第9話 七つ神二つ
七の数値は、神々の世界において重要な意味を持つ。
古の神の皇が築いた国は七つ。皇が支配する種族は七つ。皇が神徒は七つ。皇が位を譲ったのは七神。
故に、七神。七つの神。
神の爪ルクシス。神の剣フレイア。神の槍シャールディ。
神の盾アルケイア。神の眼ネレウス。神の弓シオドラド。
そして、神の知アルトス。
数年前に人の国にて散った四神を入れ替え、七神は数を減らすことなく今ここにいる。
光あふれる軍神の国。彼らが中央の国と呼ぶ、軍神ブラガが治めるこの地にそびえる巨大な水晶の城。その城の中にある七神の間にて、彼らは巨大な机に一列に並び座っている。
先頭、軍神の国旗が真下に座るのは隻腕隻眼、両足が無い神、アルトスだ。
四肢の内、唯一残っている右腕をゆっくりと挙げ、アルトスは宣言した。
「これより告げるは、この協定における文である」
立ち上がる軍神側五神。席は七つ、されど神は五つ。二つは空席。
いないのは、神の爪ルクシスと、神の剣フレイア。
五神が、腕を胸に当てアルトスの宣言を聞く。
「七神の長アルトスが告げる。一つ、本協定は休戦ではなく停戦である」
軍神の側七神。アルトスの隣、筋骨隆々の体躯と、厳格そうな顔を持つ大男。神の弓シオドラド。
彼は人の国にて消息を絶った四神を補填するために、神徒より昇格した者である。七神としては新参なれど、その歳は五千歳を超える。七神の中では最も年上となる神である。
「二つ、本協定の期間は百年である。丁度百年を持ってこの協定は意味を失うものとする」
アルケイアの隣にいる凛々しき神。精錬されたその美しさは、鋭き剣の様。白銀の槍を傍らに、前を向くその男は神の槍シャールディ。
彼もまた、消えた四神に変わって七神に召し上げられた者である。
美しき顔に、凛々しき姿。そして、それに見劣りすることのない優しく心。軍神の国において、彼の人気は相当なものである。彼が道を歩けば女に声を掛けられ、戦場に出れば男たちの中心におかれる。望まずとも好かれる者。それがシャールディ。
「三つ、軍神の軍勢並びに魔神の軍勢は、この世界どこであったとしても、一切の戦闘行為を禁じる」
そして、胸に手を置き、どこか寂し気に立つ黒髪の女神。神の盾アルケイア。
細腕に見合わぬ巨大な盾を椅子の背に立て、眼を瞑る彼女も、四神の代わりに七神になった者。歳はなんと二十。無限の時を生きる神々の中において、彼女は若輩である。
彼女は神徒を持たない。彼女は戦場に置いて横に誰かを立たせることはしない。彼女はどこであっても常に独り。
孤独な女神。彼女が心を向けるのは、世界においてただ一神のみ。
このような場であっても、彼女は独り。
「四つ、徴兵されし種族並びに個々の者は、この協定を結んだ瞬間より解放される。軍の解体である」
そして、学者のような佇まいの男は、神の眼ネレウス。彼はアルトスと共に、四神が失われるよりも前から七神の座についていた神である。
顔は少年の様なれど、その眼光は老人のそれで。幼さが残る体つきの彼は、全てを見通す眼を持っている。
世界のどこであっても、その場所が把握できれば見ることができる眼。まさに千里眼。
そんな眼を持つ彼が、腕を胸に当て正面を見ている。正面に立つ、神々を見ている。
「五つ、以下の地を軍神の統括地とする。オークの集落、エルフの里、ウルフェンの山、竜の里、ダンクリッダ川より南部。その他、本書における地図上で青く示された土地」
机の向かい、七神の神々の正面に立つのは、魔神の軍勢が誇る七つの神。魔神七将。
腕を胸に当て、七神の長であるアルトスの宣言を整然と聞く七神たちとは違い、彼らの立ち姿は自由だ。
腰に手を当て斜に構える者。面倒そうに手を首の後ろに回し背を伸ばしている者。剣に手を掛け、ピクリとも動かない者。
魔神七将。魔神の軍勢において、強き神七つ。
「六つ、以下の地を魔神の統括地とする。オーガの都、リザードの地、ドワルフ鉱山、ダークエルフの森、ダンクリッダ川より北部。その他、本書における地図上で赤く示された土地」
赤絨毯が敷き詰められた部屋の中心に、長方形の白き机が一つ。魔神の側も椅子は七つであるが、軍神のそれと違ってそれは全て埋まっている。
魔神の将が七柱、一つも欠けることなくこの場所にいるのだ。
「七つ、本協定は魔神並びに軍神の名の下に結ばれるものとする。軍神側代理、七神の長アルトス。ここに署名いたします」
協定の書を机に置き、机に元々あった羽ペンを手に取るアルトス。滑らかな手つきでペンの先にインクをつけ、書に名を書き込む。
そして、自らの名の後ろに指を押し付けるアルトス。書に光の指型が残された。
アルトスは書の上下を返し、正面にいる者にそれを渡した。
受け取った者は、黄金の鎧を着た男。顔は黄金の兜で覆われていて見ることができない。
「七将が首席、ラースロード。書における七つの条項に異議は無し。同じく署名いたします」
