第11話 神の世界
「身体の大半を失い、初めて気づいたことがあります」
「どんなことに、気が付いたのかな」
「我々は、選択することができるということです」
水晶の城の上に、彼らはいる。
片方は両足と片腕を失い、顔の半分を仮面で覆った男。現在の七神の長アルトス。
光の椅子に、彼は腰かけ城の外を見る。
もう片方は黄金の鎧を身に纏った神。黄金の兜に包まれたその顔は、赤い瞳以外見ることはできない。
魔神七将が長ラースロード。黒きマントを背に、彼は軍神の城より外を見る。
彼らの眼下に広がるのは、軍神が築いた神々の町。軍神の名をそのままつけられたその町は、中央聖都ブラガ。
そこに住めるのは神のみ。神種以外はその町に長期間滞在することはできず、許可なく立ち入ることはできず。
彼らは肩を並べて、その町を見下ろしていた。
「どれほどの時が経ったでしょうか。私が産まれ物心がついたころにはすでに、この世界はできあがっておりました。ラースロード卿。あなたは、平和な世界を見たことがありますか?」
「戦争が無い期間がただ平和だと言うのならば、何度かはある。戦争により神種が死ねば、数年は休戦される」
「戦いこそが全てを進めるのに最も有効な手段であると、軍神様は言いました。事実、軍神と魔神、争うようになってから七階位、即ち不滅に至る者は増えました」
「互いの領土を、滅びぬ範囲で命をかけて取り合う。模擬的と言うが、当事者にとっては戦に他ならず。軍神から言い出したその進めるための戦争で、幾多の者が死んだ。我が父も、我が母も、神格を失い消える前に、戦争で死んだ」
「魔神より言わせれば、そうなのでしょう。事実戦争による神々の成長を持ちかけたのは我々。それは、どんなに時が経とうとも変わることはありません」
「敵意はある。世界を創るためとはいえ、命を奪われたのだ。我々魔神の軍勢。軍神に対して敵意はある」
「申し訳ないと、私は言えません。結果として七つの神器が揃った。始祖の神々の階位に、我々はようやく一神を送り込むことができたのです。その事実は、今までの全ての命の価値に並びます」
「魔神と軍神、相容れることはない」
「それでいいのです。それでいい。私たちは、そうなるべくしてそうなったから、それでいいのです」
町の道を、翼の生えた男が駆けている。天使の男だ。
両手に大量の酒瓶。駆ける先は、町の中央。
中央聖都ブラガの町の中心に、巨大な広場がある。住宅地区、商業地区、交易地区、そして闘技場や音楽ホール等が並ぶ娯楽地区。それら全ては、その中央の広場に石の道で繋がっている。
そこは、城にいる上位の神々が、下々の神々に言葉を告げる場所。軍神たちの軍勢が一堂に会したり、七神の任命式が行われたりと、そこは町の者達が事あるごとに集まる大広場だ。
万の影が並んでも、まだ余裕があるその巨大な広間。今そこに、沢山の料理と酒と、踊り子たちがいた。
式典ではない。単純な、単純な祭りだ。
「私たちは、流されるまま、ここに至りました。即ち七つの神器。即ち新たな世界。十階位に至った七つの神器全てを揃えた一神が、新たな世界の創生神となります。この世界において、力のある神はニ神」
「軍神と魔神」
「そう、次の世界はそのどちらかの手によって、創られるでしょう」
花が舞った。聖堂の一番上にある鐘から、天使の女が花を投げたのだ。
神々は中央広場に集まり、肉に酒に踊りに、思い思いに祭りを楽しむ。そこにいる者達はほぼ全て赤い瞳。ほぼすべて、神。
踊り子は長い耳をしたエルフの男女。髪色は薄く、肌色も白く、まるで造り物のようなその姿、神々はエルフたちを見て感嘆の声をあげる。
祭りの世話をするのは白き翼をもつ天使たちの役割だ。翼を用いて空を飛び、物を運び入れたり祭りを飾ったりしている。
神々の世界がそこにある。神々だけの世界がそこにある。
