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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第29話 深淵に揺蕩う世界

 黒い球体があった。


 大きな球体だった。


 右から見ても左から見ても上から見ても


 それは球体だった。


 その球体は、古のドワーフ族が創り上げた最古で最高で最強の兵器。名を軍神の矢。


 それは、軍神が生み出した神器ではない。それでもその名は、『軍神の』矢。


 嘗て、神がいた。その神は、新しい世界が欲しいと月の横に小さな星を創った。


 海を創り、緑を植え、生命を連れていき、神が創りしその星は、一つの世界となった。


 文化があった。命があった。しかし、友がいなかった。


 創るのに飽きた頃、星を創った神は思った。


「寂しい」


 だから、神は帰ろうとした。産まれた星に還ろうとした。


 彼は、気づいてなかった。消えるその瞬間まで気づくことはできなかった。


 星が、彼だったということに。


 彼自身が、創り上げた星になっていたということに。


 彼は――星は――還ろうと――落ちようと――


 創られた星が落ちる。偽物の星で創られた怪物たちと共に。


 星が落ちれば、星が終わる。


 だから、彼女は立った。黒き巨大な球体の上を持ち出して、怪物たちに、星に、彼女は立ち向かった。


 そして、彼女は神が創った星を壊した。その球体で、その矢で。


 球体の名は軍神の矢。星を砕く神々が誇る兵器。それを手にすれば、どんなところにいてもどんな相手でも砕くことができる最強の兵器。


 陽の光に照らされて、巨大な球体のひびが姿を現した。数か月前には真っ二つに分断されていたその球体は、今ではひび一本だけの傷しか残っていない。


 オリハルコンは生体金属。増殖と再生の機能を有する金属。その球体は、治ってしまったのだ。


「キュアアアアアア!」


 無数の竜が鳴いている。


「ブルルル……」


 無数の天馬が嘶いている。


 並ぶ。


 無数の者たちが並んでいる。


 球体を中心にして、二つの軍勢が向かい合っている。


 西方。軍神の城を背に並ぶ軍勢は、軍神と魔神に属する軍勢だ。


「魔神の軍勢から先行部隊が合流してもこれだけか……まぁ、文句はいえないか」


 軍神と魔神の連合軍。大将は、現七神の長神の知アルトス。椅子に座り、高き丘より軍を見回している。


 ――これは


 ――これは何だ


「子を成すことが数を減らすことになる我々が、愛を捨て恋を捨て、辛うじて残してきた数万の神。それが今や千余りしか残っておらん。私利で争えばこうなるとわかっていたからこそ、私欲で生きればこうなるとわかっていたからこそ、我らは全てを捨て戦争を創り上げたのだ。それが……許せん!」


 巨大な爪。巨大な身体。七神が一、神の爪ルクシスが怒りの表情を前に向ける。


 空気が揺れる。地面が震える。神の怒りは、世界を揺らす。


「その勝手に創り上げたもので俺たちはいくつの命を失ったか。いくつの生を失ったか。何が、何が主だ。結局、作り直すしかできないくせに。お前たちは案山子だ。お前たちは人形だ。お前たちは、ただのモノだ。お前たちの手から世界を取り戻して見せる」


 長剣を掲げ、叛逆者は吠える。エルフの戦士ハルトルートは前を向く。今の世を受け入れられない神々とその他の種族を連れ、神ではない彼は先頭に立つ。


 叛逆が始まるのはいつの時代も奴隷からだ。奴隷の、エルフの彼の剣は綺麗で、強くて。


 ――――何だこれは


「流石に上段は言えないね。でも、言おう。本気か? お前たちがしていることは、上辺だけだぞ。十階位に至った七つの神器を集めればそれでいいというわけではないことは、理解できているはずだろ。もう一度言おう。本気か?」


 小柄な身体ながら発する空気は重く。神の眼ネレウスが遠く対峙する敵軍に問いかける。


「本気ですよ。私たちはできる。成長のために創られた戦いしかない世界を終わらせることができる。私たちは、答えを知っている。答えを持っている。私たちが準備してきた数百年は、その答えのために」


 足を艶めかしく伸ばして、神の徒であるハルティアがその問いに答える。遠く離れた距離であっても、神にとって、彼らにとって会話に支障はなく。


「答え……答えか。ハルティア、君は聡明な女性だ。もしかしたら、君の答えは世界が出す答えなのかもしれない。だが、だがねハルティア。その答えが、正しいというわけではないんだよ」


 残った一本の腕を、右腕を、アルトスはゆっくりと上げた。


「正しいか正しくないか、そんなものはどうでもいい。僕らは、取り戻すんだ。平穏な世界を。元通りの世界を。誰に管理されるでもない世界を」


 ハルトルートが持つ長剣の柄がかちゃりと鳴った。


 構える両軍の兵。構える両軍の神。構える両軍の、すべて。


 緊張が走る。


 ――――――なんだ、これ


「神の矢を決して奴らに渡すな! あれは、決して我らに向けられてはいけないものだ! 平和のために! 次の世界のために! いけぇぇぇぇぇ!」


「残りはあとわずかだ! 殺せ! 神の矢を奪え! 僕たちは勝利しなければならない! 平和のために! 次の世界のために! 行くぞぉぉぉぉぉ!」


 号令と共にアルトスの、ハルトルートの手が落ちた。それと同時に、そこら中から怒号があがった。


 雄叫びだ。叫び声だ。唸り声だ。


「オオオオオオオオオオオオオ!」


 両軍全ての者たちが駆けだした。舞い上がる土埃に乗って、声に乗って、それぞれの意志が、意地が、天へと昇っていく。


 これまで何度戦いがあっただろう。何度戦争があっただろう。


 幾多の未来を奪って、幾多の過去を断ち切って、彼らが、神々がようやくたどり着いた今。これが『最後』だ。


 後世に残った書物に書かれている。この戦争こそが、最後の戦争だと。


 即ちこれが『最終戦争』。世界が終わる戦争。世界が始まる戦争。


 終焉、破壊、創造。


 揺れる。


 揺れる揺れる。


 ゆれるゆれるゆれる。


「次の世界のために!」


「次の世界のために!」


 もはや、ここは深淵だ。ある若者の頭の中で始まったモノが、どうしようもなく、どうしようもなく深きところまで落ちてしまったのだ。


 なんどめか


 なんどめだ


 なんど


 世界はもう壊れている。世界はもう形をとどめることができなくなっている。


 深淵に揺蕩う世界は、もはやその状態を保つことしかできない。


 もし


 もしその形を取り戻したいと言うのならば


 壊すしか


 『壊す』しかない。


「さぁ――――」


 最後だ。


 『最期』だ。


 これで――――


「――――おわり」

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