後編
出発して数時間。ずっと森の中を歩いている。この森には魔物もいるし盗賊の拠点があってもおかしくない環境とのこと。
歩きながらウィルフォード様達と話す。狭い獣道は縦一列でリック君を先頭にネイハムさん、私、ウィルフォード様、そして最後尾にアイザックさん。
ウィルフォード様が背後から話しかけてきた。
「危ないから振り返らずに聞いてくれ。まず私達は旅の商人という設定で旅をしている。私のことはウィル、ネイハムはネイ、アイザックはザックと略しても問題ない。君の名前も教えてもらえるかな?」
「私は……、ヒナです」
少し迷って苗字は伏せて名前だけを告げると「ティナ?」と聞き返された。こちらだとその名前のほうが馴染むかもと思い頷く。
「じゃ、ティナに何が起きたのかを説明するね」
バーナム王国が聖女を召喚したところ予想外の人間が召喚されてしまった。若くもなく女性でもない老人。儚げな美少女、天真爛漫で清らかな乙女……などなど、聖女と呼ばれる者に妄想を膨らませて期待していた王太子にとって最も腹の立つ結果だった。
聖女召喚を主導した王太子がその場で「殺せ」と指示したが、立ち会っていた司祭達が「召喚した異世界人を殺すと国に災いがふりかかる」と反対し、騎士達も犯罪者でもない老人を殺すことはできないと難色を示した。
そんな時、誰かが「国境の森に捨てれば……」と呟いた。
先頭を歩いていたリック君が「僕が呟いたんだよ~」と手をひらひらと振る。アイザックさんとリック君がバーナム王国の騎士の中に紛れ込んでいたそうで、不穏な空気になったため救出に動いてくれた。
ジェラルディーン王国とバーナム王国の国境をまたぐ形で魔物が多く生息している森がある。山というほどの標高はないが平坦な道ではない難所だ。道もないため事前準備なしで入ればほぼ間違いなく遭難してしまう。
そこに置き去りにするように誘導し、実行犯となる騎士達五人の中にアイザックさんとリック君も当然のようにいた。リック君には隠密、誤認、錯覚などのスキルがあるそうで、短期間ならばバーナム王国の騎士達を誤魔化すこともたやすい。
バーナム王国の騎士達は罪人でもない老人を手にかけることを嫌がっていたので、アイザックさんとリック君が「老人を森の中に置き去りにする」役を引き受けた。
三人の騎士達は二人が老人を背負って森の中に入ることを見届けてから王太子に報告するために王都へと戻った。
三人が王都に着く頃にはリック君のスキルで私達のことは朧げにしか思い出せなくなっているはず。そして王太子は下級騎士が二人消えたところでまったく疑問に思わない雑な性格らしい。
「アイザックさんが本物の聖女かもしれないって言うからさぁ、ビックリしちゃったよ」
リックが「まさか本当に女の子だったなんて」と言うと、アイザックさんが生真面目に答える。
「聖女でなかったとしても殺させるわけにはいかないだろう。誘拐しておいて、希望通りの人材でなければ殺すなんて非道が許されるはずがない。そもそも婚約者が決まらないから聖女を召喚して嫁にしようだなんて、王太子としても男としても間違っている」
それは……、確かにものすごく間違っている。っていうか、王太子なのに婚約者が決まらないなんてこと、あるの?
振り返ってウィルフォード様に視線で尋ねると「バーナム王国の王太子はやらかしが多い」と教えてくれた。
「とにかく令嬢達が嫌がることをするんだ。子供の頃は虫をバラまいたり、ドレスを泥だらけにしたり、屋外で何時間も待たせたり……。年齢があがってくると魔法の練習の的にしたり、剣術を無理矢理やらせたりもしたな。そのせいで怪我をした令嬢もいた。バーナム王国は不幸にも王子が一人で王女もいない。国王と王妃も一人息子にあまいせいで王太子がやりたい放題だ」
成長とともに内容がどんどんと悪質になり、悪逆非道な行いをすればするほど令嬢達に逃げられる。中にはすり寄って来る令嬢もいたが、そういった令嬢はせいぜい愛人止まりで王太子も自分の妃にする気はない。
「俺の妃はそれなりの身分でなければな!当然、美しく聡明であること、従順であることも必要だ。生意気な女なら俺が調教してやる」
なんてことを恥ずかしげもなく夜会で叫んでいたせいで近隣国にまで警戒されるようになった。
「私の妹達はバーナム王国の王太子に嫁ぐくらいなら死んだほうがましだと言ってたし、高位の貴族令嬢達も相当、嫌がっている。野心家の父親達でも避ける案件だ」
王太子がポンコツすぎて、娘を嫁がせてもうま味をまったく期待できない。子供が生まれて次の国王になれば国王の祖父になれるが、現時点で愛人達が産んだ婚外子が二桁はいる。トラブルになる未来しか見えない。
それなら愛人達の中で一番、高位の令嬢を妃にして子供達の中から優秀な子を教育すれば……と思うが、そこは王太子本人が無駄なこだわりをみせて抵抗していた。
結果、この世界に自分にふさわしい妃がいないのなら、異世界から召喚しよう。となってしまった。
そんな無能王子、もう暗殺しちゃったほうがいいのでは?
