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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第22話 ラスデリア

 雪が降り、大地が凍る地にある森の奥に、そこはあった。


 『奴隷商人の町ラスデリア』


「お兄さん! どうだいここにいる子は! 綺麗だろう? どれでも金貨三枚で持ってっていいよ! 軍神の国の金貨も使えるよ! どうだい!」


 全ては選択である。


 そうなったということは、そうなってもいいと思い行動したから、そうなったのだ。


 彼らは、自分でこうなることを選んだのだ。


「雌よりも雄の方がいいかい? そういう商品もちゃんとあるよ! うちは母体が優秀だからね! たくさん商品はあるよぉ!」


 道があった。沢山の道があった。道は絡まり、枝分かれし、前へ前へと伸びている。


 どの道を行くのも自由だ。道の先も見ればそれなりに見通せる。


 先に何があるか、どの道を行けばどうなるか、どの道がいいか、ある程度は見て進むことができる。


 進み方も自由だ。歩いて行こうか、走っていこうか、馬車でいこうか、飛んでいこうか、後戻りしようか。


 道を選ぶのは、自由だ。


 だから、彼らがこうなったのは彼らのせいだ。


 自分たちがこうなっているのは、自分たちのせいだ。

 

 だから


 かれらは


「ねぇそこの大きなお方! 私は歌うことができます! たくさんの歌を知っています! 文字も読めます!」


「私は踊ることができます! 踊り子としての素質があるってご主人様に言われました! きっと満足していただけます!」


「私は―――!」



 ――――奴隷なのだ。


 

「ふざけるな! それで売ったのかお前は!?」


 怒号が響く。窓ガラスが声で揺れている。


 顔を歪ませ叫んでいるのは肥えた男。男の背にあるのは小さな白い翼。


 天使種だ。


「も、申し訳ございません! 何しろ武器を持っていましたので!」


 太った天使の怒鳴り声を叩き付けられているのは細身の男。彼の背にも白い翼。


 気弱そうな顔を曇らせて、細身の天使は冷たい汗を流しながら太った天使の怒りを受け止め続けている。


「馬鹿者が! 何体のエルフがやつらにとられたと思っているんだ!? これでは我々の商品が無くなってしまうだろうが!」


「し、しかし、資金が……」


「資金で負けているからと黙って降りる者がいるか! 競り勝ってしまえば金はあとでどうとでもなるんだよ!」


「も、申し訳ございません会長……!」


 太った天使は、豪華な服を着ている。黄金散りばめられた赤い服。首には水晶のネックレスが輝き、腕には七色の宝石がはめ込まれた腕輪がある。


 彼の名はヒラル、奴隷商人たちを束ねる奴隷商会の会長である。


「この馬鹿者がぁぁぁ!」


「ひぃ!」


 机の上にあった赤い酒が入ったグラスをヒラルは細身の天使に向かって投げつけた。グラスは宙を飛び、細い天使の頭の上を越えて、壁にぶつかって割れた。


 壁に掛かっていた獣の毛皮が酒で真っ赤に濡れる。毛より滴る赤い液は、高級そうな絨毯に落ちそのまま染み込んでいく。


 豪華。豪勢。贅というモノが詰まった部屋が、ヒラルの怒りで汚れた。


「オークションを取り仕切ってるのは誰だ。あいつらに二度と奴隷を買わせないよう言い聞かせてやる」


「しかし会長……あいつらは神種です……神を出禁になど……!」


「わかっとるわ馬鹿者がぁぁぁぁ!」


 まともな思考とは、まともな精神状態においてのみ、持つことができるものだ。


 怒りと憎しみ。聖典において神の使いとされる美しき天使でさえ、黒き感情の前では醜悪さを見せる。


 ヒラルは酒の入った瓶を眼の前にいる細い天使に投げつけた。高価な酒の入った瓶はガラスでできていたが、簡単に割れるようなものではない。


 頭に瓶を喰らった細い天使はそのまま地面に倒れた。酒と血が、絨毯を汚す。


「はぁはぁ……あいつらは、なんなんだ。突然現れて、エルフたちを片っ端から買いあさって……はぁはぁ……奴隷商会の会員たちも、やつらの金に転びどんどん抜けていっている……この町の長は、私なのだぞ……はぁはぁ……」


「うう……か、会長……」


「エルフの解放でも画策してるのか……? 町の外は魔獣で溢れている……ただ逃がせばそれでいいわけではない……首輪を外したとしても、やつらだけではこの町からでることなどできんのだ……」


「うう……」


 肩で息をしながら、ヒラルは考える。今この町に起こってる問題を。今自分に振りかかっている問題を。


 ヒラルは考え込みながら机に手を伸ばし、酒を飲もうとしたが、酒の入った瓶もグラスもすでに地面にあることに気付きその手を引っ込めた。


「おい、やつらがどこで宿をとっているか、わかるか?」


「は、はい……町はずれの家を一軒……買い取って住んでいるそうです……」


「やつらを含め……この町にいる奴隷商たちで、持ち出しを許されている者はどれだけいる?」


「30名……繁殖所の者もいれてですが……」


「…………明日。晩餐会を催す。許可証を持った者たちすべて、屋敷に招待しろ」


「は……は? いや、お待ちを……何故、突然。最近客が来ず、仕入れもできておりません。そのような大きな晩餐会など……」


「……馬鹿者」


「は……?」


「馬鹿者がぁぁぁぁあ!」


 怒号が響く。大きな大きな怒りの声が響き渡る。


 奴隷商の町の長ヒラル。怒りのままに声を張り上げる彼の顔は、醜く、醜悪で、天使に似つかわしくなくて。


 怒り。憎しみ。恐怖。欲望。悦び。哀しみ。


 全てがこの町にはある。全てがこの町を形どっている。


 ラスデリア。それは、精霊の町という意味の名。嘗てエルフたちが静かに暮らしていた故郷の、名。


 選択の結果だ。全ては自由の結果だ。


 自由。かつて、この地にいたエルフにはそれがあった。彼らは自らの意志で戦わないことを選んだ。自らの意志で殺さないことを選んだ。


 結果だ。これがその『結果』だ。


 何が足りなかった?


 何が必要だった?


 何があればよかった?



 ――――何があれば、この結果にならなかった?



「てめぇらが弱ぇから兄貴が死んじまったんだろうが。泣いたところで何が返ってくるっていうんだ。あ?」


「うう……」


 エルフの少年と、少女。町の中。大きな屋根の下。パンをかじりながら泣く子供たちに、事実を告げる赤錆の騎士。


 彼の手にあるのは白い札。神々の文字が刻まれたその札は、奴隷所持許可証。


 この町を自由にあるける、奴隷商の証。


「ちっ……ご主人様とやらにとっとと合わせろ。こっちは時間がねぇんだ」


「ふぐっ……はい……」


 幼い兄妹は涙の溜まった目を擦りながら歩き出した。彼らの後ろを、ゆっくりとついて行く大槍を持った大柄の男。


 彼らは歩いた。石畳の道を歩いた。彼らの進む道は、小高い丘の方へと続いていて。


 歩くということは、進むということだ。決めると言うことは進むということだ。


 何が足りなかったのか。何が足りてなかったのか。何が必要だったのか。


 ――道はまだ、続いていた。

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