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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第20話 エルフ

 白い肌に、長い耳。


 森の中に、彼らはいる。


 『エルフ』


 彼らは、森に生きる。森の中で、弓と短剣を手に、日夜獣を狩ったり、森を開いて作った畑で作物を耕して生きている。彼らは、自然を喰らい生きているのだ。


 誰かが言った。彼らは、世界で最も優しい種族であると。


 彼らは、自らが生きるため以上の命を奪ったりはしない。彼らは、他の誰かを私利私欲で殺すことはない。


 故に、彼らは拒否した。


「我らは神々の戦いに参戦することはない。我らは、戦士にはなれない」


 魔神と軍神。世界を二分する神々。二神が起こした神のための戦いを、彼らは拒否した。


 己が為に、神を拒否した。


 その選択は、なんとも崇高で、なんとも誇り高くて、なんとも強くて


 なんとも 愚かで


 彼らは――――彼らは選択したのだ。


 戦わないという選択をしたのだ。


 世界を繋げるための戦いをしないという選択をしたのだ。


 700万と50。その時生きていたエルフ種の総数。


 男、女、大人、子供、老人。


 その全てが――他種族の下に――他種族の奴隷となった。


 戦わないのなら、それ以外で世界に貢献すべし。


 魔神が言い出したのか、軍神が言い出したのか、それともその配下の神か。


 彼らはもう、森には帰れない。


 彼らはもう、選べない。


 彼らはもう、彼らではない。


 古の昔、神を否定した愚かな種族、『エルフ種』


 彼らはもはや、人形だ。


 世界に生きる全てのエルフはもはや、人形だ。


「違う!」


 黄金の男が、いくら否定しても


「俺たちの身体は俺たちのモノだ!」


 黄金のエルフが、いくら否定しても


「俺たちの心は俺たちのモノなんだ!」


 黄金色のエルフが、いくら叫んでも


 彼らは、もう二度と、誇り高き選択をすることは――――


「やめろ! 隷属に慣れるな! 隷属に居心地の良さを感じるな! やめろ! やめろぉぉぉぉ!」


 奴隷の子でありながら『あの方』に拾われ、戦士として育てられたエルフの戦士ハルトルートは、叫ぶ。


 届くはずのない叫びを、仲間に向かって叫ぶ。


 ご主人様を見て、顔を赤らめる母親に向かって叫ぶ。


「……いらない」

 

 こんな世界はいらない。


 こんな母親はいらない。


 肩に、手が置かれた。優しい手だ。暖かい手だ。


 ハルトルートは振り返る。そして見る。涙をためた眼で自分の肩に手を置いた者の顔を見る。


 そして言う。


「次は、こんなことないですよね」



 ――――



 ――――



 ――――



 ――――



 ――雪降る森の中。


 白く凍った木の群の中。


 何かが、いる。


「ゴォアァァ……」


 唸り声と共に、吐き出される空気。


 白くて赤い吐息が宙に舞い、消える。


 一歩一歩、雪を踏みしめながら、ゆっくりと、それは近づいてくる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸音は、男の呼吸音だ。彼の耳は長く、彼の肌は白い。


 彼は、エルフの男だ。


 エルフ種は長命である。彼らの寿命は、平均すれば1000年ほどだ。生きて60から80年ほどの人と比べると、途方もない年月を生きることができる。


 彼らには、ある信仰があった。


 精霊信仰。


 奴隷種となった彼らではあるが、故郷の名すら失った彼らだが、その信仰だけは未だ残り続けている。


 彼らは自然の中で生きている。全ての自然物には精霊と呼ばれる高次の存在がいて、精霊は自然というモノを構築している素晴らしきモノであると彼らは信じている。


 だから


「精霊様……精霊様……どうか……どうかお助けください……」


 最後の懇願は、『祈り』になるのだ。


「ラル、カル……こんな、ところで……俺は……」


 元来の彼の髪色は銀に近い薄い金色だ。しかし今の彼の頭は真っ赤だ。


 血で彼の髪は真っ赤に染まっているのだ。


「ウゥゥ……」


 声が、近づいてくる。


 どんどんと、ゆっくりと、確実に近づいてくる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 逃げようと、彼は脚を動かす。右足、左足、右足、右足、左、右。


