訳ありシスターと埋葬業務
ザクッ……ザクッ……ザクッ……
夕暮れ時の教会裏。
今日運び込まれた女性冒険者の遺体を埋葬する為、私はひたすらに穴を掘っていた。
額から流れる汗が煩わしく、手の甲で拭う。その掌が血だらけなことに気づき、慌ててボロ布を押しつけ止血した。
いつの間に豆が潰れたのか。布をぐるぐると手に巻きつけ、そのまま汚れたスコップの持ち手も拭った。ポロリと弱音が落ちる。
「どうしよう。急がないと、日が沈んでしまう」
こんな時間になってしまったのは、ロキのせいで業務量が増えたからだ。
ふぅと息をつき、苛立ちも一緒に吐き出してから気持ちを切り替える。再びスコップを握った。
ザクッ……ザクッ……ザクッ……
無心でスコップを土へ突き立て、穴を掘る。
人を埋めるのに充分な深さと広さまで掘り起こすのはかなりの重労働だ。
「早く、早くしなきゃ……」
外には灯がない為、日が暮れるとこのあたりは真っ暗になってしまう。そうなればこの作業も中断せざるを得ない。
でも最後の見送りを託されている身としては、責任を持って今日中に弔ってあげたかった。
それに彼女だって、生き絶えた姿のまま放置され、仲間のいない冷たい夜を迎えるのは嫌だろう。
休むことなく穴を掘り続ける。
もっと深く……もっともっと掘らないと。
ザクッ……ザクッ……ザクッ……
穴を掘る。穴を掘る。
周りには無数の十字架がたてられている。彼女と同じく命を繋げなかった人々のお墓だ。
命を求めるものに蘇生を施すことはもちろん、それが叶わぬものにはこの地で安らかな眠りを与える。
それが先代から継いだ私の大切な役目で、修道女としてこの教会を守っていくことが使命だと信じてきた。
なのに、何故だろう。最近、胸の奥が無性にザワザワして落ち着かない。
ザクッ! 余計な思考を断ち切るように、一際深くスコップを突き刺した。
持ち上げた土を、脇に積み上げた土砂の山に足して手を止める。何とか日が落ち切る前に、掘り切ることができた。
出来上がった穴へ遺体を運ぶ。
本当は棺桶に安置したまま埋葬してあげたいが、うちのような小さな教会では棺桶代を賄うことができない。
だからと言って、蘇生代を支払うことができない懐事情の冒険者たちに、その代金を負担してもらうのも憚られるため、そのままの姿で弔うことが慣例となっていた。勿論手続きの際に、彼らの了承も得ている。
それにしても、命が失われた人間とはどうしてこうも重いのだろうか。
そんなことを考えながら、遺体を丁寧に穴の中へと寝かせた。
不自然な角度の足を元の位置に戻す。戦闘の痕が残る装備や服も、可能な限り整えた。
最後に体の前で手を組ませ、白い大きな布を掛ける。
その上からさっき掘り起こしたばかりの土を被せて穴を埋めると、人1人分の体積が増え少しだけ盛り上がった新たなお墓ができた。
名を刻んだ十字架を立て、倒れないようしっかりと固定する。聖書を開いた。
「……どうか彼女へ、安らかな眠りをお与えください」
お祈りの言葉を唱え全てを終えると、疲労から地面に突き刺したスコップにもたれ掛かった。
機密性の高いシスターコートの中は、蒸れて地獄のように暑い。だけど、この村でコートを脱ぐわけにはいかなかった。
パタパタと手で仰ぐ。
顔と首元に僅かな風を送っていると、何処からか柔らかな風が吹いてきた。夜が近づき、風が出てきたようだ。
もう少しこの風に当たっていたい。私は自然と目を閉じた。
ザクッ……ザクッ……ザクッ……
どこか遠くの方で、誰かが穴を掘っている。
これは幻聴だ。この音はずっと前から、私の頭の中だけに響いている。
だがロキが来るようになってから、明らかにこの耳鳴りは酷くなっていた。
暗闇の中、ふいに彼の声が甦る。
“ねぇ、シスター。前から思っていたことだけど、君はどうして僕の顔を見てくれないのかな?”
