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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第17話 そして、静寂が来た

 軍神の国。それは、水晶に覆われた世界で最も美しき国である。


 この国を訪れた、ある者は言った。


「これこそが、『楽園』だ」


 日の光は至る所にある水晶に反射して、町の隅々まで入り込み、反射した光は七色に輝く虹となり、屈曲し、町を彩る。


 日が落ちれば、光源は町の灯に変わる。ゆらゆらと揺れる街灯の火。揺れる光は水晶を通り、橙色の灯となる。


 その町は別名、『輝きの町』と呼ばれていた。


 光あふれる、温かい町。


 創り上げられた、神々の町。


 世界に誇る、夢の町。



 それは――神々の故郷。



 それは――神々の誇り



 それは――――




「もう、いないのか? お、お前たち、生きてる者を町で見た者はいないのか? 本当にもういないのか? ほん、とうに……?」




 ――神々の墓場




 ふくよかな身体を持つ巨漢の男、神の爪ルクシスは絶望した。


 騒ぎが落ち着いた後に城門を開き、町の者たちを城の中にいれた彼は、ただただ絶望した。


 その数に絶望した。


 少なかったのだ。


 あまりにも少なかったのだ。


「この国に住む神は、神徒合わせて10万はいたのだぞ。これは、この数は……100……100あまり、だぞ……100あまりしか、ここにいない……なんて……ね、ネレウス卿……他に生きてる者は本当にいないのか……ぬ、主の神器でも探し損ねているのではないか……?」


「まさか……僕の神器、甘く見ないでくれ」


「う、くっ……」


 ルクシスの隣に座り込む男。幼き少年のような体躯をした彼は、七神の一神の眼ネレウス。身体を包帯で覆われた彼は、荒い呼吸を抑えながら城の床に座っていた。


 成長があまりにも早く止まってしまったため、ネレウスは少年のような姿ではあったが、10万を超える年を彼は生きている。ネレウスは、軍神の国の長老なのだ。


「ルクシス……皆死んだわけじゃない。七神の内、三神が裏切り……裏切りと言っていいのかどうかもわからないが、とにかく彼らは神徒を連れていった。僕たち古参の神は神徒はそこまで持っていないから、城にいたほとんどの神は向こうについたんだろう」


「……しかし、町の者たちは」


「ほとんどが広場にいた……一網打尽、というやつかな……」


「なんてことだ……!」


 ――もう町には、誰もいない。あるのは血と灰だけ。


 笑顔があふれていた大広場にも、召使の天使たちが走っていた裏路地にも、兵たちが談笑していた城門にも


 もう誰もいない。


「100……か……とにかく、食事かの……食糧庫、開けてくるとするかの……そうじゃネレウス卿。主は、身体、大丈夫か?」


「なんとか、ね。ま、死ぬかと思ったけどさ。僕弱いんだからさぁ……追い掛け回すとか勘弁してよ……走りすぎて足、腱切れちゃったんだぞ。なぁ誰か治癒の法術使えるやついないかな?」


「儂は苦手じゃからなぁ……変なふうにくっついていいんならやってみるがの」


「やめてくれよ。まぁ、ほっといても治るけどさ……そうだ、あの、お嬢さんは……フレイア嬢はどこへ行ったんだ? 彼女確か、治癒法術うまかっただろ」


「フレイア嬢は、アルトス卿の治療じゃて」


「ああ……感心だ。仮とは言え、親は大切にするべきだ」


「……本当にの」


 上を見るルクシスとネレウス。彼らの視線の先は、水晶の城の上階。上位の神だけが立ち入ることができるフロア。


 そこには、七神それぞれに充てられた部屋があった。城に部屋があるということ自体が、七神が最上位の神であることを示している。


 そこの床は水晶で。天井には高級なシャンデリアが吊るされていて。黄金の刺繍がいれられた紅の絨毯が敷かれていて。


 まさに特別。最上の場所。


 並ぶいくつかの扉。その扉の一つが、開かれていて。


「これで終わりです。心臓、大丈夫だと思いますがどうですか?」


「……すごいとしか、言えない」


 純白のベッドの上に、彼はいた。


 両足が無く、隻腕で、顔半分が仮面に覆われている男。現七神の長、神の知アルトス。


 ベッドの傍らにいた青髪の女が立ち上がる。元聖女の、ユーフォリアだ。


「こんなに早く、正確……人の法術は神の劣化だと思っていたが、とんでもない……奇跡的だ。もう傷一つ無い……」


 自分の左胸に、右腕を置くアルトス。左胸は数刻前に貫かれて、その下にある心臓はその時確かに止まっていた。確かに、止まっていたのだ。


 しかしながら、奇跡か。ユーフォリアの治癒法術によって左胸は、心臓はすっかり元通りになった。


 ユーフォリアが顔を横に向けた。彼女は不機嫌そうに頬を膨らますフレイアを見て、苦笑いをした。


「私が治すっていったのによぉ……んだよ……父様よぉ……」


「フレイア、君はあいつらを追いかけるのにかなり法力使っただろう? 無茶したら後に残るぞ」


「まぁ……確かにそうなんだけどさぁ……はぁ。相当追いかけたんだけどなぁ。消えちまうんだもんなぁ」


「移動系の神器を持ってるやつは珍しくない。ま、逃走経路もしっかりしていたんだろうさ」


「だったらそれ使って軍神の矢運んどけってんだ。トロトロ運んでてぶっ壊されちゃざまぁないぜ」


「ははは、ほんと。いや、ありがとうございましたメナス様。最悪の事態は、回避できました」


「私がやったわけじゃないんだけどね」


 そう言いながら陰から彼女は、現れた。


 銀髪の髪に赤い瞳。メナスはゆっくりと、アルトスに近づいていった。


 アルトスはメナスを見上げ、メナスはアルトスを見下ろす。それは、昔からの、彼女達の立ち位置。


「……しかし、今更ですがまさか生きておられたとは。流石はメナス様です」


「それはこっちの台詞。アルトス。あなた本当にしぶといわね。神格吹っ飛ばして手足まで吹っ飛ばして、顔まで半分消されてまだ生きてるとか、クロムシよりもしぶといわねあなた」


