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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第14話 赤錆びた追跡者

 二頭の馬が速足で駆けている。


 黒い大きな馬だ。


 黒い馬具で身を包んだ馬だ。


 二頭の馬が駆けている。


「魔神七将が使い走りか……所詮、敵国なのだな」


「そういうなって。疲れなくていいだろ?」


 それぞれの馬の上には黒い鎧姿の男。


 馬に跨った黒い鎧姿の男が、上を見上げて言った。彼らの黒い鎧に輝くは黄金の刻印。魔神の刻印。そう、彼らは魔神の軍に属する神だ。


 彼らは、馬に乗って駆けている。空を気にしながら、彼らは駆けている。


 草原を駆けている。


 風が吹く。草が揺れる。


「軍神の国は……暖かいな」


「なぁベルガ。宴で出た食べ物、食ったか?」


「どれのことだ?」


「どれのって、どれかだよ」


「……まぁ手が届く範囲の物は全て食べた。何が言いたいんだアンゼル」


「いんや。うまかったなぁーってな。あっちは毎日あんな良いもの食ってんのかね」


「……全く」


 二頭の馬に、二柱の神に日の光が当たる。


 彼らの顔が鮮明になる。


 ベルガと呼ばれた神の髪の毛は短く刈り上げられており、その右目は潰れていた。背負っているのは巨大な両手剣だ。


 魔神七将が一、隻眼のベルガ。黒い鎧の下の肉体は、はち切れそうな筋肉に覆われている。


 ベルガは空を見上げて、静かに呟いた。


「天馬10頭でようやくこの速度か。何という重量だ」


 空。


 空に巨大な黒い塊があった。


 それは、真円だった。上から見ても横から見ても下から見ても、それは円。真円の球体。


 鎖と縄で固定して、天馬10頭で吊り上げて運んでいる『それ』。よく聞かねばわからぬほどの小さな音ではあるが、その球体からは確かに何かが脈打つ音がしている。機械的で生物的。


 『軍神の矢』


 それは、星を砕いた最強の兵器である。


「ドワーフ種。こんなものを創ったせいで、種を絶やすことになるとはな。過去の事ではあるが、何とも悲しい話よ」


 小さく溜息をつき、馬の手綱を握りしめるベルガ。


 億年を超える世界の歴史。想像することすら放棄してしまう程の途方もない歴史。


 その歴史の中に、一体いくつの種が存在し、消えていったのか。


 馬の蹄が地面を叩く音がする。空で天馬が羽ばたく音がする。


 ベルガは静かに、眼を閉じた。


「次の世界は、そのようなことがないようにせねばならん……」


「相変わらず固いねぇ」


 ベルガの隣にいたアンゼルがどこから出したのか長い葉巻を吸いながら、そう言った。


 ベルガが瞼を開けた。彼の目の前をアンゼルが吐き出した葉巻の煙が流れた。


「俺はもっと楽しい世界になってくれればそれでいいさ。戦って殺し合って、休んでまた殺し合って、繰り返し繰り返し数千年。こんな世界に誰がした、ってな」


「元々はそうではなかったと聞くがな」


「子を作れば死んじまうのもないよな。そのせいで数億いた神も今では一万程度。作るなと言っても好き合ったやつらを永遠に縛ることなどできやしない。気をつけても堕ちてしまう。もう一度言うが、こんな世界に誰がした、ってな」


「……全くだ」


 木が揺れる。道が続く。もう軍神が住む町からかなりの距離を進んだ。このまま進み続ければ、その内魔神の領域だ。


 軍神と魔神、世界を二分する神々の間を、彼らは進んでいく。


「結局……」


「ん?」


「結局、この世界は駄目だったということか」


「……だな」


 二頭の馬が速足で駆けている。


 パカパカと、蹄が地面を叩いている。


 空に太陽。そして黒い球体。


 混沌たるこの世界、何とも静かだ。 


 葉巻の煙が空に舞う。風に呷られて煙は右へ左へと待っている。


 静かだ。全てが静かだ。


 時がゆっくりと進んでいる。前へ前へとゆっくりと進んでいる。


 時が、進んでいく。


 静かな 今 静かな 未来



 ――そのまま過ぎ去れば、よかったのだろうか。



「ん……なんか、聞こえないかベルガ。なんか、低い……後ろか?」


「……む」 


 忘れるな。


 今は、幾多の命の上にあることを、忘れるな。


「王冠を取った者達が、追いついて来たのか?」


「ガルディンたちか?」


 振り返れ。


 今までを振り返れ。


 今まで踏みにじってきた者達を振り返れ。


「近づいてくる。音が……土煙? ベルガ、何かおかしいぞ」


「後ろ……どこだ?」


 その声を聞け。


 その姿を見ろ。


「――――っ! アンゼル!」


「わぁってる!」


 それは怒りだ。


 それは恨みだ。


「ベルガお前は先に行け! 軍神の矢を無くせば途端に俺たちは動けなくなるぞ!」


「わかった!」



 怒りを



    聴け



「ゴアアアアアアアア!」


 走る。


 赤錆た男が走る。


 嘶く片翼の天馬がに跨り走る。


 槍を持て。巨大な槍を持て。赤い血をまき散らす大槍を持て。


 嘗てこの地に居た、赤錆びた女神が持っていた槍を持って。


 土煙をあげながら、男が走る。大量の天馬に跨る神を引き連れながら。神を引きずりながら。


「は、ははははは! ははははは!」


 笑う。


 凶悪に笑う。


 遠くに浮かぶ黒い球体を見つけて、男は笑う。


 仇だ。


 探し求めてきた仇だ。


 追いかけ続けてきた仇だ。


 その姿を見ろ。その顔を見ろ。その心を見ろ。


 歪んだ世界が創り上げたその男を見ろ。


 絶望が創り上げた本物の魔を見ろ。


「はははははは!」


 もう、逃げられない。

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