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訳ありシスターと死にたがり勇者の平行線



「あぁ、光が見える……」



 今日も遺体としてこの教会に担ぎ込まれたロキは、蘇生術により息を吹き返すといつものように生を嘆いた。



「僕はまた、生き返ってしまったのか」



 その不謹慎な言葉を聞き流しながら、もう彼のことは無視しようと決めた。

 これの相手をするのは、私の精神衛生にとても良くない。


 ロキはそれなりに名の通った勇者だと、冒険者たちは口をそろえて言う。

 なんでも幾つもの偉業を成し遂げていて、そればかりか巷では人となりも真面目な人格者で通っているらしい。


 だが私は冒険者たちの話を疑っていた。恐らく同名の別人勇者でもいるのだろう。

 だってこの軽薄な死にたがりが人格者だなんて、とても信じられない。



「…………。」

「ほんとに困るよね。みんな僕のことを、放っておいてくれないんだ」



 私の返事がないと気がついたロキは、棺桶からむくりと上半身を起こす。恥じらう乙女のように肩をすくめ、顔を両手で覆った。

 指の隙間からわざとらしく私の様子を伺う上目遣いも、どこが真面目な人格者なのか。寧ろ対極に思えた。


 しかしどうやら私が口を開くまでその仕草を止めるつもりがないロキに、根負けした私は渋々と口を開く。



「まるで自分が人気者みたいな言い方ですね」

「まぁね。ほら、僕って勇者だし」

「はぁ。ご存知のように勇者の遺体を教会へ届ければ、国から褒賞金が出ます。冒険者たちの目当てはそのお金、それだけです。貴方の死体はただのレアドロップ品なんですよ」



 こんなもの道に捨てておけば良いのに。


 日々ロキの死体を拾ってはこの教会へ運んでくる冒険者たちに、この苛立ちをぶつけそうになる。

 だが、それはただの責任転嫁だ。冒険者たちは何も悪くない。悪いのはこの死にたがりの勇者なのだから。


 でも、どうしてロキはこんなにも死を求めるのだろうか。



 “なぁ、頼むよっ! こいつを助けてくれよ!”



 いつかの冒険者が放った言葉が蘇る。

 彼だけじゃない。この教会へ来る冒険者たちは、仲間の蘇生を求め必死で私に縋る。



 人は皆、生きたいのではないのか。

 シスターとして、彼らの願いに答えるのが私の使命ではないのか。


 目覚めるたびに生に嘆くロキの行動を、私は全く理解できずにいた。

 不気味にさえ思えるし、それに心がざわめいて、どうしようもなく不安になってしまうのだ。



 (……ねぇ、貴方は何度死ねば気が済むの?)


 

 不意にそんなことを思った。



「なるほど、レアドロップか。確かにそうかもね。でもさ、僕が道端に落ちているだけで皆がこぞって拾いたがるなんて、酷いと思わない? 僕はただの小石になりたいだけなのに」



 私のレアドロップ発言に何度か頷いたロキは、納得顔でそう言った。



 酷い? 彼は一体、何を嘆いているのだろうか。



「……よく分かりません」

「そう? されたくもないのに人の注目を集めてしまうなんて、悲しいことだよ。でもこれも、勇者のサガなんだろうね」



 左右に頭を振りながらそう話すロキを見ながら、私の心は沈む。

 どうしてそのサガを悲しいなんて思えるのか。やはり全く分からなかった。



 視界の端にうつるもう一つの棺桶。

 中には女性の遺体が安置されている。ロキが来る少し前に、彼女の仲間たちにより担ぎ込まれたものだった。


 この遺体のように、蘇生費用が足りず目覚めることができなかった冒険者たちがどれほどいるというのか。

 彼らの辛さ苦しさ、そして悔しさ無念さをロキは知っているのだろうか。

 何度死んでも高額な蘇生費用を国が肩代わりしてくれる勇者のサガを、彼らならば喜んで受け入れることだろう。



 ……やめよう、こんなこと考えたって不毛だ。


 私は必要情報を得るためだけに口を開く。

 勇者の蘇生後には、教会本部へ提出しなければいけない書類が山ほどあるからだ。



「では手続きに移ります。今回の死因を教えてください」



 意図的に事務的で冷たい声を出すも、他に人がいないことで調子に乗ったロキは、いつにも増してその口をペラペラと動かす。



「今日はあっちの手続き部屋には行かないんだ。まぁ、僕は移動しなくても全然構わないよ。シスターの後ろ姿についていくのも好きだけど、正面から見るシスターはもっと好きだからね」



