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訳ありシスターの通常業務



「はぁっ!? 10万ゴールドだと!? ふざけてるのかっ!?」



 私から提示された予想外の金額に、4人の男たちは怒りをあらわにしていた。

 その内の一人はバッと私へ詰め寄ると、「バカにするのもいい加減にしろっ!」と声を荒げる。

 また別の男は、ガツンと壁を蹴り私を威嚇した。


 彼らは絶命した仲間の遺体を背負い、たった今この教会へ飛び込んできた冒険者だ。


 いまだに荒い呼吸を繰り返す彼らは、装備の損傷が激しい。

 また自身の体も傷だらけで酷い状態だった。命を落とした仲間のため、自らの怪我の悪化を顧みず、この教会まで全力で走ってきたことがわかる。



 (……まぁ、普通に高いよね。)



 思ったことがつい表情に出てしまったらしい。

 リーダーと思われる男が私へ詰め寄り、その眼光を強めた。彼の顔にはこめかみから顎にかけて、ざっくりと古傷が入っていた。


 他の三人もお世辞にも爽やかとは言い難い。

 はっきり言ってしまえば、かなり凶悪な顔で私を睨みつけていた。

 彼らが発する敵意と殺気は、泣く子も黙るどころか、気の弱い人間であれば泡を吹いて失神してしまうかもしれない。


 しかし、残念ながら私はプロだ。

 これまでも幾度となく、このような修羅場をくぐりぬけてきた。


 それに陰湿な村人たちの態度に比べれば、事情を知らない彼らの方がずっとマシだった。

 彼らは私をただの教会職員として捉え、まっすぐな怒りや憎悪を向けてくる。


 その怒りや思いも理解できた。

 今はまさに、大事な仲間の命を呼び戻せるか、このまま死を防ぐことができないかの瀬戸際なのだ。それもお金の問題で。



 私は姿勢をただし、スッと息を吸い込む。

 そしてこちらも言い分を曲げる気はないという意思を示しながら、もう何度繰り返したか分からないほど擦り切れた文言を口にする。



「申し訳ありません。繰り返しになりますが、蘇生費を払っていただかなければ、蘇生することは出来ません」

「そんなの分かってる! なんでこんなに高いんだって聞いてるんだよっ!」



 そう凄んだ男の目から、私は視線をそらさず説明を続ける。



「ご存知の通り、この村は魔境の奥の奥にある僻地です。蘇生に必要な札を協会本部から転移するにも、莫大な費用がかかります。決して他意はありません」



 だがこの男は、到底納得のいかぬ様子だった。私へ更に顔を近づけ、圧を強める。



「こいつは俺たちの大事な仲間なんだ! こんなところで死なせるわけにはいかねぇ!」

「申し訳ありません。蘇生は出来ません」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、蘇生しろって言ってるんだっ!」

