死にたがり勇者のルーティーン
「シシ、シスター? シスターは知らないかもしれないけどさ、そのぉ……」
私たちの攻防が一段落したのを見計らい、さっきまで壁の花だった男性が、やけにオロオロしながら声をかけてきた。
彼は勇者ロキ……正確に言えば勇者ロキの遺体……いやもうめんどくさい! 彼はロキの遺体をここへ運んできた冒険者の中の1人だ。
「なんですか?」
「いや、その、この人はさ。勇者ロキって言ってこの国のすごい勇者様なんだぜ? この前も大規模な魔物の群れを一人で討伐して、領主から表彰を受けたし。だから、あんまりそういうことはしない方がいいんじゃないかなぁ、なんて……あっ、いや何でもないです、はい」
私は未だに棺桶で寛ぎながら、「勇者として人々のために戦うのは、当然のことだよ」などと彼に返しているロキを憎らしく思いながら口を開く。
「その称号については知っています。彼はここの常連ですので」
「は? 教会の常連? さ、さすが勇者様。信心深いんだな?」
「いえ、残念ながら彼が祈っている姿は見たことがありません。あとこんな罰当たりは教会としてもお断りです。そうではなくて、蘇生の常連という意味です。因みに、今週はこれで3度目になります」
「あははっ!? 今週3度目ってそんなバカな! まだ今週が始まって3日しか経ってないってのに、そんなのあり得ないぜ」
「あぁ、全くだ。シスターも面白い冗談を言うんだな」
互いに乾いた笑いを送り合う冒険者たちを見ながら、冗談だったらどれほど嬉しいかと思う。
私がこなさなければいけない一日の仕事量はそれなりに多い。
通常業務に死体の埋葬、冒険者たちの蘇生業務とそれに伴った書類作成、また教会内の清掃奉仕などなど。
ただでさえ仕事が山積みだというのに、ここへきて1日のルーティーンに死ぬことが組み込まれた頭のおかしなこの男が毎日運び込まれるせいで、ここ最近の業務量は爆上がりしている。
深刻な睡眠不足も合わさり、考えただけでイライラする。
だというのに、その元凶のロキといえば、今もアホみたいな爽やかな笑顔でこちらを見上げていた。
蘇生した直後は死んだ魚みたいな目をしていたくせに、意味が分からない。
本当にこの勇者は何なのか。地団駄を踏みたい気持ちを何とか抑えるも、今度は彼が居座っている棺桶を蹴飛ばしたい衝動に襲われる。
しかし教会の大切な備品に、傷でもついてしまったら最悪だ。
万年火の車なこの弱小教会の帳簿から、新しい棺桶の発注費なんて、とてもじゃないが捻出できない。
そう判断した私は、スーハーと深呼吸を繰り返し、苛立った気持ちをなんとか落ち着ける。そして声のトーンを抑えながら答えた。
「冗談は言いません。私は至って真面目です。それにバカというのは、飽きもせず毎日毎日ここへ運ばれてくる、そこの能無しのために作られた言葉なのではないでしょうか?」
「え? ほ、ほんとに? 勇者様は本当にここの常連なのか?」
「嫌だなぁ、シスター。そんな嘘を広めるなんて。誉高き勇者の名に傷がつくよ」
「はっ、なんだ。やっぱり嘘じゃないか! 全くシスターも人が悪いぜ」
口を挟んできたロキの言葉を聞き、なぁんだと肩の力を抜き仲間内で顔を見合わせる冒険者たち。
しかし次のロキの言葉で、そんな彼らの表情はピシリと凍りついた。
「僕はここの常連じゃなくて、君の常連のつもりなんだから」
「……お分かりのように悪いのは私ではなく、これの頭です。ですので最初の質問に答えるのであれば、この対応で問題ありません。あなた方もこれに払う敬意など、米粒ほども必要ありませんよ。そんなもの、その辺を彷徨いている犬にでも食べさせた方がマシなくらいですから」
私の言葉に何が楽しいのか、ロキは二ヘラと口元を歪ませる。
「仮にも世界のために身を捧げている僕に対して、彼女はいつもこうなんだ。酷い言いようだと思わない? でもこれがまた意外と嫌じゃないっていうか、逆に癖になるんだよね」
これが勇者だなんて、この国の未来は大丈夫なのだろうか。
当事者であるただ1人を除いた共通認識をこの場の誰もが持ちながら、蘇生後の事務手続きが淡々と行われたのだった。




