第19話 世界を継ぐ
――この世界は、呪われている。
昔。人が想像できる凡その昔をはるかに超える昔。遥か遥か、昔。
強い日差しの中。水を飲みながら、ある男がこう思った。
――この『世界』は、どうやってできたんだろう。
それは誰しもが一度は思う、他愛のない疑問だろう。
世界はどうやってできたのか。
世界はどこから始まったのか。
世界はどうやって終わるのか。
世界。全てを表すその言葉。言葉としての意味は定められていても、実際存在としてはなんと曖昧なことか。
世界はそこに存在する者全てにとって共通する物であり、そこに存在する全てにとって異なった物でもある。
赤子にとって世界は母や父の胸の中であり、ゆりかごの中である。
大人にとって世界は今立っている場所であり、今いることが許されている環境である。
老人にとって世界は過ぎ去った場所であり、眠るベッドの中である。
『世界』は、一つではないのだ。
疑問を持った男は、水の入った筒を投げ捨て、考えた。
――いくつもの世界があるとしたら、どうして共有する必要があるんだろう。
『世界』は、個々人全ての中にあって、個々人全てを覆っている。
そう考えれば、やはり、世界は一つだ。
矛盾。
ひとつしかないのにたくさんある。
たくさんあるのにひとつしかない。
ある男の疑問。ある男の思考。ある男の世界。
それは
すべての/せかいの
『はじまり』
「――さん! 先生が質問攻めされててすごいことになってますよ! 法力に関してはあなたの方が詳しいんですから急いでください!」
暑い太陽の下。男は女の声に反応して振り返る。そして彼は、満面の笑みを浮かべて女の下へと歩き出す。
男の思い付き、男の思考、男の興味。
人は、何かを探求する種族である。探求し、何かを見つけ、それを世界に生み出すことができる種族である。
「参ったな、今日も泊まりだなこれ」
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軍神の国、中央の都より東へ向かった先に、その場所はあった。
古戦場跡。嘗て軍神が星を落とそうとした神と戦ったその場所は、瓦礫を片付けることすら阻まれる程の神聖な場所である。
大きく、分厚い城壁。軍神と星界神との戦いの余波で半壊した見張り台。古くさび付いた砲台。辛うじて形を保っている城塞と、木の柵。
過去に数多の命がその地で散った。数多の夢がそこで終わった。
その地に、彼らはいた。
「同志よ! よくぞ集まってくれた!」
城塞の上から、黄金色の男がそう叫んだ。
彼の眼下にいるのは沢山の影。赤い瞳の神、狼の頭を持つ獣人、巨大な角を持つ鬼人。竜の顔を持つ竜人。
たくさんの種族が一堂に会していて。
「これで我らの手に十階位の神器は4つ! 作戦は成功した!」
黄金の鎧を着た男が手を突き上げた。それを合図に、神が獣人が、鬼人が竜人が、皆思い思いに雄叫びをあげた。
大地が声で揺れた。
「最初に変えようと言ったのは誰だったか! 産まれ死ぬまで戦い続けるこの世界を変えようと言ったのは誰だったか! 世界を創り替えようと言ったのは誰だったか!」
声がそこら中から溢れた。右から左から、声が溢れた。
「――――様!」
「――――様!」
あまりにも皆が叫ぶものだから、その名を聞き分けることができない。
「そうだ! あの方の願いを! 悲願を! 我々はついに叶えることができるのだ!」
そう叫ぶ黄金の男は、ハルトルートは笑っていた。
嬉しいのだ。心の底から嬉しいのだ。心の底から、『あの方』を助けられることが嬉しいのだ。
「我らは世界を継ぐ者である! 創世神が創り上げたこの世界を、崩壊するこの世界を継ぐ者である!」
風が吹く。彼らを後押しする風だ。
風がこの世界を支配する者の旗を、軍神と魔神の旗を破く。
「我々は! どれだけの家族を! 仲間を失ったか! どれだけの友を殺したか! やつらが創ったこの世界は! どれだけの死を生み出したか!」
もはや、歓喜。
悦び。
「あと少しだ! あと少しでもう戦う必要はなくなる! もう殺し合う必要もなくなる! もう、憎む必要がなくなる!」
焼け焦げた、古戦場の上で、彼らは悦びの声をあげる。
「さぁ皆! 世界を創ろう! 今ある世界を壊して新しい世界を創ろう! もう二度と、誰も間違わない世界を創ろう! 皆が笑い暮らせる世界を! 創ろう!」
平和を。
自由を。
愛を。
「同志たちよ! 我ら以外の愚者共を監視し、導くのだ! 新しい世界! 新しい! 世界!」
叫ぶ。心の底から叫ぶ。
彼らは世界を継ぐ者。『あの方』の世界を継ぐ者。
今の『世界』を、否定する者。
始まったのか。
それとも終わるのか。
彼らは継ぐ者。意志を継ぐ者。
『今』を否定し、『過去』を否定し、『未来』を否定し、『次』を肯定する者。
古戦場跡が震えている。大きな声で震えている。彼らの声で震えている。
世界が震えている。
あと少し。望みが叶うまで、あと少し。『あの方』の想いが、叶うまであと少し。
世界は揺れる。世界は揺蕩う。ゆらゆらと陽炎のように世界の形は崩れている。
彼らは――――
「さぁ、同志たち。忘れ物を取りに行こう。全ての者が平等に幸せになれる世界を、創ろうじゃないか」
――――世界を創る者