声には出さなかったが、ウィルフォード様が私のボヤきを察したように「すでに近隣諸国が動いている」と言う。
「バーナム王国の召喚魔法陣は書き換えて二度と使えないようにした。魔法陣に偽装の魔法もかけておいたからそう簡単には修復できないだろう。バーナム王国の国王には他国に嫁いだ姉がいる。そちらの第二王子をバーナム王国の国王にするために動き始めている。我が国は王位には干渉しない予定だが……」
ジェラルディーン王国は他国の内政には干渉しない方針だが、今回は異世界人案件だったため確認のために動いた。
「ジェラルディーン王国には何度か異世界人を救出してきた歴史がある。召喚したことはないのだが、異世界人が自分を召喚した国から逃げ出してしまうため、結果的に我が国が保護してきた」
自力で脱出する者もいれば、生活に慣れてきた頃に救出を願う者もいた。私のように殺されそうになった者もいたようだ。悲しいことに本当に殺されてしまった異世界人もいる。
何故か異世界人の大半がジェラルディーン王国を選ぶ。好きな場所に行ける、どの国でも保護できると説明をしても「お金や待遇の問題ではない」とジェラルディーン王国に残る。
「過去数百年の歴史の中でのことだから、多くはないが……、それでも百年に一回か二回、どこかの国のアホがやらかす」
私に関してもジェラルディーン王国に連れて行くが、この世界に慣れた後は希望を聞いてくれるとのこと。
「ただ……、異世界人だと知られたらそれなりに身に危険が及ぶ。特にティナは有用そうな珍しいスキル持ちだ。結婚するなら侯爵家以上をすすめるよ」
平民だとバレた瞬間、誘拐、監禁コースもあるらしい。それはさすがに遠慮したい。
「ティナは十六歳くらいか?うちの弟とならちょうど良さそうだが……」
ウィルフォード様の弟である第五王子は十八歳。ウィルフォード様は二十二歳。残念、私の好みは頼れる年上だ。
「あの、私、二十四歳なので」
えっ?と驚いたのはアイザックさん以外。アイザックさんだけは「なんとなくそれくらいだろうと思っていた」そうだ。
「ティナは可愛らしい見た目だが、子供っぽさや頼りなさがない。しっかりしている。十六歳の少女ならば目覚めた後、もっと混乱して泣いて過ごすことになっただろう」
そういった少女ばかりではないが、確かにもっと若ければ「日本に帰りたい」と泣いたかもしれない。私にも日本に帰りたい気持ちはあるが、すでに仕方ないという諦めのほうが大きい。
ただ……元凶となったバーナム王国の王太子は許せない。毎朝、タンスの角に小指をぶつけて、まだらハゲになってしまえと思っている。
「あ……、ティナ、今、不穏なことを考えただろう」
アイザックさんに言われて、ギクッと体をこわばらせる。
「どうしてわかるんですか?」
「なんとなく、としか言いようがないが……、精霊が騒いでいる」
「精霊?」
「俺にも見えているわけではないが、精霊に好かれているようでな。精霊達が教えてくれるんだ」
精霊……、もしかしてこのキラキラだろうか。アイザックさんだけやけにキラキラエフェクトがかかっているなと思ったら、精霊だった。そして精霊は普通の人には見えないものらしい。
見ることができるのはエルフやドワーフ、一部の獣人のみ。
アイザックさんをじっと見ているうちにキラキラが人の形や動物らしきものに見えてきた。おぉ、すごい、アイザックさんの周りを飛び回っている。
『あら、私達のことが見えるようになったのね』
手乗りサイズの可愛らしい精霊がアイザックさんの肩の上に乗って、ポンポンとアイザックさん肩を叩いた。
『この人間はおすすめよ。根が正直で嘘がつけないし、他人を思いやる優しさも、悪を許さない強さもあるわ。そっちの王子も悪くないけど、国のためなら嘘をつくわね。腹黒王子よ、腹黒』
な、なるほど。自分のことを言われていると思っていないウィルフォード様が「我が国には精霊信仰もあるんだよ」と教えてくれる。
「ジェラルディーン王国は精霊も大切にする国でね。定期的にお祭りを開いてどっさりお菓子を用意するんだ。私達も食べるが、お菓子もいつの間にかなくなっているから精霊達も食べているのだろうね」
『当たり前じゃない。私達のために用意されたものだもの。昨日のどら焼きも美味しかったわ。アイザックが食べている横からかじったけど、今度はもっと食べたいわね』