「……ここは、美しすぎる」
ラースロードがぼそりと呟く。アルトスが苦笑する。
「我々が創り上げた、美しき町。美しすぎると言うのは、誉め言葉でしょうかラースロード卿」
「ある意味では、な」
その時、風が吹いた。北より来たる冷たい風だ。
空を舞う花弁が風に呷られて町より消えた。
嘗て、誰かが言った。風は北より生まれ、そして世界を巡ると。
北の風は、古き風である。
「アルトス卿よ」
「はい」
ラースロードの言葉は、ただただ冷たくて。アルトスは、視線を彼に向ける。
「ヴァハナは残念だったな」
時が、止まった。
否。
止まった時が、動き出した。
「ラースロード様」
アルトスの背から聞こえる、聞き慣れた声。
アルトスは振り向いた。そこに、想像していた通りの、声の主がいた。
長身の女。黄金色の髪。赤い瞳。
見慣れたその姿に、見慣れない持ち物。
――黄金の書。
「まさかこの城の地下に、あんな隠し部屋があるとは思いませんでした」
「私も探すのには苦労したものだ」
表紙から一ページ一ページまで全てがオリハルコンでできたその黄金の書には、一文字として文字は書かれていない。
それは、誰も読むことができない書である。
手渡すハルティア。受け取るのは、魔神七将ラースロード。
アルトスは、その光景を眼に入れながらも、動くことができない。考えることができない。
「これが、『全知神』の神器、全てが書かれた書か。何という美しさだ」
ラースロードが書の表紙を捲る。現れる真っ白のページ。
あり得ない光景。あり得てはいけない光景。
ようやくアルトスは言葉を発することができた。
「ラースロード……ハルティア……な、何をしているんだ。君たちは」
もはや、言葉を繕うことなどできず。
「おかしなことを聞きますねアルトス様。何をしているのかって、見て分かりませんか?」
いつもと変わらない表情で、アルトスの神徒ハルティアが主に話しかける。
それが、何とも不気味で。アルトスの無いはずの四肢に、冷たいものが流れた。
「軍神ブラガが隠し持っていた全知神の神器を、ラースロード様にお渡ししたのですよアルトス様」
変わらず。口調は変わらず。表情は変わらず。
アルトスの思考が動く。
「まさか、裏切るのか。お前、たちは……!」
ゆらりと伸びる、白銀の光。
ラースロードが抜いた、銀の剣。
「何のつもりだラースロード! 停戦は魔神と軍神の協定だぞ! お前は、己が主をも裏切ろうと言うのか!?」
剣を持たぬ、空いた手で、ラースロードは己の黄金の兜に手を掛ける。
音を立てて外れる兜の留め具。
「なん、の……! ハルティア! 君が産まれた時から私は君を知っている! 軍神の国に産まれ、軍神の国に育てられた君がどうして魔神の側に! ラースロードに手を貸すんだ!」
表情を一切変えない、ハルティア。
カランと、金属の何かが地面に落ちる音がした。黄金の兜が、地面に落ちた音だ。
アルトスは見た。彼の顔を。そして気づいた。彼の正体を。
「な、なんで……何故お前が、ここにいる……!?」
その眼に輝くは『青い瞳』
神種ではない。
「人の国の、管理者、エルフの戦士、ハルトルート……!?」
黄金の鎧に身を包んだ、彼。
神ではない、神に最も近い、彼。
彼の種はエルフ。神に最も近き、古には精霊と呼ばれた種族。神々の奴隷。
「残念だったなアルトス。我々が貰うぞ。次の世界」
そして剣は、振り下ろされた。
それは、世界を変える一撃である。
世界を創る一撃である。
「ば、か、な」
幕を
幕を開け。
舞台の幕を開け。
時は満ちた。混沌の世界は終わった。
平和な世界を。
全ての生命が生きることができる世界を。
「お休みなさいませアルトス様。これよりは、我らが世界の主となります。ふふ……ふはっ……はははははは!」
創世の時、きたる。