「何度言われても同じことです。あなた方だけを特別視することは出来ません」


「そうか! じゃぁ、力づくで分からせてやるよっ!」



 男は鞘から剣を引き抜く。剣の柄を両手で掴むと、その腕を振り上げ頭上で構えた。



「今すぐ蘇生しろ! 言う通りにしなければ、こいつでお前を叩ッ斬る!」



 それは脅しではなかった。

 ハッと息をのむ。彼の剣は今にも私の頭を砕こうとしていた。

 私は内心の怯えが表情に出ないよう必死でこらえ、まっすぐに彼を見据える。



「蘇生は出来ません」

「なんでだよっ! そんなの、あんまりじゃねえかっ!」

「……できません」

「なぁ、頼むよっ! こいつを助けてくれよ!」

「……申し訳ありません」



 答えが変わらないことに耐えかねた男は、その剣を私の頭部へと振り下ろす。



「これでもできないってのかっ!?」



 しかしその剣は、私の頭ギリギリでピタリと止まる。



「……私の答えが変わることはありません。また例え私を殺しても、あなたの仲間が戻ることはありません」



 フルフルと震えた後、項垂れた男の手から剣が離れる。

 床に落ちた剣は、冷たく硬質な音を教会内に響かせた。



「くそっ、くそぉ……」



 言葉にならない想いを吐き出した男は、その場に崩れ落ちる。小さく嗚咽を漏らしはじめた。


 後ろにいた仲間たちはそんな彼に近づくと、そっと肩に手を乗せる。

 彼らもまた、共に旅をしたかけがえのない仲間の死という、受け止めきれない思いに顔をゆがめていた。その目から落ちる涙は、彼らの悔しさ無念さとともに頬を伝う。



 そんな男たちを見ながら思う。

 傷だらけの鎧は、ここまでの彼らの旅の過酷さを物語っていた。

 私へ剣を向けた男の装備は、特に損傷が酷い。しかしそれは顔の古傷と同じく、彼がそれだけ仲間をかばい戦ってきたのだという証に思えた。


 さっきの行動も、なんとかして仲間を蘇生させたいとあがいた故の結果。

 きっと本来の彼は、人に武器を向けるような人間ではないのだろう。


 運び込まれた遺体を見る。そして悲痛な表情を浮かべる彼らへと、視線を戻した。敬意を込めて語りかける。



「お亡くなりになった彼もきっと、あなた方と共に最後の時を過ごせたことを、誇りに思っていることでしょう」


「……すまなかった」



 一人の男が私を見て、そう弱弱しい謝罪の言葉を返す。

 残りの3人はというと、仲間の命をつなぐことができなかった罪悪感と不甲斐無さから、目線を床へ落としていた。



 貴方達は、悪くない。

 そんな顔だって、する必要なんてないんだよ。


 口に出せない思いを、私は心の中だけに吐露した。


 蘇生しない。共に戦ってきた仲間の命をここで見捨てる。

 そう苦渋の決断を強いられた彼らを、誰が責めることができるだろうか。

 少なくとも私にはできない。


 彼らのこの苦しいだけの時間を、少しでも短縮してあげたい。

 その思いから、私は私にできる事務的な処理を進めた。




 暫くして、彼らの悲しみが落ち着いたところで静かに問う。



「僭越ながら最後のお見送りとして、お祈りと埋葬をさせていただきたいと思いますが、宜しいでしょうか」


 彼らの心の重さを減らすためだけに紡がれた私の提案に、男たちはほんの僅かに、その表情を緩める。



「あぁ、頼むよ。こいつも救われるだろう」



 私も柔らかな笑顔で言葉を返す。



「ではこの後のことですが、ご遺体につきましてはこちらで処理をいたします。あと彼が身に付けている装飾品などは、どういたしますか?」

「そうだな、それは形見として持っていくよ。あいつのこと、忘れたくねぇから」


「承知いたしました。それでは手続きに移りますので、こちらへどうぞ」



 私は、いつものように右手をサッと伸ばす。

 流れるように奥の手続き部屋へと、彼らを案内した。



 これが私の日常であり、私の使命であった。

 



 ※ ※ ※ ※ ※  ※ ※ ※ ※ ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※




 深く頭を下げ、手続きを終えた彼らを見送る。


 扉が閉まったのを確認し、これからの予定を考えた。


 まずは(ご遺体)へお祈りの言葉をささげよう。

 そう思い、遺体の入った棺桶に手をかけようとした矢先、チリンと来客を告げるベルが鳴った。



「シスター! いるかーッ!?」



 野太い声とともに閉まったばかりの重い扉が開く。

 数人の冒険者たちが新たな遺体を担ぎ、駆け込んできた。


 私は気を抜いていた背筋を伸ばし、姿勢を正す。

 先の冒険者たちを見送ったばかりで少し疲れてはいるが、命を扱う神聖な教会で働く身として、疲労を理由に手を抜きたくはなかった。


 顔を引き締め、また口元には神職らしい穏やかな弧を描く。

 シスター服のフードを頭から被っているので、どうせ見えないだろうけど。これは誠意と礼儀の問題だ。


 しかし、目の前にドサリと降ろされた遺体を見て、私の気持ちは急降下する。

 なぜならそれが、嫌というほど見覚えのある人物だったからだ。



 ……またか。

 またこの男は、飽きもせずに死んだのか。



 遺体の身元が死にたがり勇者のロキだと分かってしまった私は、フードの端を掴む。

 そしてグイっと下方向へ引っ張ることで、無意識に寄せてしまった眉間の皺と引き攣った口元、そして心の苛立ちを隠そうとしたのだった。




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