「虫扱いですか。ははは。まぁ……運がよかったんです。腕も足も、一瞬で消されて、断面があまりにも綺麗だったから止血は簡単だった。神格は……意外と大丈夫でした。まぁ日に日に衰えてはいますがね」


 残った右腕を、自分は元気だと言わんばかりに振るアルトス。身体の半分を失って尚、力強い自分を彼はメナスに見せたいのだろうか。


 そんなアルトスを一瞥して、メナスはおもむろに振り返った。


「ユーフォリアさん。いいわ。もう大丈夫。アルクのところに行ってあげて。軍神の矢壊して帰って来てから彼、丸一日寝っぱなしでしょ。かなり疲れてるみたいだから、様子見てあげて」


「あ、はい。すみませんメナス様、ありがとうございます」


「フレイアさんも。アルトスはもう大丈夫だから次はあなたが休みなさい。休息は大事って知ってるでしょ?」


「あ、え……でもさぁ……父様……」


「大丈夫だよフレイア。あとは体力さえ戻れば僕は万全さ。まぁ手足がないのに万全って変な感じだけどね」


「そうか? それじゃ私もちょっと寝てくるかなぁ。父様、私と釣りに行く前に死ぬんじゃねぇぞ?」


「ははは、大丈夫。まだ死なないさ。さぁおやすみフレイア。いい夢を」


「おう、父様もな」


「それじゃ私も出ます。メナス様、失礼します」


「はいはいーアルクしっかり癒したげてねぇ」


 そして、ユーフォリアとフレイアは部屋を後にした。足音が離れていく。


 この部屋に残されたのはメナスとアルトスだけ。二神は静かに、離れていく足音を聞いている。静けさが、部屋を包んだ。


「息苦しい部屋。本ばっかり。アルトス、窓開けていい?」


「どうぞ」


 メナスは積まれた本を右に左に躱して、窓を開けた。その部屋は軍神の城の上階、かなり高い場所にあるのだ。吹き込む風は強く、冷たい。


 ぱらりと、机の上に会った一枚の紙が飛んだ。


「アルトス、誰の子だ?」


 メナスが、かつての七神の長としての口調でアルトスに質問した。


 アルトスは小さく溜息をついた。


「……わかりますか」


「フレイアか? あいつは自分を五歳と言った。五年前は北部戦線にいた頃だ。お前はその時はまだ神格を失っていなかった。神の色も違う。母親が銀髪だとしても、あそこまで強く銀髪にはならない。お前は上位の神なのだから、現れるとすればお前の身体的特徴が出るはずだ」


「ネレウスにもルクシスにも、それですぐにばれましたよ」


「もう一度聞こう。誰の子だ? あのあり得ない程の神格を持った彼女は誰の子だ? 五歳で八階位まで至っている化け物じみたやつは誰の子だ?」


「……正確には、三つで八階位です」


 窓を背に、振り返るメナス。赤い瞳を、真っ直ぐに彼女はアルトスに向ける。


 表情は冷たく、険しく、深く。


「何故、そんなことを知りたいのですかメナス様。まさか、神の掟に囚われているわけではないでしょう。ただの興味ですか? それとも、責任感?」


 メナスの表情は変わらない。メナスの視線は変わらない。ただまっすぐに、まっすぐに。


「……軍神の矢は破壊されました。これで私たちは、逃げるという選択肢を取れるようになりました」


「軍神の矢がなくとも、軍神の弓があるわ。それに矢は、150日で再生する。あれは壊せない兵器。たぶん、彼女以外には壊せない兵器。彼には、言いにくいけどね」


「神徒はいなくなり、残った七神は4。戦えない私とネレウスを除けば、戦力はたったの2。これから私は、50日の間に味方を集いに動こうと思います」


「そう」


「……魔神の国に、行ってくれませんか? フレイアを連れて」


「何故? 私は、あなたの部下ではないわ」


「150日後、また必ず彼らは来る。この国にある十階位の神器はもはや軍神様が持つモノ一つしかない。正直に言いましょう。我々は敗北必至なのです。このままでは次の世界は彼らの思うがままに創られてしまう」


「だから? 答えになってないわ」


「交換条件です。魔神の国に行き、魔神の協力を得ることができれば、フレイアをあなたに託します。彼女は貴女が思っている通りの存在です。彼女は、理の外にいる存在なのです」


「……私がしたい事、理解できてるのか?」


「あの槍をこの国に持ち込んだ。それだけである程度はわかります。実際できるのか私はわかりませんが、やつらの、ハルトルートの存在である程度は可能性を見出せました」


「……そうか」


「もう一度、頼みます。魔神の国へ行ってくれませんか? 魔神の協力を得られれば、世界は前に繋がります」


 風が吹く。開いた窓から風が入ってくる。


 メナスの銀髪が風に呷られて揺れる。艶やかな銀糸が、日の光を反射する。


 一呼吸、二呼吸。しばしの沈黙。そして、彼女は口を開く。


「北に行く。往復で120日はかかる。その間、しっかりねアルトス」

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