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神々のディストピア  作者: カブヤン
神の国篇 第二章 深淵に揺蕩う世界
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第4話 御前試合

 そこは、声で溢れていた。


 地面が揺れる。土埃が上がる。


 鉄の扉が開かれる。陰から現れる巨大な大槍。


 上半身を赤錆びた鎧で覆い、その場所に現れるは巨大な男アルクァード。


「どうか、頼む。頼みます。民を、これ以上殺すわけにはいかない」


 背にオークの女の声が投げかけられる。振り返ることはせず、頷くこともせず、彼はただ一言口にする。


「下がってろ」


 ガシャンと鉄の扉が閉じられる。その場所は、高い高い鉄の柵に囲まれていて。


 そこは、闘技場だ。


 普段は戦士たちが鍛錬をするために使われる場所。地面の土には大量の血が染み込み、赤黒く変色している。


 大きな石の柵の向こう、一段高くなったその場所に巨大なオークの男がいる。他のオークたちよりもずっとずっと大きな男だ。


 その男こそが、オークの王だ。


 長い髭を揺らし、力強く巨大な男は闘技場に現れたアルクァードを見下ろしている。


 何を思うのだろうか。戦うべき娘の代わりに出てきた男を見て彼は何を思うのだろうか。


 もう一つの鉄の扉が開かれた。鉄の扉から現れたのは、四本の剣を腰に差した女だ。


 肩口で一つにまとめられた長い銀色の髪。赤い瞳。神種の女。


 不敵な笑みを浮かべながら、彼女は赤黒い土を踏みしめ闘技場の中央へと進む。


 小さくため息をついて、アルクァードもまた前に出る。


 闘技場を囲むオークの観客たちが沸き立つ。彼らが闘技場の中央にたどり着く。


 見上げる女神。見下ろす人。

 

「よぉおっさん。覚悟はできてるか? 私はそこまで加減がうまくないぞ? せいぜい死なないようにしてくれよ頼むからさぁ」


「ガキが粋がってるんじゃねぇよ。相手見て脅しな」


「相手を見ろだァ? 私は七神が一神だぞ。神徒ごときがよくそんなこと言えるぜ」


「品のねぇ娘だな。親の顔が見てみたいぜ」


「クソが。泣いても許さねぇぞ」


 彼らは互いに背を向け歩き出す。顔見世は終わった。言葉のけん制も終わった。


 数歩歩いて、距離を取って彼らは同じタイミングで振り返る。


 短い大槍の柄に手を掛けそれを肩から降ろすアルクァード。降ろすと同時に柄が伸び、槍としての姿を見せる。


 右の腰から剣を抜く神の女。銀色の、透き通った刃が太陽の光を反射して一瞬光る。


 オークの王が立ち上がる。


「互いに名乗りを!」


 王が叫ぶ。オークの観衆が一斉に口を閉ざす。


 地鳴りが起こるほどの歓声が一瞬で消える。


「ガ・ディルマが代理、七神が一神、神の剣フレイア」


 銀色の剣を構え、透き通る声で己の名を告げる女神。


「セ・シェドアの代わりの、アルクァードだ」


 名乗りながら腰を落とし、槍を両手に握るアルクァード。


「勝利した側に! 王の称号を与える! オーク族が王、ゼオ・ドルニアが宣言する! オークの戦士たちよ! この一戦にて我らが道を決めん! 吠えろ!」


 観衆が、雄叫びをあげる。


「唸れ!」


 観衆が、地面を何度も何度も踏みしめる。


「鐘を鳴らせぇぇぇぇぇい!」


 大きな鐘の音が鳴り響く。


「開始だ!」



 アルクァードとフレイア。彼らの足がほぼ同時に、前へと動き出した――――



 ――時は少し遡り、昨夜、オークの城の客室にて。


 

「お願い、しますメナス様。私、セ・シェドアの代わりに、明日の御前試合を」


 床に片膝をつき、頭を下げるオークの女セ・シェドア。その前に立つ、白い鎧を着たメナス。


 白い兜を脱いで、困ったような顔を見せるメナス。


「御前……たしか王の前で試合をすることだっけ」


「はい」


「代わり、ねぇ……あ、アルク。カルフィ飲んでるの?」


「ん? ああ」


「うっわ懐かしい。昔は飽きるほど飲んでたけど最近じゃ全然で……ねぇ一口ちょうだいよアルク」


「ふざけろ。まだいっぱいあるんだ。自分でいれて飲め」


「ケチ」


「お前が言うな」


 白い鎧を脱ぎながら、片膝をついて頭を下げるセ・シェドアを無視して進むメナス。俯いたセ・シェドアは、顔を少しだけしかめた。


 振り返るセ・シェドア。振り返ることも無く黒い飲み物のポットに手を伸ばすメナス。


「白蜜やら砂糖やらって……カルフィは苦みがおいしんでしょうが全く……」


「メナス様!」


 大きなセ・シェドアの声に、メナスの動きが止まった。


 自分の脇から片膝をつく彼女を見下ろすメナス。


「あなたに……七神の長に言うことでは、ないのは、わかって、わかっています。でも、でも……もうオークは限界なのです。戦争へ行った男たちはそのほとんどが帰ってこず、船乗りとして港町にて働いている戦いが得意でない者まで戦争へ行かされる始末……」


「ふぅん、それで?」


「女たちは皆、子や夫を待ち続ける毎日……笑顔で振るまっても、国は今、民は今、泣いて、おります……」


「それで?」


「兄が、王になれば、もっとたくさんの男たちが……兄は、戦いに狂ってる。勲章では、涙はぬぐえない。だから、私は王にならねばならない……! 王になって、派兵を、減らさなければ……無く、さねば……国が亡ぶのです……!」