なんとなく異世界人がこの国を選ぶ理由がわかった気がした。おそらく精霊達が善悪に関してアドバイスをしてくれるのだろう。
どれほど爽やかな笑顔で人当たりが良くても、中身まで爽やかだとは限らない。ここに爽やかな外見の腹黒王子がいることだし。
そんなことを考えていたら、ピーターパンのような少年妖精が私の目の前でくるんと回っていい笑顔で言った。
『君の願い、僕達が叶えてきてあげるよ』
そばにいる小鳥や猫ちゃん達が楽しそうに賛同する。
『バーナム王国のおうたいしってヤツね。あの国キラーイ、クサーイ』
『まだらハゲってどんなハゲだろう』
『そりゃあ、まだら模様があるハゲってことだろう?素敵なまだら模様にしてやろうぜ』
『タンスってなに?』
『わかんないけど、毎朝、小指を痛めつければいいんだろう?簡単さ』
『ねぇ、人間には小指がよっつあるけどどこの小指?』
『そんなの、全部でいいじゃん、毎朝、小指を潰してさぁ、一晩で治してまた朝に潰せば聖女の希望通りになる』
いや、ならない、それはいくらなんでもやり過ぎ……。
止めようと思ったが、それよりも早く五、六人?匹?の精霊がひゅんっと飛んで行ってしまった。
あぁ……、まだらの意味が違う。しかし……、違わなくもないのか?結果的にまだらなら問題ないか?髪よりも小指のほうが問題かもしれない。想像しただけで痛いし怖い。
「どうした、ティナ」
真っ青になって震えているとアイザックさんに声をかけられて、慌てて精霊達とのやり取りを説明した。
「言葉にしたわけでもないのに精霊達に私の考えが伝わってしまったようで……」
アイザックさんはさして驚きもせずに「たまにある」と答えた。
「こちらが強く念じると伝わってしまうことがあるんだ。逆に近くにいる精霊が強く念じると俺に伝わってくることもある。山で遭難しかけた時は俺達が助かる方向へと誘導してくれるぞ。ティナは何を願ったんだ?」
「それがその……、バーナム王国の王太子なんてまだらハゲになってしまえと……。あと毎朝、タンス……家具の角に足の小指をぶつけてしまえと願ってしまいました」
ぶふっと四人揃って口元を押さえた。
「くっ、はは、なんとも可愛らしい願いじゃないか。その程度のことなら問題ないよ」
ウィルフォード様が笑いを噛みしめながら言うとアイザックさんも頷いている。
「あちらはティナを殺そうとしたんだ。自業自得だろう。俺も精霊達に何度か助けてもらったことがあるが、相手が死ぬようなことはしないからティナが気に病む必要はない」
毎朝、指を潰されるのも問題ないの?と思ったら、精霊達は飽きっぽいからせいぜい一カ月もすれば戻ってくるそうだ。
「ハゲてしまったら髪は戻らないかもしれないが、小指は治療してから戻ってくると思うぞ。過去の文献から推測するしかないが、精霊が人を殺した記録はない」
それならいいかな……と思う私の背後で、ウィルフォード様とアイザックさんが「精霊の悪戯で精神をやられちゃった人はいるけどね~」「バーナム王国の王太子はもともとイカれた精神なので問題ないでしょう」なんて話していたが聞こえなかったことにした。
森の中の道なき道を進んでいたわけだが、厳密には道は一応、あるそうだ。しかし獣道で植物にふさがれてしまうため非常にわかりにくいとのこと。
それでもジェラルディーン王国に行くにはこのルートが最短とのこと。森を避けて大回りすると馬車で一カ月かかるが、森を突っ切れば歩きでも十日くらいで着く。
一日十時間前後歩くため、大体三十から四十キロの距離となる。コスプレのためにちょっとトレーニングした程度の私には無理な距離で、途中からアイザックさんに背負われていた。
魔物が出てくる森で四人しかいない戦力のうち、一人を封じてしまうことになるわけで本当に申し訳ない。魔物が出たら私のことは放り出して戦ってくださいと言うと、四人にすこし変な顔をされた。
「魔物がまったく出てこないし、野営地でも静かなものだよね」
リック君の言葉にネイハムさんも頷く。
「アイザックさんの道案内で普段から魔物との遭遇率は低いですが、森に入って五日過ぎてもまったく襲われないのは珍しいですよね」
「そのことだが……、ティナがいるおかげで精霊達の機嫌がすこぶるいいようだ」
アイザックさんの肩……、私の目の前にいる精霊が『当然よ』と頷く。
