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11/13

訳ありシスターの中身



「じゃあ行こう、シスター」



 懺悔と共に冷たい地面を見つめる私の耳に聞こえてきたのは、この事態を引き起こした張本人であるロキの声だった。


 ハッとして顔を上げる。

 邪気のない笑顔で私を見る、ロキと目が合った。

 


 ……元はと言えば、ロキのせいだ。 



 じくじくと、粘度の高い怒りが湧き上がる。

 後悔と悔しさで溢れていた涙が、悔しさと怒りが混ざったものへと変わった。



 そうだ、彼が私の平穏を壊した。

 私はここで慎ましく暮らしていただけなのに。

 ただそれだけだったのに、急にやってきたロキは、私の全部をぶち壊した。


 彼のせいで大切な居場所を失った。

 その憎しみが溢れ出る。



「よくもそんなことが言えますね!? 勝手に秘密をばらして、私から教会を奪ったくせにっ!」

「そうだね。君の怒りも悲しみも、当然だと思う」

「当然!? ふざけているのですか!? 貴方は私の全てを壊したんです! 貴方のせいで私は、私はっ!」


「ここにいる理由がなくなった?」


「……っ!?」



 ロキの言葉に、声が詰まる。



 (……私がここにいる理由?)



 彼は何を言っているのか。

 シスターとしてここで生まれ育った私は、この教会に勤めるのが当然だった。

 正体を隠し、村人たちを陰から守り、冒険者を蘇生して、埋葬する。

 それが当たり前の毎日。私のやるべき使命と思い生きてきた。


 シスターだから、この教会を守ってきた。シスターだからこの場所にいられた。


 ……違う。シスターじゃなければ、この場所にいられなかった。

 私はこの教会にいるために、シスターだった?


 

 でも教会を追い出された私は、もうシスターではない。


 シスターではなくなった今の私は、いったい何者なんだろう?



 魔獣とは違う魔の物?

 魔族の小娘?

 蘇生術が少し得意な独り者?



 どれも抽象的で、私を表すには心許ない。


 教会を失った私は、自分のことが分からない。




 ……そうか。私が失ったのは、私自身だ。




 虚無感に襲われ、私という輪郭が薄れていく。

 私は自分の価値を、シスターという皮で形作っていたのだと唐突に気づいてしまった。


 その皮を剝がされた私の中には、確たるものが何も残っていない。今の私は空っぽだ。


 

 この世界から遠ざかっていくような、心細さを感じた。


 地べたにへたり込んだまま、空を見上げる。


 冷たい夜空には少しだけ傾きを変えた月が、中地半端に欠けたままの姿で浮かんでいた。






 目の前にスッと右手が差し出される。



「シスター、僕と一緒に行こう」



 茫然と夜空を見上げていた私は、ロキの声につられて意識を戻す。

 だが無理やり思考が切り替わった弊害で、ぼんやりとしたままの頭では、言葉の意図が理解できなかった。



「え? い、行くってどこへ?」


「ふふっ、シスターは面白いことを言うんだね。君は忘れてるだろうけど、僕はあの有名な勇者ロキだよ。向かう道は決まってる。この国を救う未来だ」



 ロキは、ふわりと笑う。

 彼の瞳には、辛うじて涙が止まっているものの、酷く不安げな表情の私が映っていた。


 自分の内面が映し出された顔を突きつけられた私は、反射的に背中を反らし彼から距離をとる。

 しかし画角が広がったことで、今度はロキの顔を直視することとなった。 


 ザワリと、心が大きく揺れる。



 ……あぁ、またあの感覚だ。

 


 今の私が必死で守っている何かが、壊れてしまいそうな恐怖を感じた。

 怖い。これ以上、ロキの顔を見たくない。


 ザワザワと揺れ、溢れだしそうになる何かを、いつものように心の奥深くに押し込める。



「……私がここへいられなくなったからと言って、貴方についていく理由にはなりません」



 自分に対しての恐れを、ロキへの拒絶に転換して口を開いた。

 正体をバラされ、生まれ育った教会を失い、そして自分自身を見失った今の私はぐちゃぐちゃだ。


 お願いだから、これ以上私の心を乱さないで。



「今の答えは僕の誘いを断る理由にもならないよね。それに何度断られたとしても、僕は君を諦めるつもりはないから」



 見たくない。

 見たくないはずのに、私はロキから目が離せない。



「いい加減しつこいですよ。いつまでその冗談を続けるつもりですか?」


「言わなかったかな。僕は君に嘘なんかつかないよ。今までも、これからだってずっとそうだ。必要なら神に誓ってもいい」



 ザクッ……ザクッ……ザクッ……



 誰かが土にスコップを突き立てている。


 こんな時間に誰が穴を掘っているというのか。

 そんな人、いるわけがなかった。



「……貴方は勇者です。わざわざ偏見の残る魔族など選ばずとも、大勢の女性が貴方に選ばれたいと思っています。私に拘る意味なんて何も無いでしょう?」


「そんな悲しいことは、言わないで欲しいな。僕が望むのは君だけなんだ。君が分かってくれるまで、何度でも惜しみなく言葉を尽くすよ」



 ザクッ……ザクッ……ザクッ……



 これはいつもの幻聴だ。

 早く消えてほしいのに、音量は増していく。



「貴方の答えも質問の答えにはなっていません」


「君がこの手をとってくれたら、答えを教えてあげるって言ったら?」


「それは……」



 差し出されたロキの右手を見ながら、口をつぐむ。

 自分自身のことも見失っているのに、何故彼に望まれているかなんて、分かるはずもなかった。



 ザクッ……ザクッ……ザクッ……



 耳鳴りがうるさい。

 どんどんと近づいてくる音は、自分の中から聞こえているものだと分かっていた。

 



「答えを焦らせてしまったみたいだね。君にも考える時間が必要だろうし、少し話を変えようか。……そうだ、そういえばさっきの話で、君の種族が分かったよ。シスターはもう、知っていることだったかな?」



 心臓部の鼓動が早まる。


 私は何者なのか。ロキはその答えを知っている。



 (知ってはいけない!)



 誰かが叫んだ。


 怖い。何かが壊れてしまう予感がした。


 恐れを耳鳴りが覆っていく。


 代わりに聞こえたのは、真逆の声だった。


 知りたい。


 心の奥で疼くものの、正体を知りたい。

 

 私の中身が、空っぽなんかではないと思いたい。


 その渇望に抗うことは出来なかった。



「……ぜひ、教えてください」


「もちろん。君のその特徴的な角と尻尾。加えて死霊術や蘇生術といった、人の魂の扱いに長けた能力。これらから判断するに、シスターは間違いなく“悪魔族”の類だと思うよ」




 ドクンッと、心臓が跳ねた。



「……私は、“悪魔族”?」



 一気に押し出された血流が、ずっと求めていたものを得られた喜びと共に、体中を駆け巡る。

 それは心の奥の奥にまで浸透し、空白だった場所を満たした。



 ザクッ……ザクッ……ザクッ!



 一際深く抉る音を残して、耳鳴りが消える。


 突き刺さった心の深部から、ジワリジワリと何かがあふれ出すのを感じた。



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