あの時の私はどうかしていた。怒りに任せて叫んだことを後悔する。
ロキの軽口なんていつものこと。受け流せばよかっただけなのに……
でも何故あんな行動をとってしまったのか。本当はその答えも分かっていた。
私は彼を見て、この耳鳴りが強まるのが怖かった。これ以上音が近づいてしまうと、何かに飲み込まれてしまうような、まるで今の自分が消えてしまいそうな憂虞を感じた。
私はロキを見ないふりをして、本当は自分の心を見ないふりしている。
そのことを彼に見透かされたかのように思えてしまった。
咄嗟に働いた防衛本能が、私にあんな物言いをさせたのは、怒りという強い感情で動揺を覆い隠し、心の内を彼に悟られまいとしたからだ。
でも、敢えて彼の顔を睨みつけたのがいけなかった。
ザクッ……ザクッ……ザクッ……
耳鳴りが止まらない。
うるさくて、そして怖くて仕方がない。
“ うん。幻聴だってことはわかっているんだ。でもその声が耳に張り付いて、自分が埋め尽くされていくのを止められない。気づくと僕は死へ向かって…… ふふっ、本当に愚かだよね?”
またロキの声が聞こえた。だがその言葉を発したのは、いつもの無分別な勇者ではない。
人々からの重圧を一心に受けるも、これ以上その荷を背負うことができないと嘆く、哀れな一人の男だった。
まさかロキがあんな悩みを抱いていたなんて、思ってもいなかった。
彼の魂から紡がれた言葉は、静かな湖に落とされた血の雫のように私の胸の奥で波紋を描き、侵食していく。
ザクッ……ザクッ……ザクッ……
誰かこの耳鳴りを止めてくれないだろうか……
“シスターはいつもそうだよね。“生きたかった彼ら”の方ばかりを見ている。ベクトルの向きは違うけれど“死にたかった僕”だって、彼らと同じ苦しみを持っているとは、思ってもらえないのかな?”
彼の辛さや苦しみは理解できる。
だがその理念は教会の教えに反していた。
決して寄り添ってはいけない。
そう分かっているのに彼を見ていると心が乱れ、堪らなく不安になる。
人の命は尊く、生きることは素晴らしい。
人は皆生きたくて、その思いに応えることが修道女としての私の定めなのではないの?
これまでの生き方が疑問符となり、私に語り掛ける。
“僕はきっと、酷く強欲な人間なんだろうね。こんなに弱くて小さいくせに、全てを救いたいだなんて思ってしまうんだから”
ざわりと、また心が揺れる。
彼を見てはいけない。
これ以上、彼の言葉を聞いてもいけない。
そう言い聞かせ、彼から目を背けていた。
だというのに今日の私は彼を見てしまった。私の心が何かを叫んでいる。
まるで自分自身の内側、隠したことすらも忘れるほどの深い所に押し込め見ないフリをしていた何かが、じわりじわりと染み出してくるようだった。
私という根幹が揺さぶられる恐怖を感じた。
耳鳴りが音を強める。
ザクッ……ザクッ……ザクッ……
穴を掘る。穴を掘る。
スコップを突き刺しているのは、誰でもない。私だ。
ザクッ……ザクッ……ザクッ……
私は今日も穴を掘る。生きたかった彼らのために穴を掘る。
これが私の使命だから、穴を掘る。明日も明後日も、私はずっと穴を掘る。ずっとずっとずっと……私は、私はいつまで穴を掘る? 私はいつまでここにいるの……?
……あぁ、嫌な感覚だ。
閉じていた目を開き、首を振った。
膨張し溢れだした良くない感情を、心の深い所へぎゅうぎゅうに押し込めて蓋をする。
くだらない。この仕事は私の使命だ。先代から託された大切な仕事。
こんな事を考えてしまうなんて、きっと連日の大量業務で疲れているのだろう。
このモヤモヤも土の下へ埋めてしまえればいいのに。
そんなことを思いながら所狭と建てられた十字架の脇を歩く。
一際大きな十字架が建てられたお墓の前に着いた。
先代のお墓だ。
大病を患った先代は、体を蝕まれていたにも拘らずその苦しみの一切を感じさせない安らかな顔でお亡くなりになった。
それは傍で看取る私を悲しませまいと気遣った、先代の最後の優しさだった。
先代が旅立った後、私は彼を蘇生したいという思いに必死で堪えながら先代を埋葬した。
術を施せばまた同じ苦しみを与えてしまう。蘇生術は命と同時に病も蘇生してしまうからだ。
その時のことを思い出しながらお墓の前に跪く。祈りを捧げた。
「貴方に託されたこの仕事を、私はこれからも粛々と勤めて参ります」
目の前の十字架は、今日も静かに私を見つめていた。
チリンと表門が開く音が聞こえた。
ハッと思考が現実に戻る。
来客だ。
私はシスターとして粗雑に見えない程度の早足で、急ぎ教会の中へと戻る。いつの間にか風は止んでいた。