 口を塞いでから蘇生すれば良かった。


 今更ながらそう後悔する。

 今回ロキの遺体を運び込んできた冒険者たちは、これが初めてではなく3度目だった。


 “褒賞金は後で取りに来るから”と言い残し、私が引き止めるよりも早く逃げるように教会を去っていった彼らの顔に“このやりとりに付き合うのが面倒だ”と、はっきりと書いてあったのを思い出す。


 その気持ちは大いに理解できるが、これと2人きりにされるのは勘弁してほしい。

 ロキの軽口をいちいち相手にするのが煩わしくなった私は、同じ文言を繰り返す。



「では、手続きに移ります。今回の死因を教えてください」

「死因は確か、毒キノコを食べたよ。種類は前と同じやつかな」

「はい? 同じ毒キノコを食べた?」



 開いた口が塞がらない。前回の死因だった毒キノコを、また食べた? ロキには学習能力がないのか? ……いや、わざと食べたのか、死ぬために。



「ねぇ、シスター。前から思っていたことだけど、君はどうして、僕の顔を見てくれないのかな?」



 手続きとは関係のない方向へ向かおうとするロキの言葉を聞きながら、視界の端にうつる棺桶が存在感を増していく。


 蓋がしてあるので中の遺体は見えない。

 だが私には彼女の悔しそうな表情が、ありありと浮かぶようだった。


 彼女は生きたかったはずだ。


 支払えない蘇生額に顔を歪め、自分を責めながらこの教会を後にした彼女の仲間たち。

 彼らの背中には、飲み込めない思いを飲み込まなければいけない悔しさ、本当はまだまだ共に旅を続けたかったとの想いがうつっていた。


 彼らだって、彼女を生かしたかった。彼女の命を繋ぎたかった。

 誰だってその命を繋ぎたいと思いながら生きている。


 それなのに、それだと言うのに。目の前のこの男は尊ぶべき命を何だと思っているのか。


 ぐしゃりと手に持つ書類を握り潰す。

 お望み通り彼の顔を見た。ただし侮蔑を込めた目で。



「その顔を殴りつけたい気持ちならば、常にあります」


「それはこの顔が、君の好みではないってことだよね? うーん、困ったなぁ……」



 口の中でもごもごと「結構女性からの評判はいいんだけど」と言ったロキは、ムニッと自分の顔を両手で挟んだ。頬と口が不自然に歪む。


 見事な不細工顔に毒気を抜かれた私は、込み上げていた怒りが霧散してしまった。

 頬から手を離した彼を見て深い溜息を吐く。



「はぁ。困る必要など、何もないでしょうに」



 勇者の称号を持っているロキは一般の女性から見れば、羨望の対象でしかない。加えて同名の誠実な勇者のおかげで、評判も上々だ。


 それに認めたくないが、確かに彼は整った顔立ちをしている。


 今だって常にだらしない口元を引き締めて、顔中の弛緩しきった筋肉を元の位置に戻せば、私も彼のことを好青年だと思えるかもしれない。

 あと何も喋れないように口の中へ雑巾を詰め込んで、不快な瞳を潰して、その性格を真っ当な人のそれに入れ替える処置も必要だが。


 でもシスターとして生きる私からすれば、称号や外見なんてものは何の関係もなかった。

 日々向き合う命は等しく尊い。そこに違いなんてないのだ。



「いや、すごく困るよ。一番よく思ってもらいた人に、そう思ってもらえないんだから。どうしようか、死んでも顔は変わらないしな」



 顎に手を当てながら、ロキはまた簡単に死という発言をする。

 霧散したはずの怒りが静かに戻ってくるのを感じた。抑えていた心の声が膨張していく。


 気づいた時にはもう遅かった。私は感情的に彼を非難していたのだった。


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