 必死に脚を動かしているはずなのに、彼はその場からほとんど動かない。


 動けない。


 うごけない。


「精霊様、精霊様、精霊様……!」


 当然だ。


 動くためには


 脚が


 必要なのだから


「ああ……ああああ……」


 気づいていた。


 気づきたくなかった。


 でも気づいていた。


 彼の脚は


 彼の脚はもうすでに、ないということに、すでに、気づいて



 ――雪。



 白くて冷たい、雪。


 辺り一面、雪。


「グガアアアアアアアア!」


 響き渡る、咆哮。現れたのは、巨大な、巨大な獣。


 二足歩行の、凶悪な牙を持つ、獣。


 『魔獣』


「うああああああああ!」


 そして彼は、頭から魔獣に食われた。喰われた瞬間に彼の頭は獣の牙で粉々になったために、彼に痛みはなかった。


 それは救いだったのだろうか。彼の祈りが、精霊に対する祈りが、彼を救ったのだろうか。


 もう、彼の身体は彼の形を成していない。骨と肉と血と、それはもはや、ただの食料。


 彼が雪に刻んだ、彼の進んだ道。這いずって、無い足で動いて、もがいて、進んで創った彼の道。


 終点は死。始まりも死。


 救いは、無かった。


 救いなどどこにも無かった。


 祈りは何の役にもたたなかった。


 ただ無残に、ただ無意味に、ただ無駄に。


 彼には、兄弟がいた。弟と、妹がいた。


 彼らは歳が離れてて、弟と妹はまだ幼子である。


「グゥゥ……グゥゥゥ……ウウ……?」


 彼を貪り食っていた魔獣が、唐突にその手を止めた。魔獣は、溢れる彼の血と肉の臭いの奥に、別の肉の臭いがあることに気が付いた。


 魔獣の眼が動く。右に左に、ゆっくりと素早く。


 ――魔獣が首を上げる。


「――――ひっ!?」


 兄の想いを無駄にしたくなかったのか、それともただ恐怖していただけなのか。


 兄が食われる姿を見ても一言も発しなかった二人が、魔獣の眼を見て同時に声を上げた。


 彼の弟と妹は、木の上にいたのだ。


 にたりと笑う魔獣。幼子ふたつ、柔らかい肉ふたつ。


 御馳走だ。痩せ気味だった彼よりも、兄よりもずっと、美味そうだ。


 魔獣は兄だったモノを吐き捨て、木に手を掛ける。


 ――笑っていた。


 ニヤニヤと、魔獣は笑っていた。


 肉が食べられることが、そんなにもうれしいのか。


 それとも、逃げ場のない得物を追い詰めるのが、そんなにもうれしいのか。


 魔獣は笑っていた。


「お兄ちゃん……」


「カル! もっと上に、上に行くんだ! 上に行くんだぁぁぁ!」


 そう叫んでいながら、兄は理解している。幼子の短い手足で、非力な手足で、上に行くことなど不可能だということを。


 最期。これで最期。


「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。こんなことなら、こんなことなら」


 こんなことなら


「逃げなければ、良かった――――」


 獣が、手を伸ばす。大きな大きな手だ。大きな大きな爪だ。


 獣の爪に、何かが引っかかっている。銀色の、何か、金属の、何か。


 輪だ。


 首輪だ。


 喰われた長男の首輪だ。


 奴隷種、エルフ。産まれた瞬間に値付けされる種族。


 神々の世界における、最底辺の種族。


 彼らはもう、隷属する以外の手段で、生きることが、できない。


「グアァァァァァ!」


「うわぁぁぁぁぁああああああ!」


 奴隷商人の町、ラスデリア。


 その町にいる、世界を継ぐ者と名乗った者達を探し出し、情報を得ること。


 そして、その者たちを、殺すこと。


 それが、魔神より彼らに与えられた――――


「ガァァ!?」


「ああああっ!?」


 ――――手を貸すための、条件。


「なぁ魔獣さんよ。昔の様にさぁ俺と遊んでくれよ」

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