『ティナってばアイザックに背負われている間、超幸せモードで、この辺り一帯の瘴気堪りや魔物化した動物を浄化しまくっているのだもの。森にいる精霊達も空気がきれいになって喜んでいるわ』
なんとアイザックさんに背負われた私は人間空気清浄機となっていた。
た、確かに、背負われているのは恥ずかしいけど、それ以上に広い背中とか素晴らしい上腕筋とか、触れていることで直に響いてくるような美声とか、ご褒美です、ありがとうって思っていた。
しかしそれを皆に伝える勇気はないため「なんか、私、本物の聖女っぽいです」とだけ伝えておいた。
『まぁ、ティナ、聖女っぽいって何よ。貴女は本物の聖女よ。この浄化の威力、間違いないわ!アイザックと一緒に大陸中を回れば、旅が終わる頃には伝説の大聖女よ、大聖女』
精霊ちゃん、そんなことを力説されても……、しかし精霊が苦しんでいる土地があるのなら浄化しに行ってもいいかな。
アイザックさんが一緒に旅してくれたら嬉しいけど、国に帰れば仕事もあるだろう。公爵家だと言っていたから貴族家のご令嬢と結婚とかすることになるはず。
『ティナ、何、弱気になっているのよ。好きなら押しなさい、アイザックには女っ気がないから押せばいけるわ、たぶん』
いや、無理です、無理ぃ……。コスプレしていない時の私はコミュ障陰キャ寄りキャラなのだ。出会って五日の男性に突撃する勇気はない。玉砕したら顔を合わせづらいではないか。ここは大人の対応で……。
アイザックさんの体が小刻みに震えていた。笑っている?
アイザックさんは少しだけ私のほうを見た後、張り切っている精霊ちゃんに視線を向けた。見えていないはずなのに、位置をちゃんと捉えている。
「心配しなくてもティナのことは俺が守るから、気長に見守っていてくれ」
『まぁ、アイザックがそう言うなら……、ちゃんと守ってよ』
アイザックさんは笑って「あぁ、一生、側にいて守り続けるよ」と私にだけ聞こえる声で呟いた。
瞬間、ぶわっと何か出た。たぶん精霊ちゃん達以外にはわからなかっただろうけど、この一瞬で森の半分近くを浄化していた。そのおかげでその後も魔物に遭遇することなく森を抜けることができた。
ジェラルディーン王国に着いた後の私はまず教会に立ち寄り、女神様に感謝を伝えた。それから馬車で王都へと向かい、そのまま王城直行で保護された。
私の後見人はジェラルディーン王家で、王家のすすめもありアイザックさんと正式に婚約をした。
出会って一カ月くらいだが一緒に旅をしているし、王家だけでなく精霊達の超おすすめ物件でもある。見た目も私好みの渋いイケメンで、年齢は二十八歳。私より四歳年上とのこと。こんなイケメンと結婚することになるとは……、まだらハゲになってしまった某王太子にちょっとだけ感謝しておこう。
アイザックさんの横に立つ私はと言えばまぁ、ごく平均的な日本人女性。これといった特徴はない。だけど、仕草や声が可愛いらしいとアイザックさんが言うので、容姿についてはあまり気にしないことにした。異世界人だし、いざとなればコスプレで鍛えた化粧テクがある。
アイザックさんと婚約する前に一度だけファスタ公爵家に伺ったのだが、公爵家の面々は皆、金髪、碧眼で美形揃いだった。案内された応接間もギラギラとしているし、アイザックさんの両親と弟、二人の妹もギラギラしていた。
アイザックさんは隔世遺伝で黒髪に灰色の瞳で生まれ、色が異なるせいでこの家では居心地が悪かったようだ。金髪でないと貴族ではない……と差別する人達もいるとのことで、ファスタ公爵家の面々がまさにそれだった。
「アイザックが聖女様と婚約とは……、王家も何を考えているのやら」
と、アイザックさんのお父さんが言えば、お母さんも顔の半分を扇で隠して頷いていた。弟と妹達も見下すような視線を向けてくる。
え、これ、私が挨拶する必要、あるかな?と思っていたら、アイザックさんの弟がねっとりとした視線を私に送ってきた。
「ファスタ公爵家を継ぐのは私です。私のほうが聖女様に相応しいと思いますよ。この通りファスタ公爵家の血を濃く受け継いでおりますし」
そんなこと、私にはまったく関係がないし関心もないし。と思う私の横で精霊ちゃんが爆弾を落とした。
『でも、そっちの人の血を正しく引き継いでいるのってアイザックだけなのよね~』
なんですと?
