレンデーア公爵令嬢のことになるとすぐにそうだ。無論エミリ男爵令嬢は悪行をしたが、だからと言って容易く処刑されていいものではないだろう。……エミリ男爵令嬢」


「――はい」


 パトリック殿下に名を呼ばれたエミリが、そっと泣き濡らした顔を上げます。

 その青色の瞳はキラキラと輝いて見えましたわ。


「俺は実は、君に……」


 エミリ嬢に歩み寄られたパトリック殿下が、何かをおっしゃいましたわ。

 すると途端に、エミリ嬢の頬がぽっと赤くなりましたの。


 わたくしは何が起こったのかを悟ってしまい、さらに絶望に突き落とされたような感覚を得ましたわ。

 愛の囁きを終えたであろう二人が、まるで何事もなかったかのように王子様に話しかけていらっしゃいます。しかしもはやその言葉はわたくしの耳には届いておりませんでした。


 恋する人の心は、ずっとヒロインに向けられていたのですわ。

 この出来損ないの悪役令嬢は、出来損ないとして未来の王妃を務めなくてはならないのでしょう。


 パトリック殿下は、エミリ嬢をエスコートして人ごみの中へ姿をくらまされました。

 きっとこの後、彼らは彼らだけの時間を過ごすのでしょう。わたくしのことなど、考えもせずに。


「ああ。滑稽ですわ。なんと滑稽なのかしら」


 思わず笑いが込み上げてきました。

 心からの歓喜? そんなわけがありません。自分がまるで道化のように感じられ、おかしくてたまらないのですわ。


「全ていいようにやられただけ、ではありませんの。もう、いいですわ。人生諦めました。最初からこうなる運命でしたのね。それならわたくし、神様を呪って生きていくことにしますわよ!」


 わたくしに選択肢などない。わたくしが努力したところで何もなし得ない。

 学園一の秀才? 貴族トップの美貌? それがどうしたと言いますの? 結局は無力な一人の少女でしかありませんのよ。


 笑って笑って、笑い続けて。

 そうしていた時のことでした。そっと、肩に誰かの手が触れたのです。


 驚いてそちらを見ると、わたくしのすぐ傍に王子様がいらっしゃいました。

 どうしてかわたくしには、その美丈夫が初めて輝いて見えましたわ。


 思わず笑いを止めて凝視してしまったわたくしに、王子様はふふっと笑って――。


「好きだよ、デーア」

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