死にたがり勇者の目覚め
「はぁ、また僕は生き返ってしまったのか。今度こそ死にたかったのに、残念だ……」
彼の瞳は汚泥のように濁っていた。
ゆっくりと瞼を開いた彼は、生きることを放棄したその薄暗い瞳で天井を見つめながら、やる気のない声を出す。
それは私に向けて発した言葉ではなく、独り言のように思えた。
“生き返ってしまった” “今度こそ死にたかったのに”
彼のその言葉が、私の脳内でぐるぐると回る。
それもそのはず。この勇者を蘇生したのは、他でもないこの私だからだ。
私はシスターとして命を救うこの勤めに誇りを持ち、日々粛々と務めを果たしながら一人この教会を守っている。
本来であれば、死の淵から呼び戻され再び生を取り戻したものが最初に発する言葉は、神へ捧げる感謝であるべきだ。
あまりにも不謹慎な彼の発言に、怒りを感じずにはいられなかった。
加えてこの男は、いったい何度死ねば気が済むのか。
冒険者たちに発見された彼の遺体がここへ運ばれてきた回数なんて、とっくに数えるのをやめた。
私の心のイライラゲージは限界を突破し、現在進行形で最高値を記録している。
しかし彼はというと、そんな私の心情などまるでお構いなし。気づけば蘇生儀式のため、遺体として安置されていた棺桶に寝転んだ体勢のまま寛ぎはじめていた。
そして顔中の筋肉という筋肉の全てを弛緩させ、だらしない表情でこちらを見上げる。
私と目が合うと、何故か再び瞳を閉じた。
そして不自然に口を窄める。
寝起き1番の彼の奇行に虚をつかれ、私はつい問いを投げかけてしまう。
「……それはいったい、何をしているのですか? お目覚めでしたら、サッサと起き上がってください」
「何って、君からのおはようのキスを待っているだけだけれど?」
「その頭と口が機能するのでしたら、意味の分かる言語を発してください」
聞かなければよかった。
3秒前の自分に後悔を抱いていると、何度か体に力を入れる素振りを見せたロキが、全身の力を抜き諦めたような顔で私を見た。
「おかしいな……。さっきからうまく立ち上がれないんだよ」
「え? そ、そんなはずはありません!」
「なんだか体にも力が入らないし、困ったな。ねぇ、シスター、これはどうすればいいんだろう?」
まさか、蘇生を失敗してしまった!?
最悪の事態が頭によぎる。いつも通りにしたはずだが、気づかないうちに何かを間違えてしまったのかもしれない。
どうしよう! 早く対処法を調べなければ!
かつてない事態に狼狽える私とは対照的に、なぜか笑顔を見せた彼は言葉を続ける。
「でも安心してよ。君の口付けさえあれば、僕はまた立ち上がることができる。それに魔王だって倒せる気がするんだ」
「…………はい?」
時間差で彼が少し前の言葉を言い換えただけだと気付いた私に、ふつふつと新たな怒りが湧き上がる。
再び目を閉じ口を窄めた彼の呑気な顔を、鈍器で殴りたいとシンプルに思った。
そして丁度いいことに、私は聖書を手にしていた。蘇生の儀式で読み上げていたものだ。
本能のままに、聖書をグイッと持ち上げる。
分厚いのでかなり重量があるが、両手でしっかりと構えながら言葉を返した。
「よく分かりました。どうやら貴方はもう一度、深い眠りにつきたいようですね」
「ま、待って、騙したことは謝るよ! だからその重そうな本を下げてくれないかな!? そんなの当たったら危ないよ!?」
「それが目的ですが何か?」
「いやいや! 下手したら死んでしまう……ん? まてよ。シスターに殺して貰えるなら、最高なのかもしれない」
何故そうなる?
彼の思考は、いつだって理解ができない。
というか、彼はいつまでこの棺桶に居座る、もとい寝そべっているつもりなのだろうか。
この無駄な時間が過ぎていく間にも、やらなければいけない仕事は溜まっていく一方だ。
それもこれも、この勇者のせい。
勇者蘇生後に協会本部へ提出しなければならない書類量は並の冒険者の比ではないのだ。うん、やっぱり彼には永眠してもらおう。
「他に言い残すことがないようでしたら、宜しいですね?」
一発で彼の頭を仕留められるポジション取りをしていると、彼が酷く慌てた声を出す。
「起きたっ! ほら、ちゃんと起きたよ! だからその物騒な本を、下におろしてくれるかな!?」
「起きるのではなく、起き上がってください。また貴方が今後、私の仕事を無闇に増やさないと誓っていただけるのでしたら、この手を振り下ろすか否かを一考することも、やぶさかではありません」
「考えるだけで、振り下ろすのをやめるとは言ってくれないんだね」
「残念ですが、時間切れです」
「え、時間切れって何のこと?」
何ってそんなの決まってる。
「私の心の忍耐力と二の腕の筋力、あと貴方の命です」
思いっきり彼へ向かって聖書を振り下ろす。
「おわぁっ!?」
しかしその手を彼の顔ギリギリで止める。
どんなに怒りが込み上げようとも、私には尊い人の命を奪うことなんてできなかった。
あと神聖な聖書が彼の血で穢されるのも嫌。
「……どうして避けなかったのですか?」
悔しいことに、彼は棺桶の中からピクリとも動かなかった。
口ではあんなに動揺していたくせに、その顔色は涼しい。
「シスターからは、全く殺気を感じなかったからね。避ける必要がないと思ったんだ」
当たり前のようにそう言い放った勇者は「それに君から貰えるのであれば、例えそれが痛みや絶望だとしても、僕は全てを愛おしく思うよ」とつけ加え、言葉の終わりにほほ笑む。
ゾクリと背中に電流が走った。
理解できない彼の思考にたじろぐ。
後ずさりして距離をとった私は、なるべく彼の顔を見ないようにしながら、胸に抱える聖書を持つ手に一層の力を込めたのだった。