「それでぇ?」


「っ……ですから、明日の御前試合に代わりに!」


「出るわけ無いでしょ何言ってるの」


 上げていた片方の膝を落として、俯くセ・シェドア。肌の色と牙以外、人の女と変わらない小柄な体格をした彼女が、より小さくなっていく。


 カップに黒い液体を注ぎ、それを手に振り返るメナス。赤い瞳が、セ・シェドアを見下ろす。


「自分が王になりたいから誰かに戦ってくれ? そんな都合のいい話が本当に通るとでも?」


「うっ」


「お兄さん、ガ・ディルマに会ったわ。典型的なオークの男って感じで、無骨で堅苦しくて暑苦しくて、誇り高い戦士。彼なら、オークの王としてやっていけると思うけど」


「う、うう……で、でも、戦いばかり、兄は……」


「まぁ、冷徹さと言うか、戦場に置いての生き方っていうか、そういうのが染み付いてる感じではあったから、言いたいことはわかるわ。でもね。やっぱり自分たちの国のことは、自分たちで決めるべきだと思うのよね私は。あなたもオークでしょ。自分で戦いたい気持ち、あるんじゃないの?」


「……はい」


「勝てないから戦わない。それが王としての振る舞いかしら。戦う前から負けてるような気がするわね私は」


「……わかって、います」


「じゃ、そういうことで。ねぇアルク。ちょっと面白い話を仕入れたんだけどさぁ。あのねぇ」


「兄の代わりに、七神の一神が、出るんです。明日」


 セ・シェドアの言葉に、何かを言いかけていたメナスの口がぴたりと止まった。


 メナスは視線をセ・シェドアに向ける。メナス以外のその部屋の中にいたアルクァードたちも、つられてセ・シェドアの方を見る。


「……七神が来てる?」


「同じオークが相手なら、私は相手をするつもりでした! たとえ敵わなくとも! でも、でも相手はあの七神! 戦えない! 主に手をあげるなど!」


「待って、七神、誰? アルケイア? シオドラド? ルクシス?」


「あれ? ご存じないんですかメナス様」


「あ、えっと、私お忍びだから。それで、誰?」


「フレイア様ですが……四剣の……」


「フレイア? 誰?」


「……知らない、んですか?」


「あ、いや、知ってる。知ってる知ってる。そーかーあいつかぁーそっかー」


「う、ううん?」


「……ごめん。ちょっと、私たちだけで相談させてもらっていい?」


「は、はい……では部屋から、出ます」


「ごめんね」


 立ち上がり、一礼して部屋を後にするセ・シェドア。部屋の扉が、ゆっくりと閉じられる。


 扉が完全にしまって一呼吸。二呼吸。三呼吸。


 空いた椅子に座るメナス。神妙そうな顔をして、彼女は周りを見回す。


 そしてメナスの眼は、アルクァードの眼で止まった。


「おい、まさかとは思うがなメナス。目立つのは無しって言ったのは誰だ? あ?」


「あれ前言撤回。相手が七神なら最高の情報源よ。何とかして情報を聞き出したい」


「情報だぁ?」


「メナス様。私たちの目的は人の国の管理者との接触と、軍神の矢とかいう人の世界を撃てる兵器の破壊ではないのですか。こんなところで足止めをされるわけには」


「ユーフォリア。足止めではないわ。さっき言いかけたけど、今ね、軍神と魔神との戦争、停戦状態なのよ」


「停戦、状態? どういうことですか?」


「船で説明したと思うけど、軍神と魔神は千年来ずーっと戦争しているの。もちろん、何度か停戦したり休戦したりはしたけどね。何で戦ってるのかっていうと、馬鹿らしい話になるんだけど……」


「戦争の中で、上の階位に登るため、でしたっけ」


「……そ。戦いは限界を超えるためのもっとも手軽な方法。神の階位、神器の解放の順位ともいうけど、それは上に行けば上に行く程力を増す。つまり、神の力は戦えば戦う程増していく。その為に、軍神と魔神は意図的に戦争を起こしては、ほどほどでやめる」


「神同士、強くなるために仲良く戦争ごっこ、ねぇ……本当、クソみてぇだな」


「そうねアルク。私もそう思う。ま、強くなるためだけじゃないんだけどね。とにかく、その戦争が今停戦しようとしている。停戦のためには、両軍の会議が必要。私たちは、その場所を知らなければいけない」


「何故だ?」


「人の国の管理者は、その場所に必ず現れるからよ」


 空気が止まる。メナスの言葉が、その場にいる全員の胸に刺さる。


「人を、あの島から出すって目標。意外と早く、たどり着けそうかしら?」


「……目標の一つ、だがな。じゃあ、やる、でいいんだな。明日の、なんだその、御前試合か?」


「ええ。できれば勝って、そのフレイアとかいう神に接触できる時間が欲しい」


「わかった」


「うんうん、幸先いいわぁ。それじゃ、アルクお願いね。大丈夫よ神器の解放されなきゃあなたなら何とかなるから」


「ああ? お前がやるんだろう。向こうの御所望だろうが」


「はい? いや、私、神格ないんだから無理よ無理。絶対勝てない」


「ああ?」


 道を、一歩ずつ歩き、全ては進む。


 剣を握る。大槍を握る。


 そして、夜が明け、その時が来る。オークの町にある、闘技場にて一人と一神。



 ――――二つの武器が、激突した。

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