黄金に染まった手甲ごと手を伸ばし、羽ペンを執る七将の長ラースロード。その手を動かし、名を書に刻む。
そして同じように、指を書に押し込み光の指型を残すラースロード。手甲越しであったとしても、神々の力にかかれば指型を残すなど容易いのだ。
腰を伸ばし、アルトスは書を受け取る。アルトスの両足は無い。しかしながら彼は、立っている。法力を使って、法術を使って、無い足で立っている。
アルトスは書を手に取り、器用に片手でそれを畳むと、軽く机に書を置いた。右手でポンとその紙を叩く。
すると、その書は二枚に、二部に増えた。同じものが瞬時にしてできたのだ。
「以上。これにて停戦協定締結といたします。ご協力感謝します魔神七将が七つ神よ」
「うむ」
そして、彼らは椅子に座った。軍神側はほぼ同時に腰を落とし、魔神側はバラバラに腰を落とした。
長机を間に置き、向かい合う七神と七将。これまで何百年も、何千年も争ってきた者達が今、一つの机を挟んでこの場に共にいる。
それは、彼らにとってもなんともなんとも、不思議で、違和感のある光景であった。
「……七神、二つ席空いてるけど、どうしたの? あの小娘、いないようだけど」
重い空気の中口を開いたのは、魔神の側に座る女神。桃色の長く美しい髪を揺らし、露出の激しい姿で妖艶で艶めかしい姿態を曝しながら彼女はそう言った。
少し顔を歪めて、七神が一神、シャールディがそれに答える。
「確か、フレンナ殿、だったかな。我らが仲間に、小娘とは口が過ぎるのではないか?」
「えぇ? 小娘でしょうアレ。フレイアだっけ? 私と同じような名前をしてるあの生意気な娘。戦場以外で会えると思って楽しみにしてたのに今日はいないのかしら」
「……くっ」
フレンナの飄々とした態度に、怒りを覚えたのか。シャールディは歯ぎしりの音が漏れそうなほど歯を食いしばった。
数日前まで戦場で敵だった者たちだ。命のやり取りをしていた者たちだ。いくら停戦協定が結ばれたとしても、味方ないし友として話すことは難しいものだ。
「シャールディ、控えるんだ」
今にも飛び掛かりそうなシャールディを抑えたのはアルトスの一言。シャールディは悔しそうに息を吐き捨てて、視線をフレンナから反らした。
それをみて勝ち誇ったような顔を見せるフレンナ。彼女もまた、軍神側をよくは思っていないのだ。
「フレンナ卿。魔神側は家柄は関係ないことは知っておりますが、あえてそう呼ばせてもらいます。フレイアは我が娘。何か用があるのでしたら、このアルトスがお聞きいたすがどうですか?」
「いや、そんな固いものじゃないから結構よ。ただ、結局砦はとれませんでしたねぇーって言いたかっただけだから」
「……娘は少し気が荒い。あまりからかって欲しくないものです」
ニヤリと笑うフレンナに、やれやれといった顔をするアルトス。軍神と魔神。両軍の将たちは、決して相いれることはなく――――
「ガルディン卿。十階位達成、おめでとうございます」
「……ええ、ありがとうアルトス卿」
相容れることは、なく
「…………さて、今日より我ら、ガルディン卿の十階位達成と、停戦協定締結を祝うため、祭りを開催しようと思っております」
「ほぅ」
だがそれでも、世界を変えるためには、手を取り合うことが必要で。
「エルフたちの踊りと、我らが誇る料理人たちの料理。そして酒。貴公らにどうか、どうか味わっていただきたいと思います」
「最終戦争は全てを決する聖なる場。これまでの遺恨、すっかり晴らしてただ世界を創るがために高め合おうというのだな」
「はい、ラースロード卿。勿論、町の外にいるあなた方の軍勢約三千騎。彼らの分も料理は用意しております」
「正確に数までわかる。流石は軍神。いや、敵地であれば当たり前、か」
「どうでしょう。共に平和な世を、国民たちよりも一足先に味わうというのは」
「拒否する理由なし。皆、よいな?」
頷くラースロード以外の軍神七将。アルトスは表情を変えなかったが、少しだけ、ほんの少しだけ、ほっとした。
普通であれば、この場で殺し合いが始まってもおかしくないのである。最終戦争のために、今までの戦争を終わらせる。それは軍神と魔神が交わした約束ではあるが、口約束でしかないのである。
全ての者が納得して、守るとは限らないのだ。それだけ彼らは、長く、長く戦い続けてきたのだ。
「では、部屋に案内しましょう。すまないアルケイア。魔神七将を案内してくれ」
「はい、どうぞこちらへ」
巨大な盾を背に、アルケイアが立ち上がり部屋の扉へと向かう。促されるように七将の神々は立ち上がり彼女について行く。
七将の一、フレンナが横目でアルトスを見た。アルトスは彼女の視線を感じて、微笑んだ。
一つの時代が終わる。これまでの日常が終わる。
魔神と軍神。億年近く戦い続けてきた彼ら。その戦争が、今日、終わったのだ。