そっちの人って……、アイザックさんのお父さんのことらしい。ということは、お母さん、やらかしていますね。
『ね、こんな環境なのにアイザックってばすっごく真っすぐ育ったでしょう?生まれ持った気質が違うのよ。なんていうか、魂が輝いているのよね』
そうだね、家柄とか育ちとか、貧乏とかお金持ちとかって話ではない。
「アイザックさんは本当に素敵な人だよ、知ってる」
「ティナ?」
「うんっ、改めて思った。やっぱりアイザックさんが一番です。ということで帰りましょう!こんな場所にいても時間の無駄です」
二人で「失礼します」と公爵家を後にした。公爵家の面々が唖然としていたが知ったことではない。
アイザックさんにお母さんの托卵疑惑は伝えなかったけど、薄々、知っているようだった。そりゃ、まぁ……、精霊ちゃん達が騒げばなんとなく伝わっちゃうものね。
「公爵家が心配?私にできることはある?」
アイザックさんに聞くと、首を横に振った。
「父が真実を知ったとしても、今さら嫡男の変更はできないし、妹達の籍を公爵家から外せないだろ。すでに三人はファスタ公爵家の子供として社交を行っている」
「貴族って大変だ」
「俺達だってこれから大変だぞ。聖女としての力があればあるほどティナは有名になっていく。どこに行っても騒がれて、人に囲まれる生活になるだろう」
そなに仰々しい旅行は遠慮したいが、何とかひっそりと聖女活動を続ける方法はないだろうか?
私は一年ほどジェラルディーン王国の王都でこの世界のことを学んだ。そしてアイザックさんと結婚した後、浄化の旅に出た。
安全面を考えるとアイザックさんと二人……はさすがに許可が下りず、護衛として男性と女性が二人ずつ同行している。六人での馬車旅が基本だ。
要請があれば他国にも行ったが、どこの国でも王宮に立ち寄ることは遠慮していた。なんとか聖女を取り込もうと画策している国もあったようだが、なかなか聖女を捕まえることができなかった。何故なら……。
町の人々が噂する聖女の情報を集めれば集めるほど混乱することになるからだ。
「聖女様はまだ十二、三歳の可愛らしい子だって聞いたよ」
「そうなのかい?聖女様って呼ばれているけど、男だったって話だよ」
「いやいや、本物の聖女様はごく普通の町娘みたいな子だったよ。オレの村で浄化してくれたのを見たんだから間違いない」
聖女の目撃情報は何ひとつとして一致せず、毎回、浄化が終わった後で「あの一行がそうだったのかも」と言われていた。
―――そうなるように私が趣味と実益を兼ねて楽しんでいる。
「次は男装にしようかな。リック君が来るならリック君に聖女役をやってもらおっと。あの子、すっごく化粧映えするから」
「聖女様、私も是非、男装をしたいです!」
護衛騎士の女性二人がコスプレにはまったようで、次のアイデアをあれこれと出してくれる。
「あぁ、それならリック君を姫にしてイケメン五人の護衛騎士で準備しようか」
「いいですね、私、次は黒髪でちょっと陰のある騎士になってみたいです」
「私は銀髪のエルフっぽい麗人に憧れます」
女性三人で盛り上がっているとアイザックさんが苦笑しながら言う。
「リックに先に言っておかないと怒られるぞ」
「ふっふ~ん、大丈夫、リック君はお菓子で懐柔できるから」
アイザックさんの横で妖精ちゃんも『私もお菓子で懐柔されるわよ』と胸を張る。
◆
後の歴史書に大聖女時代と呼ばれる聖女黄金期があったことが記載されている。ひとつの時代に一人いるだけでも奇跡と呼ばれる大聖女が、大陸全土に現れたというものだ。年齢、性別、人相から背格好までバラバラであったため、大聖女が複数人いたのではないかと言われている。
大聖女は一人だったのか、二人だったのか、それとももっと多くいたのか。
歴史書に記された聖女の記録に日本から召喚された鏑木妃遥の記録も、この世界で生きたティナの記録もなかった。
ただ、聖女の側には常に背の高い黒髪の男性がいたと記されていた。
閲覧ありがとうございました。




